028-3「……なんだかこの腕輪、南葵がいるとよく光るね」
茶色の色鉛筆で円を書いた後に、赤の色鉛筆で小さな円を書く。そして同じように青、紫、緑の円も書く。単純な絵ではあるので一瞬で終わってしまった。しいて言うならばこのままでは王珠が王珠に見えないという事が気になる。ただの4色の円だ。けれども今、白のペンなどはない為、うまく上から色を入れる事が出来ない。
「早かったな」
今回の絵はそこまで難しいものではない。
「題名はどうする?」
「えーと」
題名の事など頭の隅どころか、外まで飛んでいた。
「んーと、『聖女の腕輪』と『王珠のブレスレット』にする」
そのままの名前が一番シンプルで伝わりやすいものだ。何のひねりもない題名に南葵は頷いてメモ帳にお手本を書いてくれる。
書いた事がある文字はまるで復習のように思い出すとすっきりする。大きなスケッチブックの左右にそれぞれの腕輪が映る。
『聖女の腕輪』を先に書き始め、『王珠のブレスレット』の最後の文字を書き終わる。全て書き終わった事で、もう一度見直してから、満足気にスケッチブックを閉じたところで、目を見開いた南葵が私を見る。
「おいっ」
「え?」
南葵の目線をたどると、視線の先には私の左手にあった。それはものすごく一瞬ではあったけれど、普段光っているものよりも強い光を放ったのが分かった。
「……なんだかこの腕輪、南葵がいるとよく光るね」
「……たまたまだ」
南葵に特別な力でもあるのだろうか。この腕輪は南葵がくれたから南葵といると腕輪も喜んでいるのだろう。
5秒ほど光った後、腕輪はすぐいつも通りの淡い光に戻る。南葵は持っていたメモ帳に一心不乱にメモを取る。南葵の研究の役に立ったのならば幸いだ。
「次は何を描くんだ?」
南葵のその質問に私は迷わず「外の鈴蘭」と答える。
南葵も了承してくれた為、2人で庭へと向かっていく。この時に南葵に先導を任せるなんて事はしないし、南葵より前を歩くような事はしない。南葵が前を歩けば道に迷い、南葵が後ろを歩けば道を逸れた時に気がつかない。つまり正解は南葵の隣を歩く事だ。
それよりもたった今まで何とも思ってはいなかったが南葵がよく一人で私の部屋まで辿り着けたものだ。
「南葵は、太陽の国の聖女様に会った事があるって言ってたっけ?」
「いや、無い」
聖女を研究していて、聖女に詳しくとも、必ずしも聖女に会える訳ではない。同じ国にいても必ずしも会える訳ではないのだから、他国にいれば尚更会いづらいだろう。
南葵は時折視線をよそにやり、その方向へと向かって行こうとする為、私は最終的に南葵と手をつなぐ事にした。南葵の手はいつも冷たくて暖かい。私より少し大きいけれど他の人達よりその手は、どこか懐かしい。
「南葵は、何処から来たの?」
「質問の意図が分からない」
「えっと、ここに来る前はどこにいたの?」
その瞬間の南葵の表情は、よく分からなかった。
「……普通の、住み込みの仕事だ」
「へー」
そこで「何処で働いてたの?」と聞く勇気は私にはない。
「南葵の、聖女様はどんな人?」
これを聞いても良いのかは分からないが、他の聖女の話は気になる。この世界に私という聖女が来たのは何故か。
私と似ている聖女は一体どのような人物だったのか。
「どんな人、……か。言葉にするのは難しい。今まで彼女をどのような人かまともに考えた事がなかった。けれども、そうだな。俺の事を散々子ども扱いしていた」
南葵は腹立たしいとでも言うように当時の事を思い出してしかめっ面をしていた。
「……えっと、南葵はその時に子どもだったの?」
霙たちと比べれば十分小さい南葵に対して、今も子どもだという言葉はどうしても口から出なかった。
「いや、この姿のままだ」
「あれ、そうなの?」
南葵は今十分に子どもだ。けれども子ども扱いするほどの見た目年齢ではないと思う。今と昔で姿が変わらないという事は南葵の成長速度はゆっくりという事だろうか。
この国の人達は皆平均寿命が同じくらいあるのだろうか。それとも寿命が特別長いものは成長速度も遅いのだろうか。
そもそも寿命と成長速度は関係あるのだろうか。
「俺は当分は成長しないだろうな」
「……?」
南葵は成長しないと言いながら悔しそうな表情はしていなかった。むしろ、嬉しそうな懐かしいような表情だ。子ども扱いされていた事を嫌がるくせに成長しない事を喜ぶだなんて南葵の考えている事は分からない。けれども南葵がこれほどまでに優しい表情をしているのだからきっと南葵が特別に思う聖女のせいだろう。
「あとは、そうだな。うん、お前に似ていたな」
「それ前にも言ってたね? どういうところが似ているの?」
南葵はじっと私を見て、しばらくしてから口を開いた。
「芋が好きなところ」
「お芋!」
そういえば南葵の聖女もスイートポテトを作ったと言っていた。
「まあ単純に見た目が似ていたな。もしかすると同じ世界から来たのかもしれない。黒目だったから似たように感じたのか」
「えっ?」
その聖女が黒目という事を初めて知った。彼女も日本からこの世界に来たのだろうか。同じ日本人ならば南葵が間違えるのにも納得がいく。顔に特徴がなければ誰しも同じ顔に見えてしまうものだろう。
庭にたどり着き鈴蘭を描こうとしゃがみこむ。
「…………実際、俺も聖女様の事をそんなに知らない」
鈴蘭を見ているようで、さらに遠くを見つめている南葵の瞳は掴み所がなく、今にも飛んでいきそうだ。
「……」
緑の色鉛筆を持ち、鈴蘭の花と葉の輪郭を描く。
「俺が聖女様と過ごしたのはたった数日だ」
たった数日。それは私にとってもあっという間に過ぎていく時間だ。寿命が私の何倍もある南葵からすれば、きっとそれは瞬きをするのと同じくらいに短い時間だったのだろう。けれどもその短い時間の中にとても印象に残っているほど南葵にとっては大切な人だったのだ。
「いいなぁ」
「何がだ?」
思わず緑の色鉛筆を持つ手が止まる。若竹色の葉が左右に揺れる様を眺める。チクタクとまるで時計の秒針が動くように揺れる葉は、猫がいればきっと猫じゃらしにもなり得ただろう。腹の底から溢れる想いを、まるで、道に転がっている石ころを蹴るように淡々放つ。
「……そんなに、大切に思える人、私にはいない」
何事もなかったかのように再び緑の色鉛筆を持ち、続きに取り掛かる。すらりと伸びた長い葉は、折れる事を知らないかのようにいつだって天を向いている。時折入る白い筋がまるで天からの架け橋だ。
緑の茎をかき、まるで怒ったように頬を膨らませた白い花の輪郭を描いていく。この花は白い花だから色は塗れない。
黒と違って何色にも染まっていく綺麗な白。色は水色で薄く塗るなんてどうだろうか。それか周りを塗って、白を目立たせるのも良いかもしれない。
宙を見つめ、どうしようかとしばらく悩む。悩んだところで答えはすぐに出た。
「いつか現れる」
出た答え通りに色鉛筆を持った所ではっきりと意思持った南葵の鋭い声が届く。
持ち上げた色鉛筆を一旦下ろし、南葵を見つめる。
「絶対にいつか現れる」
再び同じ言葉を繰り返す。同情か、慰めか。それとも励ましか。南葵の正確な感情は私には計り知れないが、それでも私の目を見てはっきりと言う南葵が私の事をからかっているとは思えない。
「……どうしてそう思うの?」
動かしていた手を完全に止め、自然を南葵の胸元にやる。
「お前の人生はまだまだこれから。今はまだそういう人に出会えなかっただけだ。お前はまだ15歳と言っていたな。俺だって人生を変えるほど大切な人に出会えたのは最近だ」
南葵の年齢が一体どれくらいであるのか、南葵の言う最近は一体どれほどの期間を示しているのか、私には計り知れないが、南葵の言う大切な人は間違いなく彼の聖女だろう。
「無理に大切な人を作る必要はない。大切な人なんてすぐには気づかないものだ。離れて、会えなくなって、ようやく大切だった事に気づけるという場合もある」
それはとても悲しい事のように思える。
「大切」って、何だろう。「大切」と、「大切でない」基準はどこにあるのだろう。何が基準でその人物に対して「大切」だと感じていると分かるのだろう。ここに住んでいるみんなの事を「好き」だと感じているが、それは「大切」とは違うのだろうか。
手に取った水色の色鉛筆を下ろして代わりに黒の色鉛筆を持つ。
「南葵は『大切』って気づいて、寂しくなかった?」
白い花の周りをうっすらと黒で輪郭を描いていく。黒い縁を書いていくとまるで白い花が浮き上がってきたようだ。下に向かって頬を膨らませた可愛らしい花は、普段は綺麗に見えているのになぜだか今日は拗ねているように見える。きっと構って欲しいのだ。
「会えない事を寂しく思うが、後悔した事はない」
鈴蘭の頬を描いていた私の手は、南葵の言葉に手を止めた。輝く銀色の瞳を太陽に透かせ、まるで海にでもいる様な輝きを纏っていた。偽りなく優しくて強い瞳だ。彼女との出会いを全く後悔していない。短い時間しかともにいられなかったと言っていた。理由は定かでは無いが、そんなに想いを馳せる人物と離れる事になって、南葵は何故腹が立たないのだろうか。
「どこにいるのか分からないが聖女様は『また会える』と言った。だから寂しく思っても後悔する事はない」
私には、まだ難しい。人の心は難しい。
「南葵の大切な人。いつか会えるといいね」
「ああ」
大切な人を「大切」だと言える。それはとても尊い事のように思える。
「大切な人がいる南葵」が羨ましい。「南葵に大切に思われている人」が羨ましい。私も誰かの「大切な人」になれたら良いのに。
下を向いて頬を膨らませている鈴蘭が風に吹かれて左右に揺れた。




