第29話 いざ決戦の時
あまり眠れなかった夜は明け、和泉先生に告白すると決めた明日が今日になる。
あくびを噛み殺しながら学校へ行き、いつものようにアニエスへおはようと挨拶。ホームルームの時間になると、人の良い笑顔を浮かべた和泉先生がやってくる。出欠を取る姿も、1日の連絡事項を伝える姿も、わたしの大好きな人は何をしていてもかっこいい。
先生と目が合っても、気まずくなったり変に恥ずかしくなったりはしない。すごく幸せな気持ちに包まれるだけだから、告白する予定の放課後まで普通に接することができそうだ。
授業だっていつも通りに……いや、いつも以上に集中できた気がする。昼休みはアニエスとお弁当を食べ、エアコンが必須な時期になっただとか、タコさんウインナーが可愛いだとか、そんな他愛もない話をする。気を遣ってくれたのか、和泉先生の話題になることはなかった。
その後もしっかりと授業を受けて、ホームルームが終わったら……。とうとう決戦の放課後の時間だ。心臓が加速のための準備運動を始める。少し相談があるという体で、教壇の上でファイルをまとめている和泉先生に話しかけた。
「和泉先生、少し、お話いいですか……?」
ここで話すのはまずいことだと悟ってくれたのか、先生は「場所を変えようか?」と聞いてくれる。それに頷いて、2人ですっかり馴染みのある国語準備室へと向かった。
ちらりと見えたアニエスは、親指を立てて頑張れと言わんばかりに笑っていた。それに笑顔とありがとうの気持ちを返す。
「どんな話かな?」
国語準備室に着くと、わたしたちは机を挟んで向かい合って座った。ほんのり甘さのある笑顔を浮かべて、和泉先生は言う。
ごくりと唾を飲み込む。心臓が加速を始める。ふぅ、と息を整えて、あらかじめ言うと決めていたセリフを口に出す。
「先に言っておくことがあります。答えられる答えだったら、言ってください。……でももし、答えられない答えだったら、まだいらないです」
少し首を傾げながらも、先生は「分かった」と頷く。
これで布石は打てた。答えられる答え——断りの返事だったら今、答えられない答え——了承の返事だったら卒業後。前者になることは分かっているけど、その前提で伝えるのはわたしの心が納得しない。全力でぶつかって、それで振られたい。……もちろん振られないのが一番いい。
「和泉先生」
「うん」
愛しそうに細められた焦茶色の瞳を見たら、何からどうやって伝えようとしていたのかなんて一瞬で忘れてしまった。……もう、思ったことをそのまま伝えるしかない。
「細かいところまで気を配ってくれるところ」
わたしが本好きなことに気づいて、国語準備室の資料を読んでいいよと言ってくれたり、両手が塞がっている状態の時、さりげなく扉を開けてくれたり……。
「飄々としているように見えて、実は生徒思いなところ」
禁断の果実を食べるアニエスを止めようとしてくれたり、アニエスが心配になって沈んでいたわたしの気を紛らわしてくれたり……。
「いざという時、すごく頼りになるところ」
1年生3人に絡まれていた時、倒れかけたわたしを抱き止めてくれたり、わたし以上に怒ってくれたり……。
「ノリがいいところ」
旧校舎へ肝試しに行こうという話が出た時、わざわざ大きな独り言として自分も行くと言ってくれたり……。
「真っ直ぐと向き合ってくれるところ」
わたしが避けようとしていても真っ直ぐと視線を合わせようとしてくれたり、旧校舎でわたしが怖がった時、安心させるように手を差し出してくれたり……。
「優しく笑ってくれるところ」
廊下ですれ違った時にふと笑顔を向けてくれたり、2人きりになった時はそこに甘さが加わったり……。
「これはわたしの気のせいかもしれないですけど、案外嫉妬深いところ」
「俺の可愛い生徒」だと言ったり、玲さんを頼ったことに怒ったり……。
「そんな和泉先生のこと、すごく……素敵だな、かっこいいなって思います。……和泉先生……好き、です」
とうとう言ってしまった。とうとう伝えてしまった。全速力で走る心臓の音がうるさい。頬だけじゃなくて、耳まで赤くなっている自信がある。……どんな風に、答えが返ってくるのだろう。視線が手元に向く。
がたりと、和泉先生が席を立った音がした。小さめの長机の横を通って、こちらにやってくる気配がする。1秒1秒がやけに長く感じる。
すると、ぽんと頭に温かくてわたしよりも大きな手が乗った。……どういうことだろうか。その隙間からそっと見上げてみる。
さっきよりも増した甘さと共に、和泉先生は嬉しそうに笑っていた。
「返事は、卒業後ね」
……どうやら、両片思いだったらしい? じゃあ、あの時話していた和泉先生の「好きな人」というのは……わたしのこと? 嬉しさや恥ずかしさから来る熱が、首の方まで広がった。
アニエスと類くんと玲さんがやけに応援してくれていたのは、告白してみたらと言っていたのは、結果が分かりきっていると言っていたのは……全部こういうことだったから? わたしはかなりから回っていたらしい。
でも、それはもういい。
今こうして嬉しそうに頭を撫でてくれている和泉先生のことが、わたしは大好きだ。




