028-6「ときめきの味がする!」
「まだまだ食べれるよー!」
少量ずつしか食べていない為、私のお腹にはまだ若干の空腹がある。
今は一体どれくらい歩いたのだろうか。以前街に来た時の馬車とは異なり、今回は徒歩だ。予想よりも進んでいない事は間違い無い。
「そろそろデザート?」
白鴎が私の空腹具合を考えそういう。お腹に何かが入る隙間があるがそこまでの量が入りきらない事は白鴎も分かっている。
「そうします!」
めぼしいデザートを求め、再び町の中央へと足を進める。
誰も私の存在に気がつかない。だからこそ自由に街を歩き回れるのだろう。少し寂しくもある。
行き交う人々の表情は明るい。まるで全ての表情に色があるように輝いている。街も花も服も地面も全てが色に溢れている。時折上から降ってくる羽根は雪のように積もる事はないが、優しい色をしている。
「そう言えば、霙さん達は他の聖女には会った事があるの?」
何の脈絡もないが思った事を口に出して伝える。疑問に思った事はその時に伝えないと忘れてしまうものだ。
「いや、ない。一度魔の聖女様と会う機会はあったが、魔の聖女様は姿を現されなかった。……どうやら南葵は親しいみたいだがな」
そういえば私は「南葵の聖女」がいるという事は知っていたが、その「南葵の聖女」がどこの国の聖女かという事は知らなかった。
「もしかして、南葵の聖女様って、魔の国の……?」
「ああ」
という事は今は魔の国に聖女はいないという事だ。そして南葵は以前魔の国にいたという事だ。どういうきっかけで南葵がこの国に来たのかは分からないが、おそらく魔の聖女が関わっているのだろう。当然ながら分からない事だらけだ。南葵の事は知りたいけれど興味本位で南葵の過去を暴く訳にはいかない。何より自分の事を話していないのに相手の事ばかりを知ろうと思うのは傲慢だ。相手の事を知りたければ、まず自分の事も話さなければならないけれども、私にはその覚悟がない。
「……やはり、聖女様ってそう簡単に会える存在じゃないんだね」
「まあ、そうだな。国によって聖女様の位置づけも変わってくるからな」
思い返せば、なかなか会える存在でないのならば、いくら姿を隠したと言っても今の私のようにそうそう街を歩き回れるはずもないだろう。この国の人はきっとまだ私という聖女の扱いに困っている。例え私を閉じ込めたとしてもそれで私が不幸になったのならばこの国は救われない。自由にしすぎて傷ついたとしてもこの国は救われない。どうするのが一番いいのか。それはまだ誰にも分からない。ただ一つ分かるのは聖女という存在はありがたくそして扱いづらい。
まだものも分からぬ子どもと認識されている私。もし仮に私がこの世界で成人しているとみなされる姿、年齢であったならば。私はどうなっていただろうか。今と同じように穏やかな生活が送れただろうか。きっと否だ。
南葵は魔の聖女とどういう関係だったのか。私にとっての霙や白鴎のような存在だったのか。将又、たまたまその建物に住み着いていた使用人だったのか。南葵が好いていたという聖女は南葵の事をどう思っていたのだろう。
ただの知人か。それとも恋人か。
南葵を愛していたとして、どういう気持ちで彼のもとを離れたのだろう。好いた人の元を離れる寂しさは私には分からない。
「あれは?」
考え事をしている私をよそに、白鴎はめぼしいデザートを見つけたようだ。
「……?」
白鴎が指さした方向を見てみると、たった今買った人達が三角の形をした黄色い何かを持っている。
不思議な形をしたお菓子のような物は見覚えがない。苺やチョコレート、バナナや抹茶など種類によって様々なものが使われているようだ。不思議な真っ白のとろりとしたものも乗っている。
まるでホットケーキを食べやすいように薄く伸ばしてその中にフルーツを詰め込んだようだ。
「あれは何て言うの?」
「クレープだよ」
私がそれを知らない事に対して白鴎はやはりとでも言うように簡潔に私の問いに答えた。
「くれーぷ……」
名前にすら聞き覚えはない。けれどもまるでパフェを持ち歩いているかのように輝いている。美味しそうだけれど食べるのが難しそうだ。
「食べてみたい!」
けれどもあれが気にならないかと言われると、とても気になる。あのパフェに似たクレープというものは一体どのような味がするのだろうか。いちごやチョコレート、バナナ単体の味は分かるのだが、白いとろりとしたものや生地が合わさるとまた味が変わってくるのだろう。
店の前に並び、メニュー表を見ると、どうやらニンジン味はないようだ。それを残念に思いつつ、気になっていたいちご味のクレープを選ぶ。
「生クリームの量はどうするんだ」
神楽は手慣れたように注文をする。前々から思っていたけれど神楽は食べる事が好きなようだ。若いから沢山食べられるのだろう。
「生クリームって何?」
「この白いやつ」
私が先ほどから疑問に思っていた白いものはどうやら生クリームと言うらしい。美味しそうだから沢山頼むか、それとも初めてだから少量にするか。
「食べ慣れていないなら少なめにしろ。食べれるようなら俺の分けてやる」
「……………………ちょっとにする」
「ん」
神楽が頼んでくれ、霙と白鴎もクレープは好きなのか、頼んでいた。格好良い皆が可愛いクレープを頼むのは失礼ながら面白いと感じてしまう。
広い鉄板に生地を流し入れ、ヘラのようなもので円く広げていく。細いナイフのようなものでさっとひっくり返せば、すぐに生地をお皿に乗せた。
「すっごぉー!」
職人の技に目が零れそうだ。夢中になって見ていたから、霙が私を抱き上げていた事にも気が付かなかった。道理で見やすかったはずだ。そこに生クリームを少しと沢山の苺を乗せてくれる。赤いどろっとしたジャムも追加された。
そして、また職人の技で三角の形にされ、紙に包まれる。作り方は理解したが、それを作れるとは思わない。何度も練習をしなければ無理だろう。
「どうぞ」
店員のお兄さんが手渡してくれたクレープは、手元に来るとより一層輝いて見えた。
両手で握らなければ落ちてしまいそうなほどに大きなクレープ。日本でも食べた事がないそれは、日本にもあったのだろうか。そもそも日本では甘いものを食べる事は滅多になかった。存在を知っていても口にした事がないものの方が多かった。
3人が来上がるのを待っているのを余所に一口かじる。最初はクレープの生地しか口に入ってこなかったが、甘すぎないそれはもっちりとしていて飽きそうにない。
「うまいだろ」
「うん! ときめきの味がする!」
ちまちまとクレープ生地のみを口に入れていく。クレープ生地だけ食べても一向に飽きが来ない。ようやく苺にたどり着こうというところで白鴎がクレープを受け取った。
「なにそれっ?!」
白鴎が頼んでいたのは緑色のクレープ生地に包まれたクレープだ。私の物と違い緑色のそれは食欲をそそられるかといえば否だ。
「これは抹茶クレープ。中にはきな粉や小豆も入ってる」
「あ、知ってるよ! きな粉も小豆も聞いた事がある!」
だがそれは大人の味であって子どもの私には早かろう。中身が15歳だったとしてもこの世界では子どもだからいいのだ。
霙の受け取ったクレープも衝撃だった。先ほどは冗談でニンジンなどと言っていたが、霙が頼んでいるのは野菜が含まれているクレープだった。
「野菜クレープだ。甘すぎるのは好かん」
レタスに玉ねぎ、ハムにキュウリにチーズ。ウインナーに、赤い悪魔。他にも赤くて細長いものも入っている。
「一口食うか?」
「いるっ!………………らない」
霙の優しさに心を痛めながら断る。神楽の「どっちだよ」というツッコミが聞こえたが、霙のクレープに関してはどうしてももらおうと思えない。
「……ああ、済まない。トマトが食えないんだったな」
霙は思い出したようにつぶやき、神楽は「ガキだな」と呟く。私は決してトマトが食べれないんじゃない。あえて食べないだけだ。食べようと思えば食べれる。食べたくないだけだ。
神楽のクレープは私のクレープにさらにバナナとチョコレートソースを足したものだった。私はイチゴだけでもドキドキの体験だというのに、神楽も霙も白鴎もみんな思う存分詰め込んでいる。
クレープが美味しいものと分かっているからこそ出来る技だ。
一通りみんなのクレープを見たところでようやく待ち望んでいたいちごをクレープ生地と一緒に口に入れる。
「んーっまい!」
いちごの酸っぱさとクレープ生地の甘さが引き立てあっている。もっちりとした生地とシャキッとした苺。一口で2度美味しい。
「ときめいたぁ!」
これを提案した白鴎にメダルをあげたいくらいだ。食べ進めていくと苺だけでなく生クリームも出てくる。初めてそれを口に入れた瞬間、何とも言えない感覚が広がる。
「………………なんか、口の中へんだよぅ」
「?!」
私がそういった瞬間、白鴎は私のクレープを取り上げ、霙は私の頭を抑え、口の中を覗き込んだ。
あまりの驚きに反応出来ず、流れに身を任せる。
「アレルギー……、では無いよな? 口の中には問題ない。手足にも」
「ああ、牛乳は問題なく飲んでいた。小麦粉や卵も今まで食べていた」
そこで漸く、彼らがアナフィラキシーを恐れているのだと分かった。誤解させた事を申し訳なく思い、霙の手を叩くと、そっと手を離してくれた。
「ごめんなさい。痛いとか、かゆいとかじゃなくて、何か、生クリーム、好きじゃないの…………」
眉を下げながら謝ると、何故か安心したように霙と白鴎だけでなく神楽も息を吐く。
「良かった……」
誤解をさせてしまったのはこちらなのに、そこまで安心されると申し訳なく思う。
「生クリームは、俺が食う」
神楽はいつの間にか店員から貰ってきていたスプーンで、私のクレープの中で含まれる生クリームを神楽のクレープへと移した。神楽が最初にクリーム少なめを勧めておいてくれてよかった。これで多い量を購入していたら後悔していた。
「おにいちゃん、ありがとぉ」
「ん」
神楽はこの結末が分かっていたとでも言うように怒る事なく私の頭をグリグリと撫でた。優しい神楽は珍しい。
居心地の良さに目を瞑る。
「?」
ふと、体から何かが抜けていった気がした。
けれどそれは不快感もなく、ただ不思議な感覚のみを体に残した。
「どうした」
キョロキョロと辺り見回す私を不思議に思ったのか、神楽が眉間に皺を寄せ疑問を投げかける。
「え、あー。うん、何でもない。というか、よく分かんない」
「は?」
神楽の変な生き物を見る目がズキズキと刺さるが気にせず生クリームが減ったクレープを白鴎から受け取る。
少量ならば生クリームが入っていたとしても気にならない。クレープ生地と苺で相殺される。生クリームの味になれたら美味しくいただけるのだろうか。
せっかく美味しく食べられる為に生まれてきた生クリームを美味しくいただけない事が悲しい。
「それはトマトも一緒か……」
「何か言ったか」
「ううん、なんでもない!」
それでもクレープは最後まで美味しく頂けた。また食べたいと思うほどに。神楽のお陰だ。
今日は食べてばかりで腹も十分に膨れた。ここに来た当初と比べれば食べる量も随分増えた気がする。




