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和泉先生と五つの禁断  作者: 色葉充音
禁断の恋
24/31

第24話 甘さと冷たさ

「伊都、お前オレが怖かったんじゃないのかよ……?」

「……それを差し置いてでも相談したいことがあったので」


 あれから早1週間、わたしは再び旧校舎を訪れていた。肝試しはもうこりごりだからまだ日が沈んでないこの時間来た。どうしても和泉先生と長い付き合いをしていそうな玲さんに相談したいことがあったのだ。掃除をしていたらしい玲さんは、手を止めて少し呆れた風に声をかけてくる。


「なんだ? 日色についてか?」


 この幽霊さん、もしかすると人の心を読む能力を持っているのかもしれない。


「何でってそりゃあ、顔に書いてあるからな」


 笑いながら「そこまで分かりやすいのも珍しいぞ?」と続いた言葉は果たして褒め言葉なのだろうか。……それはどうだっていい。わたしの目下の悩みはただ一つ。


「……和泉先生が、甘いんです」

「甘い?」

「これといった何かがあったわけではないです。ただ、こう……なんというか、雰囲気が甘い……?」


 和泉先生が、アニエスや他の人と話す時と、わたしと話す時とでは、何かが違う。前者が人のいい笑みだとしたら、後者は親しい人……たとえば、恋人に向けるような笑顔だ。2人きりになった時には頭を撫でられることだってある。


 その時の表情には、決まって、愛しいものをみるような甘さがある。いや、その時だけじゃなくて、先生がわたしに向けてくる雰囲気は基本的に甘い。それが始まったのは、1週間前、ここに初めて来た後からだ。


 ……まあ、全てわたしの気のせいかもしれないけど。


 玲さんは空中であぐらをかき、腕を組み、うーんと言いながら左下に視線をやって考えている。しばらくして「なるほどなぁ」と口を開いた。


「お前はその『甘さ』ってものをどう思ってるんだ?」


 和泉先生から向けられる視線、表情、行動、言葉を思い返してみる。


 愛しいものを見るような甘さの含まれた優しい視線。

 一段と柔らかくなる嬉しそうな表情。

 時折ぽんと頭に乗せられる大きくて温かな手。

 他の人の名前より、少しだけ多い「深町さん」の登場回数。


 自意識過剰ではなければ、どれもがわたしにだけ向けられている。好きな人からの特別だなんて、そんなの……。


「嬉しい、に決まってます。ただ……都合の良い勘違いをしそうになるから。……和泉先生の『甘さ』に心当たりってありますか?」

「んなるほどなぁ……。残念だが、話せるような心当たりはないな」


 玲さんに心当たりがなかったら、わたしは誰に相談すればいいのか。ぼそりと「これは大変だな」なんて言葉が聞こえた。


「……まぁ、何かあればまた来い。話相手くらいにはなるから」

「ありがとうございます……」

「あ、でも、日色にだけは絶対にバレるなよ?」


 和泉先生にバレたらまずいことでもあるのか。わたしとしては、話した内容がバレるのは避けたいけど……、おそらく、それの延長線上のものだろう。「分かりました」と返事をして、日が沈む前に旧校舎を出た。




 次の日の昼休み、甘さとはまた別のものを浮かべた和泉先生から話しかけられた。その背を追ってやってきたのは国語準備室。閉められた扉の音がやけに大きく聞こえた。椅子に座るよう促されて、その通りにする。笑顔のはずの先生と向き合うように座ると、部屋にいつもと違うぴりぴりとした緊張感が走った。


「深町さん」

「は、はい」


 和泉先生の焦茶色の瞳には、ぐるぐるとした怒りのようなものが見える。何か怒らせるようなことをしてしまっただろうか。


「昨日、旧校舎に行ったらしいね?」

「……え、どうして、それを?」


 そのことはアニエスにすら言ってなかった。知っているのはわたしと玲さんだけのはず。少し冷たい色をその笑顔に浮かべて、先生は「やっぱりか」と呟く。


「俺も昨日、旧校舎に行ったんだよね。玲の様子がおかしかったからもしかして、と思って」


 沈黙が部屋を流れる。聞きたかったことというのは、もしかするとそれだけなのかもしれない。ならばなぜそんな冷たさを浮かべているのだろう。考えてみても、思い当たることはない。玲さんが言っていた「和泉先生にだけはバレるな」というのと繋がりがありそうだけど、どう繋がるのかなんて分からない。


「……どうして、怒っているんですか?」


 直球で聞く以外に思いつかなかった。わずかに目を見開いた先生は、確かに、と続ける。


「そうだね。そうかもしれない。……深町さんが、俺じゃなくて玲を頼ったことに。ごめんね、すごく勝手で」


 どくん、と心臓が跳ねた。まるで、和泉先生が嫉妬しているように聞こえる。……でもきっと、そんなものはわたしの勘違い。和泉()()がわたしを好きになってくれるなんて夢みたいなこと、起こってくれるわけがない。


 小さく呟いた「いえ……」という返事は、自分の想像以上に悲しそうだった。

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