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正しいと信じて

「え?」


 漏れ出た声が、憎い。

 歩乃華は震えた手で、ボタンに触れる。


 暖かかったし、彼は笑っていた。

 でも、血が溢れ出ている。


「君の、消せない傷になれるかな」


 こんな時でも、この人は特別に固執する。



「……ダメです。死なせ、ませんから」



 歩乃華は世界に祈る。

 この人を助けたい、生かしたいと。


 それに応えるようにに世界は色づく。

 場違いなくらいに、優しい風が吹いた。


「これが、もう一個の祝福か」


 観察する教皇も範囲に含みながら、世界に花を咲かせてく。

 ボタンの傷はゆっくりと塞がっていき、汚れた体も綺麗になる。


 大きく空いた、胸の傷以外は。



 歩乃華の身体からゴッソリと魔力が抜け落ちる。

 しかしそんなのはどうでもよかった。


 歩乃華の今持っている感情は一つだけ。



「あなたを、絶対に許さない」



 歩乃華の睨みを、教皇はただ笑うだけだった。


「……歩乃華、ただ今戻りました」


「なんなりと、ご命令を」


 カンナとフジが、歩乃華を守るように前に出る。

 もう1人、白髪の美少女は邪魔にならないように、離れた位置に隠れた。


 邪魔をしないなら、なんでもいいよ。


「倒しましょう、絶対に」


 カンナちゃんを閉じ込めて、フジくんを傷つけて、ボタンさんを殺しかけた。


 正解も間違いも、どうでもいい。



「覚悟してよね教皇!! 全員分の恨みを込めてやる!!」



 一番にカンナが駆け出して、アックスを振り回す。

 教皇は嘲笑うように避ける。

 しかしその避けた位置に着弾するように、魔法が降り注いだ。


 祝福を止めた歩乃華は、ボタンの治らなかった傷に回復魔法をかける。

 1番大きくて、治したかったのになんで?


「教皇の魔法は光か聖属性なんだ。そしてこの傷には聖属性の痕跡が残ってる。だから無理なの」


 意味がわからない。

 眉を顰める歩乃華を見て、ボタンは優しく教える。


「聖属性だけは、回復魔法でも祝福でも傷と認識してくれないんだよ」


「じゃあ、……どうしようも、できないんですか」


 回復魔法をかけていても、治せていないことくらいわかる。

 溢れ出る血を、私は止めることが出来ないの?


「大丈夫だよ、歩乃華様。僕に任せて」


 そう言ってボタンは、小さく呟く。

 そして、体に大きく空いた穴を燃やした。


 歩乃華は言葉を失う。青く燃える炎が、傷だけを燃やしていた。


「止血くらい、できるからね」


 なんて事ないようにボタンは立ち上がる。

 血は垂れてなくたって、燃え続けている炎がやるせなさを後押し。

 身体に穴が空いているのに、なんでこの人は動けるの?


 ……ううん。私が何を言ったって、多分この人は止まらない。


 歩乃華は無力なことに心を傷つけられる。



「煩わしいな。でも巻き込みたくはないから」



 視界の端で起きていた戦闘中、教皇が呟く。


 その瞬間、歩乃華の視界が揺れた。

 そして気持ち悪い浮遊感が身を襲う。


「こうやって1個に纏めておけば、楽というもの」


 教皇によって転移させられたんだ。

 

 舌打ちと共に、歩乃華は見えない壁に触れる。


 結界によって閉じ込められたみたい。


 しかも教皇の背中側だから、フジくんたちと大きく話されちゃった。


「ど、どうなっていますの?」


 驚いたように、純白の美少女は壁を叩く。

 隠れていたのに急に呼ばれて閉じ込められたんだ、こうなるよね。


「閉じ込められたみたいですね。大丈夫ですよ、ただ落ち着いた方がいいです。ここ、密閉空間みたいなので」


 早くこれを解除しないと、酸素が無くなる。

 歩乃華は無駄な動きをやめて、酸素消費量を抑えた。

 隣の美少女もコクコクと頷いて、黙る。


 フジ君たちなら、すぐに助けてくれるはずだ。


「シィノも歩乃華も、美しい。……早く、偶像化させたい」


 恍惚とした笑みを浮かべる教皇に、恐怖を感じる。

 そして、この人がシィノさん。


 横にいる少女は、同じくらいの歳?

 細くて白くて、天使と言われても信じてしまうくらい可愛い。

 宝石のような赤い瞳は、夕焼け空を彷彿とさせる。


 強がっているのに、肩は震えていた。


 ここは、私がこの結界をどうにかしないと。

 彼女を助けなきゃ行けない。

 それが、使命だ。


 呼吸が、浅くなる。


 もう一度結界に触れて、叩く。

 硬そうな音。……だったら、一点集中して壊すしかないか。


 酸素の薄い結界の中で、思考が鈍る。


 ぼやける視界のまま、魔力だけを込めて結界を殴る。

 ただ殴る。拳が血で汚れても構わなかった。

 というか、痛みを感じなかった。骨の軋む音もどこか他人事のよう。

 一刻も早く、シィノを助けてあげたい、その一心で。


 初めて会った彼女に何故ここまで執着心が湧くのか、それは謎だった。


「い、痛いですわ、絶対。お辞めくださいませ。……確かにヒビは入りましたが……」


 貴方のためだから、仕方がないの。


 シィノを無視して殴り続けると、結界に穴が空いた。

 新鮮な空気が肺に満ちる。

 そして勢いを忘れないうちに、結界割って外に出た。


 思考はまだ戻らない。


 ただ大きな結界の欠片を持ったまま、歩乃華は教皇の後ろに立って……。


「……おや」


 突き刺した。

 これが正しい。何故か不思議と、確信していたのだ。


 結界の欠片は貫通し、教皇から血が溢れ出る。


 そしてそのまま、笑っている教皇は前に倒れた。


「美しいな」


 最後まで酷く愛おしそうに、呟いていた。


 私の手は、赤く染っている。


「……殺し、た?」


 静寂が訪れる。何も理解できなかった。

 私の思考は、霞みがかっている。



「……違うよ、私が殺したの」



 グサッ


 歩乃華の作った傷跡に重ねるように、アックスを突き刺すカンナ。

 酷く優しい声。そして壊れた笑みを見て、歩乃華は泣き崩れる。


 その視線の端で、教皇が霧のように消えたことには気づけなかった。

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