028-5「今日は色がいっぱいだぁ」
戻ってきた霙、白鴎、神楽は普段の服装とは異なる服を着ていた。今までの服装が仕事着だとするならば、今着ている服は普段着とでも言うべきか。私が髪色を変えたとて、他の人がいつも通りの服を着ていたのでは私が聖女だと推測されやすいとの事だ。
街までは馬車で行く。今回乗る馬車は前回乗ったものとは全く違う。前回がオープンカーだとすれば今回のは典型的な馬車といえよう。金色の縁も施されておらず、豪華すぎず、貧乏すぎない綺麗な馬車だ。
ワクワクしながら乗り込むと、同じように3人も乗り込んでくる。私以外は背が高いから妙な圧迫感はあれど、不快感はない。寧ろ温かく、おしくら饅頭のようだ。
椅子の上に立って窓の外を眺めていると、馬車が動き出す。振動でバランスを崩し、隣の神楽にもたれかかったが、怒らず寧ろ神楽の膝に抱きかかえられた。高さもある事から、これならば座ったまま窓の外を眺められる。
「やっぱり、綺麗ね」
色彩豊かなこの世界に自分がいる事が、未だ不思議だ。街につくまで、しっかりと目に焼き付けておこうと思う。
景色を眺めていればあっと言う間に街に着いた。
白茶の石畳に辿り着き、噴水と木と葉のオブジェを通り過ぎる。今日はこの辺りから人が溢れていた。煤竹色のベンチ。藤紫の花。鳥の子色の家。薄香の柱。山鳩色の鳥。そして、梔子色のドレスを着た大きな木。それらの下にも多くの人がいる。
「人、多いねぇ」
あの時と同じくらい人がいた。あの時は式典だったからか、皆白い服を着ていた。でも今日は、皆が好きな色の服を着ている。
「今日は色がいっぱいだぁ」
藍色も勝色も蘇芳も灰緑も海松色も鶯茶も油色も濃色も紫紺も葡萄染も。
何もかもがカラフルに色づいている。
ゆっくりと動きを止めた馬車。止まったのは一つの店の前。
「ここからは歩いていくから、馬車は停留所に行く。疲れたら抱き上げるから言ってくれ」
「分かった!」
馬車を降りると、漂うのはよい匂いばかり。甘い匂いも、辛い匂いも、焦げた匂いも、その全てが鼻に届く。
「いい匂い、いっぱいね」
「もう少し奥にいけば、更に色々ある」
過ぎ去った馬車を眺めつつ、周りのお店も眺める。新鮮な光景に見逃しては勿体ないと、目を凝らして周りを見る。こちらを気にしている人はいない。皆自分の買い物を楽しんでいる。
「まずは何を見たい」
霙の問いかけにあたりを見回し考える、白鴎と神楽は私の言ったところについてくるといった表情だ。
今回の目的は美味しい魚を売っている店に行く事だが、それは辿り着けば神楽が教えてくれるだろう。
「んーと……」
かと言って、私に行きたいところなど無い。正確には分からない。
「お腹すいたから何か食べたいなぁ」
「なら、歩いてみて回ろう。皆で分けながらだと、沢山の種類を食える」
「賛成〜!」
神楽の手を握り歩き始める。手はすぐに離されるだろうと予感していたが、手は握られたままだった。手を繋いでいなければ、迷子になってしまうという予感もあった。神楽が手を繋いだままでいてくれるのならば安心だ。
以前来た時は周りを見る余裕などなかったが、ものすごくもったいない事をしたと思う。こんなにも色にあふれた世界を見逃していた。
「霙さん、俺串焼きが食べたいんで買ってきていいっすか?」
「ああ、気にせず食いたいものを食え」
神楽は食べたいものを見つけたようで私の手を放そうとするが、私はそれを食い止めた。ぎゅっと神楽の手を握ると、神楽はため息をつきながらもそのまま串焼きの方へ向かって行った。小さな屋台だ。肉の匂いがする。けれどもそれだけではない。色々な匂いが混ざり合って一つ一つが何か分からない。
「串焼きって何?」
「……お前串焼き知らねえのか?」
「知らない」
名前から想像するに、お肉などを箸やフォークではなく、串で刺して食べるのだろうか。なぜわざわざ刺しにくい串を選んだのだろうか。皿から刺す時に串だと刺さり甘ければ落ちてしまうというのに。
「串焼きは、肉や魚、野菜を串に刺して食うんだ。この店は自分で刺したいものを選べる」
「選べるの?! 私も食べたいっ!」
ただを捏ねるように神楽の手を揺らすと、「買ってやるから落ち着け」と握ってる方とは反対の手を頭の上に乗せられた。
焼いた肉や魚、野菜を串で刺して食べるという事は、焼肉屋のようなものだろう。焼肉屋との違いは座って食べるか立って食べるか。箸で食べるか串で食べるか。
幸い混んでおらず、すぐに注文をする事が出来た。
「いらっしゃいっ! 何にしやすか?」
「鶏もも3、皮2、ネギ3。お前は?」
「え、えっとぉ……」
神楽の呪文のような言葉を聞き取れず、どう頼めばよいのか分からない。
「ああ、そうか。お前の背じゃ見えねぇな」
神楽に抱き上げられると、様々な食材が並んでいるのが分かった。
「いっぱいあるっ! 全部おいしそぉ!」
「全部はやめとけ」
「流石に全部は食べないよぉ」
肉が沢山ある。いくつかの箱に分けられている事から肉にも種類が複数あるのだろう。見ただけでも全く違う種類の肉たちが山盛り入っている。きっとこの中には鳥や牛、豚などの肉があるのだろう。焼かれる前の状態では何が何やらさっぱりだ。そして魚も複数の種類がある。白身魚や赤身魚。あれは鮭だろうか。そして最後に野菜。神楽が言っていたネギも入っている。他にもキノコやキャベツ、ニンジンに見た事が無いものも沢山。
「お嬢ちゃん、何にするか決まったかい?」
「んーっとねぇ、鳥さんのお肉1つと、ニンジンと、キャベツ! あとは……」
折角ならば、まだ食べた事が無いものを食べてみたい。
「あとはねぇ、あの緑のお星さまっ!」
「あいよ」
店主は神楽と私の要望通りの食材をとる。そしてそれを鉄板の上に乗せるのかと思いきや、長い串にそれを刺し始めた。私はそこで漸く『串焼き』の意味を理解した。串焼きとは、串で刺して食べるのではなく、串に刺したものを食べるのだ。
大きな網の上に2本の串を乗せると、油が火に落ちる音がする。食欲をそそる匂いがあたりに散らばる。
「お前さ、緑色の星っつってたけど、あの野菜の名前知らねえのか?」
「うん、知らなぁい」
「まあ、季節外れだから緑弥さんも出さねえしな。あれはオクラだ」
「おくら?」
可愛らしい見た目に反して名前は少し物々しい。見た目と名前が合っていないだなんてよくある事だ。そもそも、見た目と名前のイメージなどというものは他人が勝手に植え付けたものだ。私と神楽でも抱く感想は違うだろう。
どうやら、事前にどれも火を通しているようだ。思ったより早く焼き上がり、肉と野菜を通した串が目の前に差し出された。
「串焼き2本お待ちどう様!」
「ありがとぉ!」
「合計で250鈴だ」
「鈴……?」
神楽がポケットからお金を取り出し店主に渡す。そして再び神楽を手をつ南葵、霙たちのもとへと帰った。
「……なんだ」
神楽のポケットを興味深そうに眺めていたのに気づき、私に声をかける。
「あ、えっと。お金って鈴って言うの?」
「ああ、そうか。お前はこの世界の金を見るのは初めてか」
「うん」
霙達の元へと辿り着き、串焼きを買った事を報告する。霙と白鴎は私がお金を不思議そうに眺めていた事に気がついていた為、私にお金の事について簡単に教えてくれた。どうやらこの世界のお金の単位は鈴というらしい。1鈴の価値については日本の相場がよく分からない為、断言は出来ないが、日本とだいたい同じくらいだろう。
「串は横から齧るように食え。棒が喉に詰まる」
「私、そんなに子どもじゃないから大丈夫なのよっ!」
「喉に刺さって死んでから遅いだろう」
「……うぐっ」
怖い事を言われれば従うしかないのは必然だ。
2度焼きをしている為、肉は少し硬いが、屋台のものといえばこの程度だろう。普段から美味しい緑弥の料理を食べ慣れているせいか少しの味の違いも分かるようになってしまった。けれどそれでも良いと思う。屋台は普段とは違う独特の雰囲気があり味を引き立てる良いスパイスになっている。つまり今食べてる肉の味はこれで良いのだ。
「おいしいね」
「ああ」
初めてのオクラは不思議な触感がしたが、食べられない事も無かった。少しトマトに似た食感はしたがトマトよりも幾分か硬く食べやすかった。ねばっとしていて噛めば中から汁が出てくるのも面白かった。感想としては「嫌いじゃない」。
次から次へと見つける美味しそうなもの。食べた事があるもの、無いもの。見た事があるもの、ないもの。好きそうなもの、好きではなさそうなもの。全てがここに集まっている。まるでここは大きなフルーツパフェ。ひとつのお皿の中に色々な物が入っている。夢のように詰め込まれたそれらは、全部が合わさったからこそ完成形といえる。つまりはこの街にある全ての食べ物を食べなければ、この街を知った事にはならない。だからと言って今日それを達成する事は不可能だ。またこの街に来る必要がある。
霙と一緒に食べたホットドッグも、白鴎と一緒に食べた焼きそばも。神楽と食べたふわふわとしたお団子も煎餅も。
きらきらとした星のペンも、揺らめく影を閉じ込めた髪留めも、ひんやりとした落ち葉の腕輪も。
全てがきらめきに溢れていた。




