ボタンを特別にして
「残念だよ、本当に。僕なら君の、力になれたんだけどね」
苛立っているボタンは歩乃華から距離を取り、空に浮かんでいた月を眺めた。
月明かりに顔が照らされることで、もう何も隠し事できないことには、気づいていないようだ。
「ボタンさんは、何故そこまで付き人に固執するんですか?」
「フルシベルだから。……なんて、分からないでしょ」
フルシベル家の闇に触れようとしている。そのことくらい、容易に理解できた。
でも、ここで退くわけにはいかない。
フジくん達と合流したあと、ボタンさんの力なしで逃げ切ることは難しいだろう。
だから私は、ボタンさんの……鎖を解く。
「フルシベル家は何千年も前から、送り人に仕えてきた一族なんだよ。仕えることだけが幸福で、名誉で、生きる理由」
黙って話を聞く。
言葉の中に、何かヒントがあることを願って。
「僕もそのために生きて、知識を、強さを手に入れた。同年代の子よりも差をつけてさ、付き人筆頭だったんだ」
『もう1人前の儀を終わらせたのか!? 信じられん、まだ4歳ではないか……』
その時既に、大人達にも引けを取らないくらい強かった。
ボタンの若さから見て、付き人になることはほぼ確定事項。己を選ばれし者だと、確証していた。
「フジとカンナがいなかったら、だけどね」
新しく生まれた子供は、どちらも祝福を所持していた。
神に選ばれし子。歴代の付き人も、祝福所有者が9割を超えていたのだ。
だからこの時点で、ボタンは付き人になることはほぼ不可能になった。
「大人の興味関心は、全部フジとカンナに移ったね。……2人が、罪を持っていると確信するまでは」
『あの子達では付き人に相応しくない。ボタン、やはり君がなるだろうね』
都合のいい言葉だってわかっていた。だけれど、傷つけられた自尊心を守るには、それに縋るしか無かった。
「なのに……付き人に選ばれたのは、僕じゃなかった」
『付き人が2人とは異例ですね。ですが祝福されていますし……当然と言うべきか』
……僕は?
『ボタン、では貴方も里でなんの仕事をするか決めないとですね』
「僕を有象無象と一緒にしないで。僕は選ばれたんだよ。ずっと頑張ってきた。祝福がないだけで、他の凡人と並べないでよ」
「……返してよ、僕を」
苦しみ藻掻いた先で、溢れた言葉はまるで子供のわがまま。
自分でもわかっているだろうに、認められない。それは全部、言葉の鎖に縛り付けられているから。
期待に応えるために努力して、結果を出す。するとまた期待されるから、それに応えるために無理をする。
そうして繰り返した先では、他人からの評価でしか自分が分からなくなる。
自分を隠して、偽る。するといつの間にか、自分の存在が消えてしまう。
付き人というレッテルを得ることで、自己を確固たるものにしたい。
そんな貴方に私ができるのは、一つだけ。
私が、壊してあげる。
……それで、助けるよ。
「ねぇボタンさん。……私が、あなたを受け入れましょうか」
ハンカチを差し出す。そして軽い力でボタンを押した。
自分が泣いていたことにも気づけないのに、大人のフリをするなんて。
歩乃華はボタンに優しい毒を刺す。
「私は、フジくんとカンナちゃんを助けたいんです。でも、力が足りない。だから、あなたに……"共犯者"になって欲しくて」
「……君は、僕を嫌いなんでしょう?」
押されたボタンは尻もちを着く。怯えて潤む瞳が、可哀想なくらい歪んでいた。
「知ってますか? 好きの反対は嫌いじゃなくて、無関心なんです。……ある意味、嫌いって特別なんですよね」
嫌い。それは、私の嫌いな特別扱い。
死んだ方がマシくらい、許せない状態。だけど、この人には救いになる。
「好きなんかよりも、醜くて強い感情。貴方という存在を、証明するにはピッタリですよ」
ボタンは言葉を詰まらせる。
出任せのような歩乃華の言葉に、心を抉られた。
「フジもカンナも、嫌いだよ。憎んでいるし、死んでしまえって思うくらい」
「憎んではいても、貴方は2人を嫌いじゃない。嫌いに、なれなかった」
もし本当に嫌いだったら、もっと前の段階で貴方は手を打っていたはずだ。
苦しかっただろう。憎くて、許せないのに、嫌いになれないなんて。
「だからこんな回りくどいやり方で、付き人を目指したんでしょう?」
図星を刺されたように、ボタンは目を逸らした。
歩乃華は顔に手を当てて、無理やりにでも自分の方向を向かせる。
「他人の評価じゃない。私の評価をあてにすればいい。……私は、あなたを見捨てませんよ」
だからお願い、手を貸して。
フジくんとカンナちゃんを、助けたいの。
「1番には、してくれないのにね」
「……でも、これがバレたらみんなから最下位をつけられちゃいますね」
「酷い人だね。もう僕には、君の手を取る以外の選択肢がないじゃないか」
ボタンは歩乃華の前で膝をつく。
瞳に光が戻ることは無くなっても、もう壊れることはない。
なぜならもう、どこか壊れていたから。
ボタンは躊躇うように手を取って、視線を迷わせた。
でも、もう道はこれしかない。
ボタンは上目遣いで歩乃華の反応を見て、微笑んだ。
「嫌いでいい。だから、僕をずっと……特別にしていてね」
忠誠の証をこめて、ボタンは歩乃華の手に口付けを落とす。
フジやカンナには言えない、2人だけの秘密。
ボタンは歩乃華に依存した。
……これで、いいんだ。
「じゃあ白の塔へ行こうか。……歩乃華、様」
「えぇ、連れてってください。2人を助けましょうか」
面白かったり、続きが気になった方は評価やブックマークの方をよろしくお願いします!




