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道は開けて

「あの! あとどのくらいで着きますか?」


「もう少しかな。これでも全力疾走してるんだから許してよ」


 ボタンにお姫様抱っこをされながら、林の中を駆け抜ける。


 目まぐるしく動く景色に置いていかれつつ、歩乃華はボタンの顔を覗き見た。

 光なんて灯っていない、その瞳。


 可哀想なことをした。その自覚はある。


 でも、この人にはこれが一番よかった。


「ふう、やっとだ。ごめんね、下ろすよ」


 壊れ物を扱うみたいに下ろされて、魔法をかけられる。

 その瞬間、自分が世界とズレたような感覚を得た。


「行こうか。歩乃華様は僕が守るからね」


 肩を抱かれたまま、前に足を踏み出す。

 すると、目の前に白の塔が現れた。



「……もしかして、戦闘から始まるとか有り得ますか?」


 歩乃華は問いかける。


「安心せい。一切合切、傷なんぞつけないからな」


 白い髭を撫でるおじいさん。

 その豪華な服装から思うに、教会のお偉いさんだろう。


「教皇からお出ましだなんて、随分な歓迎だね」


 この国の頂点が、今目の前にいる人なんだ。


 歩乃華は緊張で息を飲む。

 フジくんは今どこにいるんだろう? 塔の中にいてくれたらいいけど……。

 でも、教皇がわかっていたかのようにここにいるってことは……そういうことだよね。


 歩乃華は邪魔にならないように1歩下がる。


 自分にできることは、精々回復魔法を使うことくらい。

 ……攻撃魔法も、上手く使えたら良かったのに。


「儂が欲しいのはシィノと歩乃華だけ。まき餌は全部捨てるからの」


 ゴミを見るような目で、教皇はボタンを眺める。

 あくまでも、無価値であるように。


「へぇ、やっぱり君が偶像制度の主犯格なんだ。世界から批判されても、まだ諦めてなかったんだね」


 ここでまたその言葉を聞くなんて、思ってもいなかった。

 キィナさんとも、繋がりがありそうだね。


『その美しい御髪で偶像にされなかったのは、幸運でしょう』


 キィナの言葉を思い出す。

 そっか、教皇は私を偶像にしたいんだ。


 じゃあもしかして、フジくんとカンナちゃんは巻き込まれただけ?


 ……そんなの、許せない。


「……歩乃華様? 任せたよ、フジ達のこと」


 ボタンはそれだけ言って、空中に"剣"を顕現させる。

 そして林の魔法を呟き、剣に青色のオーラを纏わせた、


「魔法剣士か。珍しい。お主は器用貧乏なのだろうな」


「失礼だね、本当。その余裕の表情、崩してあげる」


 ボタンと教皇の戦いが始まる。

 目と鼻の先で起きている戦いから、逃れるように歩乃華は白の塔の中へ足を進めた。


 外観だけじゃない、塔の中も真っ白だ。

 そして、何も無い。


 必ず何か仕掛けがあるのだろう。


 歩乃華は壁に手を当てた状態で、歩く。しかし、入ってきた扉以外に何も無かった。

 じゃあ床や天井に隠されている?


 歩乃華はしゃがみこんで、床に触れてみる。すると手にキラキラとした粉がついた。


 ……これは何?


 文字が書かれていそうだけど、流石に読むことは出来ない。

 フジくんなら解読してそう。でも私は別の方法を探すしかないや。


 折角の手掛かりなのに、何も活かせない。


 歩乃華は床を重視しながら歩く。少しの手掛かりも見逃さないように。


 でも心の中に不安が浮かぶ。

 もしかして、魔法が使えないと入れないんじゃないか。


 頭を振って、思考を無理やり消す。


 今はただ助けることだけを考えないと。



「……この跡は、何?」



 すごく小さくて、でも目立つ物。赤い液体が床で輝いていた。

 歩乃華は触れて、匂いを嗅いでみる。

 ──鉄の匂い。


 戦闘中に怪我をしてついたの? でもだとしたら、もっとついていないとおかしい。

 まるで、拭き忘れたみたいな小さな証拠。


 歩乃華は思考を回す。

 ここは異世界であり、どんな無茶な出来事も叶えられる。突拍子もないことでいい。



「血で、転移するとか?」



 誰の血でもいいなんて有り得ない。

 つまり……私には、入ることができない?



バァァァァァァン



「ガハッ」


 歩乃華の横を、何かが通った。

 そして勢いよく壁にぶつかる。血を吐き出したのは、ボタンだ。


「ボタンさんっ!」


 歩乃華は慌てて駆け寄り、回復魔法をかける。

 酷い傷だ。耳が焼け落ちていたり、左腕が変な方向に折れている。


「ごめんね。僕じゃ、教皇に勝てないや」


「喋らないでくださいっ!!」


 視界を歪ませながら、歩乃華はとにかく回復させる。

 ……絶対に、救う。


 でも、なんの解決策も思いついていない。

 せっかく稼いでもらった時間で、私は何も出来なかった。


「ゴボッ」


 傷を直していても、ボタンはすぐに口から血を吐く。

 私の力だけじゃ、足りない。

 だけど、とにかく癒した。



 もういっその事、この塔を破壊できたらいいのに。


 ……破壊?


「ボタンさん! あの、……」


「内緒話に、儂も混ぜて欲しいな」


 教皇の言葉を無視して、耳元でボタンに伝える。

 ボタンは一瞬目を見開くが、頷いた。


 歩乃華は立ち上がり、教皇に対峙する。

 教皇は笑みを浮かべたまま、優雅に近寄ってきた。


「貴方は、何故こんなことを?」


「うむ、不審者にお灸を据えてる。何もおかしくない話しよな」


 それを言われると何も言えない。

 正直悪いのは私たちのほうではある。でも、だとしてもやりすぎだ。


「……カンナちゃんとフジくんは、どこに行ったんですか」


「さぁ、儂には分からない」


 ……嘘つき。


「この世界は、美しいものだけでいい。君とシィノ以外は見る価値もない」


 歪んだ笑顔で、教皇は歩乃華の髪を見つめた。

 それほどまでに、黒髪に価値があるのだろうか。……気持ち悪い。


 嫌悪感を隠さない歩乃華を、教皇は笑うだけ。


「良かったの、準備かできたようだ」


 全部お見通し、か。

 舐め腐ってるね、それが貴方の敗因だよ。


「ボタンさん!」


「分かってるよ!」


 目で捉えることができないくらい、小さく圧縮された立方体。

 それをボタンは天井に投げた。


 危険なのはわかってる。


 でも、天井をぶち破ること以外、なにも方法を思いつかなかったんだ!


 パチン


 指を鳴らして、ボタンは結界を消す。


「魔法なんぞ無駄……違う、あれは魔法じゃない!」


 刹那、音が消える。


 もう焦ったって遅い。

 魔法で無理やり超高圧状態を作り出し、それを解放する。

 威力は、既によく知っているよ。


 歩乃華の笑みと共に、鼓膜を破るような爆発音が聞こえる。

 大地を揺らして、天井を破壊する。

 それは1枚で留まるわけがなかった。


 天井の破片は落ちるが、いつの間にか来ていたボタンによる防御魔法で守られる。


 フジくんとカンナちゃんなら、きっと天……避けられる、よね。



「魔法耐性の高い建物でも、壊せるなんてね。……常識が変わるなぁ、これ」



 ネオ達と一緒にやったこれは、無駄じゃなかったんだね。まさか、こんな形で救われるなんて。



 揺れが収まり、天井を見上げると、大きな穴が空いていた。


 わずかな静寂。

 歩乃華は胸を撫で下ろし、安堵で息を漏らす。


 ……これで、道は開いた。


 そして、小さく、遠くから声が聞こえる。



「歩乃華っ!!」



 よかった。カンナちゃん、無事だったんだね。



「……想定外、よの」


 教皇は笑った。


 瞬間、ボタンが歩乃華の体を突き飛ばす。


 歩乃華は視界が揺れて、地面に倒れる。

 急すぎて、何が起きたか分からない。


 ただ、目の先で──

──光線で撃ち抜かれるボタン。


 生温い赤が、視界を覆う。


 世界が、止まった気がした。

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