第28話 後悔が少ない方を
国語準備室から教室に戻り、帰る準備をしていると、突然電話がかかってきた。スマホに表示されているのは「久坂アニエス」の文字。何かあったのだろうかと、わたしは電話を取る。
『どうでシタかー?』
第一声がそれではよく分からない。
「何のこと?」
『もちろん和泉先生とのことデスよー。何か進展はありまシタかー?』
和泉先生との……進展……。和泉先生に好きな人がいることなら知ってしまったけど、これは進展なんてものではなく、言うなれば後展だろう。じわりと涙が浮かんでくる。
「……あにえすぅぅうぅ」
『伊都!? な、何があったんデス!?』
電話じゃ埒が明かないと、まだ学校の近くにいたらしいアニエスの提案で、旧校舎で話をすることとなった。
半泣きになりながらたどり着いた旧校舎には、玲さんと話す類くんがいた。
「類くん……? どうしてここに?」
「伊都先輩大丈夫? 僕はアニエス先輩から誘われてきたんだけど」
「ダメ元で誘いまシタ」と笑うアニエスの姿が簡単に想像できた。
ふわふわと宙を漂う玲さんから突然近づかれて、思わず体を後ろに引く。
「伊都……お前本当に大丈夫か? すげぇひどい顔してるぞ?」
そんなにそうなのだろうか。ぺたぺたと自分の顔を触ってみても、何も分からない。ただ、いつもは温かい指先が冷えていることには気づいた。確かに、大丈夫ではないのかもしれない。
すると、がたがたと音を立てて昇降口から誰かが入ってくる。はぁはぁと息を切らしたアニエスだった。急いで走ってきてくれただろう。
「……アニエス、大丈夫?」
「ワタシは問題ありまセン! それよりアナタデスよ、伊都! さあ何があったんデスか!?」
勢いに流されるまま、わたしは1から10まで話した。和泉先生が告白されていたこと、それに対して「好きな人がいるから」と断っていたこと、それに対して絶望のような気持ちを抱いていること……。最後まで話すと、3人はどうしてか「あぁ……」と頭を抱えている。
「伊都先輩、真面目に一度突撃してみるのありだと思うよ」
「そうデスよそうデスよ。告白して失恋する自分と、告白もせず失恋した気分になる自分、伊都はどちらがいいデスかー?」
もし後者を選んだなら今の状態のままでいるということだ。それは……絶対に苦しいだろう。でも同時に、和泉先生との今の関係性を崩さずに済む。……それでも苦しいものは苦しい。
ふと、さっき和泉先生に告白をしていた子のことを思い出す。一瞬すれ違ったあの子は泣いていたけど、すっきりとした表情を浮かべていた。もしかするとそちらの方がきっぱりと諦められるのかもしれない。
「お前的に、後悔はどっちの方が少ないんだ?」
玲さんのその言葉が決定打だった。
「……告白、します」
3人を真っ直ぐと見て言ったら、拍手が帰ってくる。
「よくぞ言ってくれまシタ……!」
「100パーセント分かりきってることだが、結果、ちゃんと教えろよ?」
「応援してる」
その温かさに応えたくて、わたしはガッツポーズを作って言った。
「全力で振られてきます」
なぜか、可哀想なものを見る目が返ってくる。和泉先生に好きな人がいるのなら振られるのは当然なはずだけど……? ぽんと肩にアニエスの手が乗せられた。その生温かい視線は本当に何なのだろうか。
玲さんの「そうじゃないんだよなぁ」という呟きがやけに大きく聞こえた。
「それで、いつ告白するの?」
「明日デスか? 明日デスよね?」
告白すると決まったら、しばらく悶々とするより早く終わらせた方がいいだろう。アニエスの言う通り、明日決行だ。明日告白する、そう口に出そうとするだけなのに、どうしてか頬に熱が集まる。それを逃すように、ふぅ、と息を吐いてわたしは宣言した。
「……明日の放課後、和泉先生に告白します」




