028-9「この国に、輝きを」
みじめな自分がさらに惨めになった。かわいそうだと思われたくない。自分で選んだ道では無いにも関わらず、後ろめたさを抱かなければならないのは何故だろうか。
「………」
いつまで経っても言葉を発しない香楽を不思議に思い顔を上げる。香楽の顔にどの様な表情が浮かんでいるのか想像はついていたが、実際に顔を見てみると思わず首をかしげてしまった。
香楽の表情は『後悔』『希望』『思考』その3つのみだった。
「香楽さん?」
私が声をかけると、彼は思い切ってと言うように口を開く。
「私の家に来るかい?」
「どうして? 帰らないと皆心配しちゃう」
心配に関しては既に手遅れかもしれないが。今頃私を探して走り回っているのではないかと考えると心臓が痛む。
「……私の子にならないか?」
「……こ、ども?」
全く予想していなかった言葉に香楽の顔を見つめる。冗談かと思ったが表情を見る限りそうではなさそうだ。私を子どもにして何の意味があるのだろうか。
まさかこの世界で自分が家族を持つ事になるという事を考えた事も無かった。
「どぉして?」
「君はまだ子どもだ。守るべき親が必要だろう。幸い、私は子どもが出ていってしまったから、一人身でね。それに自分で言うのもどうかと思うが財力もある。君一人を育てるなんんて、訳ないさ」
香楽は軽い口振りで言ってるが声と表情には緊張という文字が浮かんでいた。彼が優しい人なのは分かる。身なりからして私を育てる事が出来るのも本当だろう。けれどもだからと言ってすぐにうなずく事は出来ない。香楽とは今日あったばかりだ。まだ完全に信頼しているとは言い難い。彼の事を知ってからでなければ受け入れる事は出来ない。それに私は聖女である為、自分の意志で住む場所を変える事は出来ないだろう。出来るのかもしれないが相談もなしに住む場所を変える事は出来ない。何より私は今までの家で過ごしてきた。霙や白鵬、他にも多くの人にお世話になってきた。それはなかった事にするかのように出ていく事など私には出来ない。
「ありがとぉ」
けれども心の底では嬉しかったのも事実だ。私という厄介な存在を傍においても良いと感じてくれたのだ。たとえ彼が私を騙していたとしても、とても嬉しい言葉だった。
「でもね、私今とっても楽しいの。毎日ときめきで溢れているの。だから、私はまだあそこにいたい」
これほどまでにはっきりと自分の意志を伝えられると思ってもいなかった。けれども事実、私はあそこを出たいと少しも考えていない。今回のように家から出る事もあるがそれはあくまで帰るべき家があるからだ。私はもう自分からあの家を手放す事は出来ない。
私の答えを聞いた香楽は寂しそうな顔した後に穏やかに笑った。
「そうか」
彼の優しさを無下にしてしまう事は心苦しい。からと言って私も譲る事は出来ない
「香楽さん、私ね、今ときめきが抑えきれないの。だから、これはお礼」
この礼は私の独断だ。後で怒られるかもしれない。それでも、このときめきを放出しなければ、体から別の何かが溢れてくる。
とても気分が良い。体中から抜けた力が溢れてくるようだ。これを放出する方法を私は知っている。
「!」
香楽の息を呑む声が聞こえる。
私は香楽に一度止められたそこへと足を踏み込む。体から力が抜けていく感覚さえ、私のものだ。
「君は、まさかっ」
服に当たる毛先が烏のように舞う。視界も先ほどまでと違い少し黒ずんだ気がした。
一歩前に出る事に足元からも神気が溢れてくる。やはりここは特別な場所だ。この鐘は私の為にある。
「この国に、輝きを」
鐘から垂れ下がる紐を軽く揺らせば、この国全体に穏やかな鐘の音が響く。神気が体から抜けていく。
それがひどく心地よい。気がつけば辺りは鐘の音以外は静まり返り、先ほどまで賑わっていた人の話し声すら聞こえない。人々は皆頭をたれ足元にうずくまる。涙を流す人々の中に呆然とした顔でこちらを向く香楽が混ざっている。
どの道私は今日この鐘を鳴らす運命だったのだ。私の中で溢れた神気を効率よく出すのはこれが一番だ。腕にはめている聖女の腕輪もかつてないほど輝いている。鐘を鳴らし終えた今でも神気が私の体から溢れ出ている証拠だろう。
「君は、聖女様なのかい?」
確信を持った表情で疑問を投げかける。
「そうですよ」
皆、私が大きくなった事を知らない。だから誰も気がつかなかった。私の特徴なんて黒髪と黒目である事だけだ。
私は毎日だってこの鐘を鳴らしたい。この体中から溢れる神気をこの国の人々に届けたい。そんなかなわぬ願いを持っている為、せめて外出した時くらいはこの鐘を鳴らすくらい良いと思うのだ。
「君は……」
香楽は動揺からそれ以上の言葉が出てこないようだった。喜ぶと思って行った事はおせっかいだっただろうか。迷惑だっただろうか。私を子どもとして迎え入れたいと言ってくれた彼にせめてもの感謝を伝えたいと思ったのだが、私の自己満足だったかもしれない。
これ以上ここにいても仕方がない。私がここにいる限りは街の人も顔を上げにくいだろう。ここから立ち去るのが賢明だ。
「聖女様っ!」
大きな声がこの広場に響き渡る。
「お兄ちゃんっ!」
自分でも驚くほど嬉しい声が出たと思う。額から汗を流した神楽が必死にこちらへ駆けてくる。それと同時に私も全力で神楽の方へと駆け出す。
「もうっ、お兄ちゃんとこ行ってたの?!」
「それはこっちの台詞だっつーの!」
神楽にしがみつけば、安心感からか、瞳から涙がこぼれ落ちる。先ほどまでも不安は全くなかったはずなのに不思議だ。
神楽の私を抱きしめる腕が痛くて心地良い。神楽に抱きしめられたのは初めてかもしれない。神楽の荒い息も、汗も、強い言葉も全てが嬉しい。
神楽が私の存在を確かめ終わった後にゆっくりと腕を解く。そうすれば私も視界が広くなった。
霙と白鴎もこちらへと急いでやってきてるのが見え、声を上げる。
「みぞ」
「親父…………?」
私の呼びかける声は神楽の声に遮られる。神楽の視線は私が先程まで共にいた香楽へと向けられていた。
「えっ?」
香楽と神楽。そのようなありえない驚きの状況に目を見開くが少し納得してしまった。香楽の笑った表情は少し神楽に似ていた。
「か、ぐら?」
香楽も心底驚いたという表情で神楽を見る。
「親父……?! なんてここにっ!」
神楽の傷ついた表情と言葉で事情を察してしまった。
「……」
香楽が「神楽を家から追い出した父親」だろう。けれども、私の目にはどうしても、そのような事をするひどい人には見えなかった。2人の間に一体何があったのか。以前神楽から聞いたがそれだけでは済まされないような気がする。
この優しい香楽がなぜそのようなひどい父親にならなければならなかったのか。
「っ、帰るぞ」
神楽は私を抱き上げたまま踵を返す。私はその神楽にかける言葉が見つからない。
神楽を街に連れてきたのは、失敗だっただろうか。けれども誰が親子の対面など予想しようか。
香楽の表情は少し見慣れた『後悔』『寂しさ』で埋め尽くされていた。何処にも『憎い』という感情など見当たらなかった。
「ねえ、お兄ちゃん、香楽さんは……」
「……いい」
拒絶するかの物言いに私は何も言えない。霙や白鴎も同様で、首を横に振る。
どうしようもないのだろうか。けれども他人の私が口を挟む事ではないが神楽と香楽の関係はこのままではいけない気がする。
「香楽さん! 明日の午後、ご予定ある?!」
大声で叫ぶ私に神楽がギョッとした表情で私を見る。
「……特には」
静かな声で言葉を漏らす香楽に言葉を畳み掛ける。
「なら、明日、私のお家に来て? 絶対よ!」
香楽に私の家の場所は教えている。きっと、来てくれる。
神楽と香楽は、私の髪の毛が白になり、そしてまた黒になったようにまた戻る事はないのだろうか。
予想外の親子の体面があったからか、神楽は馬車のなかでは一言も話さなかった。勝手に鐘を鳴らした事への説教は何も無かった。




