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黒いモノクロな世界と白いカラフルな世界〜世界の色を探して〜  作者: ちぇしゃ


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028-8「…………頼りないですか?」


 あたりはもうすっかり夕方だ。仕事終わりだろうか、もともと多かった人も随分と増えた。

  

「ときめきがいっぱい!」


 肌で感じる人の営み。暖かな体温と動く鼓動。誰も私を気に止めない寂しさと心地よさ。

 少しずつ明かりがつき始めた電灯。店仕舞いを始め出す雑貨屋。開店準備を始める飲食店。人の営みがこのような間近で見られるとは思っていなかった。


「温かい」


 足を進めるごとにだんだんと体が引き寄せられていく。蜜柑色の太陽があたりを照らし、全ての色を変えていく。眩しいほどの光はなぜこのひと時は蜜柑色になるのか。


「……みかんが食べたくなっちゃったよ」


 人通りの多いこの道も私の周りは静寂だ。まるで時間が止まったかのような感覚に陥る。


「やあ。迷子かい?」

「っ!?」


 急に声をかけられ驚きから後ずさる。街の人とは少し違うオーラを持った彼は、どことなく、この街の人とは雰囲気が違う。貴族というものだろうか。服装は民と同じなのに、気品がある。


 振り返れば、私の後ろに先ほどまでいた霙達がいない。私を置いて一体どこに行ったというのか。見回せば私が現在いる場所は魚屋の前ではなかった。現在いる場所がどこかは分からないが少し見覚えのある気がする

 いつのまにかここまで歩いてきたのだろう。

 

「違います。皆がどこかに行っちゃったの」

「……困った。迷子の自覚がない迷子か」 


 自覚がないのではなく、私は本当に迷子ではない。霙達が私を置いて先に行ってしまったのだ。言うなれば、監督不届と言うものだろう。


「おじさん誰ですか?」


 おじさんという年齢では無いかもしれないが、南葵や神楽と接していた手前、彼をお兄さんと表現する事は出来ない。幸いにも彼は気分を害した様子はない。


「私は香楽という」


 ゆったりと笑う優しい笑顔は見慣れないはずなのに、不思議と誰かを思い浮かべる。初対面であるにも関わらず妙に不安を抱かせない。人見知りの私ですら緊張感を持たずに彼に話しかけられる。相手の懐に潜り込むのが上手いのだろう。


「香楽さんは、今お時間ありますか?」

「うん、あるよ」

「じゃあ、迷子になった霙さん達を探すの手伝ってください」

「……あくまでも、君は迷子ではないんだね」

 

 彼が私に手を差し出す。私は迷わずに彼の手に自分の手を重ねた。もし彼が誘拐犯だったならば私の人生はここで終わっていただろう。それでも私はどうしても彼を疑う事が出来なかった。


「不思議ね……」

「何がだい?」

「ううん、何でも無いの!」


 




 


 


 

 

「それでね、そのスケッチブックは『ときめき図鑑』っていうの!」

「素敵なものでいっぱいなんだね?」

「そうです!」


 街を歩き霙たちを探し始めて十分。既に疲れてしまった私は香楽の腕に抱かれていた。


「いたかい?」

「ううん、いないです」


 会話をしつつも視線だけは霙達を探すが、なかなか見つからない。一体何処で寄り道をしているのだろうか。店の中に入ったのならば、見つかるものも見つからない。


 不安になりそうなこの状況で何故か不安を感じない。そもそも不思議なのが、何故迷子になったのだろうかと言う事だ。いくら私がフラフラしていたからといって、霙達が揃いも揃って私から目をそらすという事があるだろうか。私にもその時の状況の記憶がない。何かにつられて足を踏み出した記憶はある。けれども何故移動したのか、いつのまに移動したのか、その記憶がない。香楽に声をかけられてその時の状況を理解した。つまり香楽に声をかけられていなければ移動を続けていた気がする。私は一体どこに向かっていたのだろうか。


「この辺りが一番人が多いが、保護者はいそうか?」


 香楽の声に視線を前に向けると、広い広間の真ん中の高いところに大きな鐘がそびえ立っていた。鉛白の鐘に乳白色の翼が付いている。

 

「ここって……」

「体が軽くなるだろう。ここは新鮮な神気で溢れているからね」

 

 休憩という事で彼の腕から降りる。

 10日ほど前に私が聖女として鳴らした鐘だ。体が軽くなるという感覚は分からないが、皆の役に立っていると実感した。ここに居ると力が抜ける。先ほど感じた感覚と似ている。


 吸い寄せられる。


「ここから先は行ったらいけないよ」

「!」


 気が付けばまた足を進めていたようで、香楽に腕を引かれる。


「どぉして?」

「ここから先に行ってもよいのは聖女様と国王陛下だけだよ」

「……聖女……、様」

 

 なら私は行ってもよいのではないかと思うが、この状況ではそうもいかないだろう。 

 

「君は聖女様を見た事があるかい?」

「……な、ないです」

「そうかい。聖女様はね、君よりもう少し幼かったかな」


 香楽は思いを馳せるように目を瞑り、過去の記憶の断片を探しているようだった。山に沈む夕日の如く、太陽は建物の影に隠れ始めた。最後の光とでも言うように、より一層輝く光が香楽を照らした。

  

「聖女様は黒髪黒目で美しかった。私も遠くからしか眺める事は出来なかったが、あの方がこの国を救ってくださるのだと…………」

「香楽さん?」

 

 香楽はゆっくりと言葉を止め、口を結んだ。そうしてまたゆっくりと口を開いた。


「あれほどまでに幼い少女に、この国の行く末を授けるなど残酷な事だ」

 

 後悔と寂しさと悲しさが合わさったような顔をしている。聖女が幼子である事に絶望したのか。それとも。

 

「…………頼りないですか?」

「そうではない。幼いうちから運命が定められているなど、聖女様にとっては幸せな事なのだろうか」

「……」


 『聖女の幸せ』


 何故この街のものは皆そのような事に気を止めるのだろうか。あの時に現れた聖女は不幸な顔をしていたのか。逃げ出したい顔をしていたのか。


「だが、我々にとっては聖女様が必要だ」


 拳を握り締め、空を掴む。

 

「香楽さんにとって、聖女……、様ってどういう存在なのですか?」

 

 ふいをつく私の質問に目を丸くした後、少し考え込みすぐに言葉を放つ。


「そうだな……。万能を求めてはならない存在……、かな」

「万能?」


 聞き慣れない言葉に首を傾げる。


「聖女様に求めすぎてはいけないという事だ」

「どうして?」


「君は聖女様が病気を治したり、天候を変えたり、意識的に神気を出す事が出来ると思うかい?」

「…………絶対、無理っ!」


 淡々と言うつもりが思ったよりも感情を込めてしまった。けれども想像してみれば無理な事はすぐに考えつく。私は医者でもないし科学者でもないし、この国のものでもない。今ようやくこの現実離れした世界に慣れてきたところだ。今まで使った事のない魔法をすぐに使える訳がないだろう。績ですら使っていない治癒魔法を使える想像すらつかない。


「もし君が聖女だったとして」


 淡々という香楽の例えに心臓がミシリと音を立てる。


「万能の治癒を求める人々に何も出来ないければ、どうなる?」

「……皆、悲しくなる」 

「そうだ。だから我々は聖女様が来てくださった事に感謝をしそれ以上を望む訳にはいかない」

「……分かりました」


 私が納得の言葉を返すと、香楽は少し笑い私の頭を撫でた。


「私はかつて、失敗した……」


 その表情が誰かに似ていて、悲しそうで寂しそうだった。


「香楽さん……?」

「何でもないよ」


 香楽の表情は最初と同じように優しい笑顔に戻っていた。

 

 





「見つからないね……」

「そうだな……。暗くなってきた君の家まで送ろう」


 確かに暗くなってこのまま歩き回るよりは一度帰って誰かにそれを知らせる方が良いのかもしれない。


「君の家はどの辺りだい?」

「えっとね、この大きい道をまっすぐ行って大っきい建物っ!」


 私は未だにあの建物を表すよい言葉を見つけていない。けれども、やはり『家』と言うのがしっくり来る。規模だけで考えると『屋敷』や『城』『神殿』という言葉が当てはまるのだが、それだと少し余所余所しい。


「それは聖女様がいる神殿ではないのかい?」


 どうやら、私にとっての家は、彼にとって神殿の様だ。

 

「えっと、そうなの! 聖女、……様がいる建物から来たの!」


 こればかりは誤魔化しても仕方がない。彼が私を送ってくれるのならば、いずれ知られる事だ。けれども先ほど聖女と会った事がないと言ってしまった為、怪訝に思われるだろうか。

 

「君はそこで働いているのかい?……まだこんなに小さいのに……」


 どうやらとんでもない誤解を与えた様だ。私の立場は寧ろその逆だ。働いてもいないし香楽の知っている聖女よりも大きくなってる為、言うほど小さくもない。

 

「ちがっ、違うの! 私、行くとこなくてっ、皆がご飯とかお部屋とか、お洋服も! いっぱいくれてっ! 住む場所くれたの!」

 

 言い訳は重ねるだけ嘘っぽくなる。それは世の中の必然だ。私の言葉に彼はさらに怪訝そうな顔をする。


「……君、家族は?」


 静かな声でそう言われ、私は言い訳を止める。


「………………いない」


 これを言うと、大体の人は決まって同じ表情をする。




 同情。

 


 

 私はこの顔が酷く嫌いだった。


 

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