第27話 ただ未来を願うのみ Side:和泉日色
さっきの子には悪いことをした。つい、深町さんについて語ってしまった。
告白にごめんと返した回数は、教師になってから片手で数えられないくらいにはある。しかし、深町さんのことが好きだと気づいてからされたのは初めてだった。もう「生徒だから」なんていう風には断れない。
ふぅ、と息を吐いていると、控えめなノックの音がする。この叩き方は深町さんだろう。「失礼します」と入ってきたのは、案の定そうだった。
「どうしたの?」
深町さんはびくりと肩を揺らして、視線をうろうろとさせる。そしておずおずとプリントを差し出してきた。何かに緊張しているのか、何か思い詰めるようなことがあったのか、いつもより固い雰囲気だ。
「……アニエスから、です。本人は用があるからって帰りました」
ありがとうと受け取ったそのプリントは、久坂さんが提出を忘れていた課題。端の方に貼ってあるメモには、「先生、頑張ってくだサイ」と書かれている。何を頑張ってほしいのかはすぐに予想できた。
生徒から恋路を応援されるなんて少々複雑だけど、その分、深町さんを任せていいと信頼されているのかもしれない。だけどやっぱり苦笑いが浮かんでくる。
プリントから視線を動かす。意外なことに深町さんはぼんやりと虚空を眺めていた。大抵、深町さんは何かしらの表情を浮かべていることが多い。特に最近は、嬉しさだったり恥ずかしさだったりがほとんどだった。気のせいでなければ、そうやって向けてくれている感情には「好き」というものが含まれていたと思う。本当に可愛い。
だけど、今の深町さんからはそういうものではなく、悲しみや苦しみといったマイナス方面のものを感じる。
「深町さん、大丈夫?」
はっと顔を上げた深町さんは、「大丈夫です」と無理やり笑顔を作る。今にも泣きそうな表情をするから、抱きしめて「大丈夫だよ」と伝えたくなった。でもそれはぐっと堪えて、さらさらの黒髪を優しく撫でるだけにする。
しばらく無言の時間が続く。そっと離した手を寂しそうに見てくる深町さんへ、不覚にも「可愛い」と言いそうになった。
「あの、わたし、そろそろ……」
「うん、わざわざ届けに来てくれてありがとうね」
今日は特に手伝ってもらう予定にはしていない。国語準備室の扉を開けて去っていく深町さんの背中は、いつもよりずっと小さく見えた。
静かに閉められた扉を見て、ふと考えつく。
深町さんに、さっきの子の告白への返事を聞かれてしまったのかもしれない。深町さんがやってきたあのタイミング、曇ったようなあの表情、距離感を計りかねているようなあのよそよそしさ……。ピースがぱちりとはまっていく。
少々まずいことになってしまったのではないだろうか。このままでは深町さんが離れていってしまう気がする。……だけど、教師という立場の俺が直接的にできることは何もない。ただ、卒業まで深町さんが俺を好きでいてくれることを願うのみだ。




