第25話 恋という厄介な病
最近、本の世界に入り込めない。これまでは表紙を開いたら一発だったのに、ここ数日はどうだろうか。
頭をよぎるのは、あの昼休みに告げられた和泉先生の言葉。「深町さんが、俺じゃなくて玲を頼ったことに。ごめんね、すごく勝手で」これは一体どういう意味なのだろう。嫉妬なんていう、わたしにとって都合の良いものなわけがない。ならば先生はどうしてあんな風に怒っていたのか。
……和泉先生の心が分からない。
「伊都先輩、最近ため息多いね?」
類くんからそう言われて、初めて息を吐いていたことに気づいた。これでは幸せが逃げてしまう。
「……ごめんね?」
「全然。何か悩んでいることがあるのなら聞くよ? もちろん和泉先生関連のことでも大丈夫」
微笑みながらそう付け加えた後輩くんには見事にバレてしまっているらしい。わたしの周りの人、みんな察し力が高すぎやしないか。……わたしが分かりやすいだけ? でも、ありがたく話させてもらおう。ここは図書室、迷惑にならないくらいの音量で声を出す。
「最近、和泉先生の心が本当に分からなくて……」
かくかくしかじかと数日前の出来事を話した。
類くんは「思った以上だった」なんて呟いてから、微笑みを浮かべる。
「それで、伊都先輩は和泉先生の思わせぶりな言動にあたふたしてるってこと?」
「あたふた……というよりかは、勝手に落ち込んでる……」
「どうして?」
「だって、先生がわたしを好きになってくれるわけがないから……」
そう言ったら軽く目を見開かれてしまった。
「……じゃあ、和泉先生のその言動はどう説明するの?」
「わたしを、……揶揄ってるとか?」
とうとうため息まで吐かれてしまった。なぜだ。わたしだってあの和泉先生がそんなことをするとは思えない。確かに揶揄ってくることもあるけど、タチの悪い揶揄い方はしてこないから。じとっとした視線に苦笑を返す。
「伊都先輩……鈍感」
「類くんひどくない? でも、事実だよ。和泉先生がわたしを好きになってくれるわけがない」
「本当にそうなのかな……」
「そうだよ」
だって和泉先生は先生だ。先生と生徒という壁を越えてまで、わたしを好きになんてなるわけがない。わたしが先生を好きになるのとは違うものがあるはずだから。それに、和泉先生には恋人がいるかもしれないから。
……まあ、もしそういう人がいなくて、わたしを好きになってくれたなら、飛び上がるくらいには嬉しいけど。そんなものは夢の世界の話。
「そっか。伊都先輩も和泉先生も知ってる僕としては、一度くらい突撃してみてもいいと思うけどね」
「うん……」
用があるからと早めに類くんが帰った後でも、やっぱり本の世界には入り込めなかった。
そろそろ帰ろうと昇降口へ歩いていると、向こうの方からバインダーやファイルを持った和泉先生が歩いてきた。心拍数が上がったことには気づかないフリをして、いつものように、何事もないように挨拶をする。
「こんにちは」
「うん、こんにちは」
たったそれだけ。すれ違った一瞬、視線をかわして挨拶をしただけなのに、胸がぎゅっと苦しくなる。もっと和泉先生と話したい、もっと和泉先生と笑いたい、……和泉先生にわたしを見てほしい。数歩進んでから、足を止めて振り返る。
「……っ!?」
視線が、絡み合った。驚いたような表情を浮かべる先生と、6メートルの距離で見つめ合う。永遠にも感じられたそれは、きっと1秒にも満たないことだったのだろう。
和泉先生は歩き出そう前を向く。その直前の甘さを浮かべた嬉しそうな笑顔が、写真を撮ったような鮮明な記憶として残る。
先生が去った後も、わたしはしばらくその場から動けなかった。
「……好き、です」
記憶の中の笑顔に向けた言葉は、誰に届くでもなく溶けていく。頬の熱は冷めてくれない。




