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仮面の奥を見せられて

「私はもう祝賀会に戻るが、2人はどうするんだい?」


 アルリアから問われる。

 怪しまれないためには戻るべきだけど、フジくんが心配だ。

 このままここにいて連絡を待ちたいかな。


「疲れてしまったので、少しだけ休んでから戻ろうかと」


「失礼ながら僕は歩乃華様と共に動きますので」


「あぁ、ゆっくり休んでくれ。ボタン殿、何かあったらメイドに声をかけてくれ」


 気遣うようなその仕草。

 私のように計算尽くしている、訳ではなさそう。


 タリアとは違う在り方のアルリアを、ぼんやり眺めた。


 でも、信頼はできない。


 違和感の正体は、言葉に出来ないけどね。


 背中を向けて歩き去るアルリアに、小さくため息をこぼす。

 悪い人ではないけど、なんというか……やりづらかったかな。


 祝福を使ってる最中も、話しかけられすぎてちょっと……つかれた。



「歩乃華ちゃん、お疲れ様」


 ハンカチで手を拭きながら、ボタンが笑いかけてくる。

 それなのに、どこか不気味だった。


「ありがとうございます。その、フジくんから連絡はありましたか?」


 ボタンは首を横に振る。

 少しだけ不安になって、休むように歩乃華は壁にもたれかかった。


 フジくんは、カンナちゃんのためなら命を顧みないところがあるから……。


「……別にいいんじゃない。連絡なんてなくても」


 え?


 歩乃華はボタンの顔を見上げる。

 顔には影が落ちていて、口角は上がっていた。なのに、どこか苦しそうな雰囲気を感じる。


「君はお役目を果たせた。だから、もうここに留まる理由はないでしょう?」


「何言っているんですか? カンナちゃんも捕まっていて、フジくんもいないのに」


 抗議の声をあげると、なんとも可笑しそうにボタンは笑った。

 その対応が信じられない。

 歩乃華はさらに声を出そうとして、気づいた。


 ボタンの目は、私を見ていない。


 私自身じゃなくて、別の何か。

 そう、"送り人"という称号だけを見ているのではないか。


「アルカリアを敵に回したら、お役目どころじゃない。君は……一生家に帰れなくなるかもね」


 でもボタン本人は、その事に気づいていない。

 あぁ。やっぱりこの人は似ている。

 ずっと、"跡取り"としてしか見られていなかった私と。


 この人も称号しか見て貰えなくて、自分もそうなってしまったのだろう。


 同情を込めて、ボタンのことを見つめた。


「……今が、フジとカンナを切り捨てることができる最後だよ。今ならまだ、独断ってことにできる」


 何も言わない歩乃華を無視して、ボタンは畳み掛けるように言い放った。



「僕を、付き人にして? そうしてくれたら、君を絶対に帰らせてあげる」



 毒蛇に首元を噛まれる。そんな比喩を思いつくくらいには、私は興味を持っていない。

 来たばかりの私だったら、利害関係でわかりやすいこの人と手を組んだだろう。


 でも今は違う。



「お断りします。付き人は、フジくんとカンナちゃんがいいので」



 フジくんとカンナちゃんは、真っ直ぐだ。

 それに不器用で、優しくて……かっこいい。


 2人は、私を絶対に嫌わない。

 心からそう信じれるの。


 歩乃華はとびきりの笑顔で、ボタンの心を折った。



「……ふーん。ねぇ、もしフジ達が君に隠し事をしてるって知っても──言えるの?」



「なっ、……んですか」


 逃げられないよう、壁に押さえつけられる。

 そしてボタンはそのまま顎を持ち上げた。


 怪しげな灰色の目が、今はずっと近い。


 逃げられない。それを自覚した途端、歩乃華は手足が震えた。

 あくまでも顔は取り繕いつつ、どうにかして逃げる方法を模索する。


 ……しかし、ボタンの言葉が気になっているのもまた、事実だった。



「歩乃華ちゃんは、なんの"代償"もなしに送歌ノ祝福を使えるって、本気で思ってた?」



 歩乃華はその言葉に喉が詰まる。

 思考には過ぎった。だけど、考えないようにしていたこと。


 何も言わない歩乃華に気分を良くしたのか、ボタンは嘲笑う。



「使うたびに──寿命が削れる」


 なんで2人は、教えてくれなかったんだろうね。



 抽象的なのに、スっと頭に入ってきてしまう。

 正直、そのくらいじゃないと釣り合いが取れないから。


「先代の送り人も教えられていなくてね、封印が終わったあと……死んじゃったらしいよ」


 先代の送り人って……あの、タリスにあった本を書いてくれたあの人?


「可哀想な話だよね。付き人じゃなくてさ、もう取り返しがつかないところで、他の人に教えられたんだから」


 ボタンの言葉を聞きたくなくて、歩乃華は無意識的に耳を塞ごうとする。

 でも、邪魔された。


「確か、大喧嘩したらしいよ。そうしたら、次の日にはもう、付き人が殺されてた」


──周りから見てみれば、付き人は消耗品でしかないらしい。クソったれ。


 強く印象に残ったあの言葉。

 そういう、ことだったんだね。


 心の中で冥福を願う。

 でも、付き人が殺されるってどういうこと?


「この話を聞いた時、思ったんだよ。まだ取り返しのつく段階で、絶対に教えなきゃって」


 歩乃華は口を開かなかった。

 そんなの、どうでもいいよ。それくらいじゃ、響くわけない。


「2人にも言ったんだ。教えようねって。なのにさ……


──言わなかったんだね、君に」



 どうしてだろうね、そう言いたそうな顔に、歩乃華は反吐が出る。

 もう、取り繕う必要はない。


「ただの同族嫌悪ですが……私、貴方のこと嫌いです」


 そこで初めて、ボタンの仮面が剥がれる。


「……君がそこまで愚かだなんて、知らなかったな」


 笑っていないのに、笑顔のまま。

 不気味に思えるこれが、ボタンさんなんだね。

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