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夜の帳の中で

本日、朝と昼にも更新しています!


 肌を切り裂くような冷たい風が吹いている。

 わかっていた、いずれ厄災が起きることぐらいは。

 額に傷のある男は、窓辺に手を当てたまま呟く。


「そこにいるんだろう? "裏"」


 影が揺らめく。次の瞬間にはそこに人の姿があった。


「分かる程度でいい、魔物軍の総勢は?」


「おおよそ三十万。……増える可能性あり」


 その言葉を聞いた男は、思い切り窓を叩いた。

 信じられない、なぜこのタイミングなんだ。せっかく兄達を引きずり落として、自分が領主となったのに……!

 堪えきれない怒りと共に我を忘れそうになるが、男は裏の存在を思い出し辞めた。


「なぁ裏よ、送り人はどうなった」


「……現在コルンの街にいる。しかし付き人とは合流済み」


 素晴らしい状況というまでもないが、最悪ではない。まだ可能性は残されている。上手く行けば大統領は失脚するはずだ。

 ひくつきながらでも口が弧を描く。


 その笑みに、裏はうんざりした。


「構わない、どうせ中心を目指すだろう? そして知るはずだ、あぁなんて可哀想な現状だ、とね。彼はきっと魔物共を止めるために尽力を尽くすはずさ! ひはっはっはっは! 大丈夫、まだどうにかなる! どうにかなるのだよ。……あぁ、依頼料はそこにある、もう良い下がれ」


 その通りに、裏はお金だけ貰って影に消えた。

 一の情報で十くらいは情報が手に入ったか、なんて思いながら。


 送り人の性別も年齢も知らない奴は、きっと痛い目を見る。死にはしないだろうが、この情報はどこに渡すか。

 裏は嗤う。そして影へと消える。次の依頼のためにも、こんな所にいる暇はなかった。

 早く送り人の所へ向かおう。



………

……





「カ、カカ、カンナ、殺せたか? 殺せたか?」

「カンナちゃん、トドメを、早くトドメを!」


 左右から抱きついてくる、可愛い送り人と可愛い弟(本人には言わない)。

 若干役得だ……まぁ少し、というか結構邪魔だけど。

 なぜ今宿屋でこうなっているか、それは簡単なことだった。


──フジの部屋で虫がでた。


 たったそれだけである。

 その為だけに深夜にフジが若干涙目で部屋に来て、起きた歩乃華が退治しようと部屋に入った。そしたら歩乃華が思っているよりも大きかったらしい。

 だから寝ていた私が起こされた。


「いや、私が一番の被害者じゃない?」


「いいから助けてくれ……っ!」


 まぁ涙目のフジが可愛いから別にいいけど。


「もう、二人とも一回離れて? 倒し、倒しずらいって……」


 ブゥゥゥン……


「「いやぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」」


 もう、たかが顔面サイズの虫じゃん……。



「わ、私だって小さいのだったら大丈夫ですよ! でもあの大きさは規格外ですよ??? 顔ですよ、顔! 顔面サイズの飛ぶ虫! 気持ち悪いですよっ!? うわっ、飛んだぁぁあいやぁぁあ!!」


「僕だってある程度なら大丈夫だ! でもあの大きさ無理っ!」


 もう声大きいなぁ!

 というか歩乃華は焦りすぎて……もはや叫び声だね。


「えぇいっ! 死んじゃえ!」


 アックスで虫を倒す。綺麗に真っ二つになった。

 中からは緑色の液体が溢れる。なぜだがぶくぶくどろどろとしていた。

 カンナだってうわぁ気持ち悪、と思う。


「「きっしょくわるい!!」」


 二人のような過剰反応はしないが。


「息合わせなくていいから……。フジ、もう魔法使える? 本体は捨てとくから」


 カンナは器用に虫をアックスの上に乗っける。もちろん手に触れさせないし、アックスも綺麗に洗うつもりだ。

 カンナも虫は嫌いである。


「わかった、わかったよ。倒してくれてありがとう」

「ありがとうカンナちゃん……」



 どんなに怖がってても感謝は忘れない二人、カンナは可愛くって仕方がなかった。

 少しだけ微笑ましい。カンナはくすっと笑って虫を捨てに行った。

 部屋の影が、僅かに歪んでいたことには気づかないまま。




「クリーニングクリーニングクリーニングクリーニング……」


 フジは虫の死んでいた場所を重点的に、もちろん他の部分もとんでもなく清潔にさせていく。

 虫の触れたところなんて一個も許さない、その勢いで。


 歩乃華も見逃しがないように部屋をよく見る。

 ほら、やっぱり一匹いたら百匹はいるって言うし。警戒を緩めないで、よく見る。


 だからこそ気づいてしまった。


 影が歪んでいることを。


「?」


 歩乃華はゆっくりと影に近づく。

 そして手を伸ばす。触れた瞬間……


──逃がさなかった。


「きゃぁっ!」


「どうした? え、人っ?」


 歩乃華が捕まえて引っこ抜いたのは、黒いフードを被った少年だった。

 いてて、と少年はお臀をさすって歩乃華鋭い目で睨みつけた。


「……ざっけんな、なんで的確に"核"に触れるんだよクソが」


 悪態をつく少年、フードを深く被っているから見た目は分からない。声が若いことから、少年ではあるだろうけど。


「すみません……あの、あなたは誰ですか?」


 歩乃華の言葉に少年は嘲笑った。

 くるりと空中で回ってから立ち上がる少年。……今の行動必要あったのかな。触れないのが優しさか。


「名前、性別、声、見た目、口調、家柄。人によっては無価値な情報も、人によっては喉から手が出るほど欲しいもの。そんな情報を簡単に言うと思うか?」


 少年の声、大人の男性の声、少女の声、お姉さんの声、おじいさんの声、……そして私の声。

 様々な声を少年は出して見せた。少年、というのも正しくないかもしれない。

 なるほど、この人は自分の意思で仮面を自由自在に付け替える人なのか。

 歩乃華は軽く同族嫌悪を抱いた。


「そうですか、でしたら私も内緒にしますね。そして、あなたの呼び名がないのは不自由なので、なんとお呼びしたら?」


「……はっ、おもろ。私のことは裏と読んでね、僕はこの世界の裏だからだ」


 カンナの声にフジの声。確実におちょくってるな、この裏と名乗ったやつは。


「裏? お前が裏なのか?」


 フジぎ驚いたように声を上げる。

 フジは知っているのだろうか、この裏のことを。


「でも裏はそこに居て居ない存在だって聞いていたんだが?」


「そーだ、我はいていない存在、なのにこの女が儂を引っ張るからさぁ! 迷惑だわぁまじ」


 どうしてそこはかとなくクソガキ臭がするのか……。歩乃華は裏がおかしくって笑ってしまう。何者かは知らないが、推定情報屋って所かな。

 裏って名乗ってるから裏社会、情報を大切にしているから情報屋っていう簡単なこじつけだけどね。


「裏、全大陸に根を貼っている巨大な情報組織。全員が同じ見た目背丈で、一人なのか複数人なのかもわかっていない謎の組織なんだ。裏社会で知らない奴はいないよ」


 ……こういうので推理がほぼあっていることって初めてかも。

 そうか、でも今は必要ない組織かな。裏社会の情報屋は然るべきときで使うべきだ、下手に今情報を買うのは得じゃない。


「おー、さすがは付き人だな、正解やんねぇ! とそんなことよりも」



「ぐぁっ」


 ……何も見えなかった。


 体勢を低くした裏がただ一歩足を踏み出しただけ、そう思ったら遅かったのだ。

 裏は今フジの顔を掴んでいる。

 爪が頬にくい込んで、血が染み、分かりやすく顔が凹んでいた。


 必死に抵抗するフジは、足が地面についておらず、ジタバダしている。


 なんで急に……!?


「今日のことは全部忘れろ、そしたら命だけは助けてやる」


 上から目線。でもそれができるほどの実力を裏は持っている。

 頷きたくない、けどフジのことは助けたい。

 フジのことを助ける方向に天秤が動きながら、歩乃華は最も良い方法を考えるため頭を回した。


「……と言いたかったけどよ」


 裏はフジのことを上から落とし、水色の液体をぶっかけた。

 するとフジの傷はふさがり、粘性の液体は無くなった。どういう原理?


「うちもまだまだやったって事よね。一瞬でバレちゃうとは」


 ただ影が歪んでいた、だから気づいただけなのに。それがこんなに大事になるなら、気付かないふりをすれば良かった。


「お前らが俺のことを誰にも言わなかったら許してやるよ。それに俺の落ち度もある」


 被ったフードから見えるギザ歯は、やはり少年感があった。


「本当にお前らが困った時、もしくは情報が欲しい時、影に呼びかけろ。そうしたら、一回くらいは対価なくても助けてやる」


 そう言い残して、裏は影へと消えていく。

 裏を引き止めることもせず、ただ眺める。誰も動くことすら出来なかったのだ。信用もクソもない、だが一回でも味方になってくれることは、いつか使いどころがあるかもしれないな。


「なぁ歩乃華、これはカンナにも言わない方が良いだろうな」


「……うん、そうだと思います。このことは内密に」


 カンナが戻ってくるまで、フジとは不思議と何も話さなかった。

 虫騒動も嫌だったけど、それよりも裏の存在が怖い。なんで、裏社会の有名な人がここにいたんだろう。


 情報屋、怖いな。

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