潰された希望で
「知られているのは僥倖。それで君はどうしたのかな?」
白い髭を撫でながら、教皇は鋭い眼光でフジを睨みつける。
フジは少し気後れしつつも、……下を向いている暇なんてなかった。
「──スリーピス!」
「……プロテクション」
ダメか。
さすがに戦闘なしでは無理だと思っていたけど、まさか教皇が相手とは。
アルカリアのトップの存在で、聖の魔法に精通している方。
そして今代の教皇は、賢皇とも呼ばれていた。
苦しい戦いになるな。
でも、やめられるわけなかった。
「──フジ・フルシベル。1つ問おうではないか。君は、小暮歩乃華の命できたのかな?」
歩乃華に迷惑をかける訳にはいかない。
それにこれはただの、僕のわがままだ。
……ただでさえ、僕は歩乃華に色々と隠しているのに。
「まさか。僕は僕の意思でここに来たまでだ」
「……ふむ。まぁ、餌は多い方が良いか」
フジは猛烈に嫌な予感がして、反射的にその場を飛び引いた。
フジがさっきまでいた場所に、怪しく浮かび上がる紋章。
流れたのは冷や汗か、血なのか。
「……教皇なのに、いいのか」
「君はただの不法侵入者。儂はそれを罰する守護者のようなものかな」
乱暴に頬の血を飛ばす。
そして、──覚悟を決めた。
「──燎原乃火!!」
「……プロテクション」
勝ち目のない戦いの、幕は上がった。
「──風雷氷雨」
風が吹き荒れ雷が鳴り響く。氷の雨が降り注ぎ、その絵面はまるで地獄。
しかし、教皇の「プロテクション」の前では全部が無駄だった。
せいぜいヒビを入れられたくらいだ。
「ふむ、魔法の複合と再構築か。さすが魔法の天才」
貴方に言われたところで、嫌味にしか聞こえないな。
「……はぁはぁ。なんで……っ」
「君の魔法は確かに素晴らしい。ぜひ、仲間になって欲しいよ」
息切れの激しいフジと比べて、教皇は一切疲れていない。
それどころか、好機とでも言うように初期魔法で攻撃してくる具合だ。
「ライトビーム」
フジは寸前のところで避ける。
しかし、耳にかすり焼けただれてしまった。
「──キュア!!」
とんでもない威力の光線から、避けながら回復魔法を放つ。
威力も速さも段違い。
そして、あいつは詠唱すら省略している。
教皇の視線の動きから、予測して避けることしか出来ない。
だからこそ、数が増えたら……終わる。
教皇が僕の事を舐めているうちに、やるしかない。
「教皇、お前の目的は……歩乃華なのか?」
「さすがにわかるか。うむ、儂は小暮歩乃華が欲しい」
対話で時間を稼ぎつつ、息を整える。
「それは歩乃華が、送り人だからか?」
「それだけなわけない。小暮歩乃華は黒髪で、若い少女だからな」
は?
「なんの穢れも知らない、清く美しいままで、偶像にしてあげたら……それは幸せだろう?」
「黙れよ、クソ。教皇お前は、私利私欲のために、偶像を作っていたのか?」
「口が悪いやつめ、いかにも」
偶像制度。
清き少年少女を捕まえて、意志と成長機能を取り除く。
"お人形"のように飾って、偶像にすること。
「それの主犯格は、教皇なのか?」
人々の希望になる、偶像と信じられていたのは何十年前だったか。
まさか全部、自分の欲だったとはな。
「辞めるつもりはなかったのに、アルリアが言うことを聞いてくれなかったのや」
主犯格を否定せず、なんなら辞めることを拒否していた。
もう言葉にする必要すらない。
「もういい。お前と話すのは、無駄みたいだ」
カンナを、利用するな。
歩乃華を、奪われてたまるものか。
──この世から、死んでくれ。
「──水氷冷華!!!」
「無駄やの。──プロテクション」
無駄なことくらいわかってる。
僕の狙いはたった一つ、これだけだ。
「虫さん! 頼んだ」
僕には、これしかない。
勢いよく虫が飛んで、外に出る。
教皇は驚いたようにそっちを見るが、無視した。
それがお前の、ミスになるよ……絶対に。
「しばらくさようならだ、クソ野郎」
フジは、手を強く噛んだ。不思議と迷いもなければ、痛みも感じない。
そして魔法陣に血を垂らす。
その勢いのまま、全力で魔力を込めた。
魔法陣は、目が痛いくらい、強く光輝く。
「愚かよのう」
フジの行動に気づいた教皇は、ため息を着く。まるで、無駄だとわかっているかのように。
「それはどうかな?」
呪いのような、フルシベル家の血の濃さを……舐めないでくれ。
一際強く光ったかと思えば、魔法陣の元からフジが消える。
「ほう……まぁよい」
教皇は髭を撫でながら、杖を振る。
すると扉が具現化し、地下への階段が繋がっていた。
薄暗い地下室の中では、美しく微笑む"偶像"で溢れる。
ショーケースの中で、規律の取れた偶像。全て同じ角度で笑っていた。
「楽しみよのう、シィノ、歩乃華?」
…
……
………
「よし! これで封印結界は作れただろう」
「良かったです!」
歩乃華は、無事にお役目が終わったことに胸を撫で下ろす。
フジくんは、どうなったかな?
上手くいっていると、いいけれど。
でもどうしてかな、胸騒ぎがする。
「ボタン殿も待っているし、早く行こうか」
紳士のようにリードしてくれるアルリア。
でも今は少しでも早く戻りたい。
だから不自然では無い程度に、足を早める。
そして長い道のりを歩いて、大きな扉を開けた。
「……おかえりなさい、歩乃華様、アルリア様」
そこには笑いながら、虫を潰しているボタンがいた。
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