028-7「秋刀魚って、細長いのね」
その後は食後の運動だ。沢山食べたのならば、たくさん運動をするべきだ。
街は明るい。金赤のリンゴが秘色の鳥を呼んでいる。鶸色の落ち葉が丁子茶のベンチに座る。紺藍の花びらが卵色のレンガに絵を描く。
そして、雪色の羽根と黄金の瞳が勿忘草色の空を埋め尽くす。
歩く度に素敵な色を見つける。毎日見ても全く同じ色なんてない。優しい色がこの世界を埋め尽くしている。濃い色も薄い色も、明るい色も暗い色も、元気な色も静かな色も。綺麗な色も、美しい色も、高貴な色も、淡い色も、自然な色も、尊い色も、何かに似た色も。全てが世界を作っている。いらない色なんてこの世に一つだってない。
私の手を握って歩く霙は力強い色をしている。後ろからついてくる白鴎は優しい色をしている。色々なところを興味深そうに見ている神楽は遠くを見ている寂しい色をしている。ここにいないけれど、績は人をよく見て観察する色。彩月はキラキラした色。緑弥はこれから何をしたらよいか考える色。黎翔は冷静で情熱の色。南葵は未来と過去を羨やむ色。
そして、目の前に聳え立つ鐘は鉛白。翼は乳白色。
「やはり綺麗ねっ」
私の背の何倍もある鐘はいつから鐘として存在しているのか。
「おい、こっちだ」
金鐘ある広場を通り過ぎ、神楽の案内で足を進める。
「どこにいくの?」
「…………お前が魚を見たいと言ったんだろう」
「…………そうだったね」
既に最初の目的を忘れていた私だ。他に興味が引かれるものがあればすぐに当初の目的を忘れてしまう。私の悪い癖だ。
「お魚さんどっち?」
「もう少し歩く」
先ほどまで私たちの一番後ろを歩いていた神楽が今度は先頭となり一番前を歩く。寂しい顔はもうしていない。頼もしい神楽の背中が見えるだけだ。
「お兄ちゃん、お魚買ったら一緒に焼いて食べようね!」
「…………緑弥さんに焼いてもらったほうがうまい」
「そうかもしれないけど、お兄ちゃんと一緒に焼くの楽しかったの!」
「……まあ、たまになら」
「やった!」
最近思ったのが、神楽はツンデレだ。けれどデレの割合が非常に低い。よく押してダメなら引いてみろと言うが神楽に関しては押し切るのが正解だ。そうすれば私はただの我儘な子どもだ。それでいい。
「ここだ。俺はいつもここで買っている」
しばらく歩くと白群と縹色に彩られた店にたどり着く。独特の生臭い匂いがし、ここは魚屋だとすぐに理解する。この生臭さは慣れなければきついが不思議と空腹を誘う匂いがする。
「お魚いっぱい!」
人は魚を水色や青で表現する事が多いけれど、実際に生の魚を見てみるとそれは違うのだとよく分かる。生魚は鉛白で鈍色で灰色で。たまに菜の花色が入っている。でも、確かに背中の藍色は綺麗だった。
水槽の中で優雅に泳ぐ魚を見て羨ましくなると同時にこれから食べられるのかという同情を抱く。だからと言って今更魚が食べられないと喚くつもりもない。わたしは魚が好きだ。
「秋刀魚どれ?」
「これだ」
神楽に指さされた方を見ると、氷のなかで固まっている魚がいた。約20匹程が同じ向きを向いて、冷たいベッドで横になっている。けれども目が怖いほど開いており生きているのかと錯覚させる。
「秋刀魚って、細長いのね」
「まぁ、そうだな。お前は何匹いるんだ?」
「んー、3つ!」
「ん。なら、20買って届けてもらうか」
「持って帰らないの?」
「緑弥さんに仕入れを頼まれたから、ついでにな。量がある場合はいつも届けてもらっているんだ」
「そっか」
秋刀魚を手に持って帰りたかったとは思うが、我儘を言って持たせてもらうほどでもない。疲れる方が困る。
「すんません」
「はーい!」
神楽が店の奥の方に声をかけると爽やかな男の人の声が店内に響き渡る。
「どうしました?」
出てきた店員の姿に思わず言葉を失う。まるで露草色の海を金色の魚が泳いでいるかのようだった。
「髪、綺麗ねっ!」
永麗と同じ色をしたそれは、ただただ美しい。黎翔とも違う美しさを醸し出す。
「お嬢さん、ありがとう!」
太陽がはじけるように笑う彼は恐ろしく眩い。この国では珍しいその色を言及する事は失礼に当たるものかもしれないと不安を抱くが、それでもこの美しいものを私の目が放って置かなかった。
「…………お兄さんは、」
気の良い店員に、ついこの姿を聞きたくなるが、やはり失礼だろうか。けれども、気になる。
何故、人と違うのか。人と違う事は恐ろしいのか。それとも個性と捉えるのか。
人と違う事は、美しいものなのか。
「お兄さんは…………」
「うん」
「髪が青いの……、どうして?」
この世界の多くが白い髪をしている。少なくともこの国で青い人は初めて見た。私が知らないだけで、この国にもまだまだいるのかもしれないが、白のなかに青が混ざっているのは、雲の中に一筋の空のようだ。
「俺は、母が水の国出身、そして、父がこの国出身なんだ。二人の遺伝でこうなった」
彼の言葉の中に負の感情は一切見当たらない。ただ事実を淡々と説明しているだけだ。
「そっかぁ」
私が今まで見ていなかっただけで、きっとこういう人はたくさんいるのだろう。私が不思議に思っただけでこの国の人、いや、この世界の人はそれが普通の事なのかもしれない。
身近にいる人こそ疑問に思った事を聞きにくい。私は南葵が銀の瞳をしている事に対してずっと疑問を感じていた。今にも消えてしまいそうなほど美しい南葵はこの国では異質に映る。それでも、さらに異質な存在が私だ。何故私は黒髪黒目で生まれてきたのだろうか。この全てを吸い込むような漆黒は、何故この国に来る時に今のように白く変わらなかったのだろう。この色だからこそ聖女だと気づかれた。この色でなければ、皆と一緒だった。
今更南葵にその色彩の秘密について聞く事は出来ない。店員と同じような出身であるが為に、身体の一部に他の色を宿しているのかもしれない。
「うちのチビが変な事を聞いてすみません」
神楽はやはり私以外には丁寧な言葉遣いをする。まるで私に対してだけ突き放しているかのような。けれども私はまだ来たばかりの新人だ。多少遠巻きにされたとしても文句の一つも言えない。寧ろ正しい対応だろう。
「いや、気にしてないよ。このお嬢さんは別に悪意を持っている訳ではない事は分かるからね。単純に疑問だったんだよね?」
「うん」
「この髪の色を見るのは初めて?」
「ううん、えっと、前にえ」
「ストップ」
「永麗様の髪を見たから初めてではない」そう言おうとしたが、それを言ってしまえば、私が永麗と会う事の出来る身分のものだと気づかれてしまう。神楽が止めてくれてよかった。
「前に水の国の人に会った事あるの」
嘘は言っていない。店員も納得したようで「なるほどな」と頷く。
風に靡く彼の髪が金色の瞳を隠す。
「そうか」
優しい瞳が、霙や白鴎を思い浮かべる。
「そう言えば、魚を買いに来たのかい?」
「あ、そうなの! えっとね。秋刀魚を……、お兄ちゃん、何匹だっけ?」
「20だ」
「20匹下さい!」
「はい、畏まりました」
店員は冷たい氷の中から魚を掴み、袋に入れていく。このような寒い時期に冷たい氷の中に手を入れるというのはまるで拷問だ。凝視していた私に店員は優しさから「やってみますか?」と声をかけるが、首を横に振る。夏だったならばやっても良いかもしれない。けれど私には生魚を触るというハードルも立ちはだかっている。自分から「触りたい」と感じる事はないだろう。
「ひぁっ!」
ふと視線を横に向けたところで、大きな水槽に入っている比較的大きな強面の魚を見つけた。正直な感想を言うのならばあの顔は怖い。まるでどこかのヤクザが睨んでいるかのようだ。あれはきっと美味しくない。魚屋にあるのだから食べられる事は分かっているがあれほどまでに醜い魚が美味しい訳ない。
「あれは?」
「これは鱈だ。ちょっと時期は早いが、うまいぞ」
聞いた事がない魚だ。けれども魚屋が「うまい」というのだから比較的美味しい魚なのだろう。
「あれも買うか?」
「……うーん」
興味がないと言えば嘘になるが、ただでさえ秋刀魚をたくさん買った後だ。これ以上買って食べきれるかという問題もある。
「買うか」
私が迷っている事に気づいたのか神楽はすぐに買う事を決めた。
「いいのかなぁ」
霙に視線を向けて確認するが、頷かれたので恐らく良いのだろう。これほどまで買って収納する場所があるのだろうか。そして鱈に関しては緑弥に料理を頼もう。これ程までに大きな魚をただ焼いて食べるなど見た目の暴力で美味しく食べられる自信がない。
神楽が配達を頼み店を出た。




