白の塔で
フジは白の塔を目指して、林の中を走る。
道などなくて、目的地も見えていない。
「教えて、カンナはどこにいるんだ」
文言ノ祝福を最大限使って、虫や動物に問いかける。
四方八方から声が響いた。
脳みそを物理的に燃やされているような痛みが襲う。足がもつれて、胃の奥から何かがせり上がってくるような気がした。
呼吸も浅くて、まともにできていない。
だけどどうでもよかった。
カンナを助けたい。
二人で、歩乃華の元へ帰りたい。
それだけが、僕の願いだ。
「……繰り返してる?」
フジは走るのを辞める。
白の塔を目指して走っていたのに、いつまで経ってもつかないなんておかしい。
それに、景色に見覚えがあった。この倒木は、さっきも見たような気がする。
認識障害の魔法か。
フジは鍛えぬいた魔法への感で、冷静に分析する。
焦りを無理やり押し殺して、思考を研ぎ澄ます。
もしものために魔力は使いたくなかった。でも、仕方がない。
「──ファントム」
自分の肉体から実体を無くす。
姿が消えた訳でもない。物には触れられないし、ほかの魔法も使えなかった。
自分の存在が、世界からズレたような感覚。
だけど、これで入れる。
フジは認識障害の魔法の奥へ、足を踏み入れた。
すると一気に景色が変わる。
林の中から、急に白い塔が生えてきたみたいだ。
さっきまで存在すらしていなかったのに、当然のように建っていた。
フジは障害物に隠れながら、入口に近づく。
眠そうな騎士と、無表情の騎士。
2人なら、眠らせれば入れるか?
ならここで耐えて、歩乃華達からの連絡を待つべきだな。
フジは障害物に隠れつつ、その場に座り込む。
走り続けていたのもあって、だいぶ疲れていたみたいだ。
それに、精神的にも。
「……綺麗だった」
思わず言葉がこぼれる。
ドレスに身を包んだ歩乃華は、可愛くて、美しくて、愛しかった。
柔らかな白い肌も、絹のような黒髪も。
優しく微笑む桃色の唇も、暖かな黒い瞳も。
全部が輝いて見えた。
でも、ドレスを思い出すたびに、ボタン兄さんがチラついて心が痛い。
胸の中に黒い感情が広がる。
あの紫色の飾りも、少しだけ不愉快だった。
それに、隣に立った2人は絵になるどころじゃない。
眩いくらいに輝いて仕方がなかった。
まるで、最初からそうだったかのように。
もしこのまま、歩乃華がボタン兄さんを好きになったら……。
考えるだけで泣いてしまいそうだった。
胸が締め付けられて、呼吸が浅くなる。
ダメだな、僕は付き人なのに。
わかっていたのに、あんな抵抗をしてしまった。嫉妬深いとか、ダサいとか言われても仕方がないか。
もし僕に力があったら、胸を張って歩乃華の横に立てたのかな。
まぁ、どっちにしろ僕なんかじゃ釣り合ってなかっただろう。
歩乃華は優しくて、それでも強いから。
『女! 男! 扉入った! 紫兄! 指鳴らした!!』
「知らせてくれてありがとう、ただ顔にくっつくのはやめてくれ……本当に」
まだ小さいとはいえ、君が顔面サイズにまで大きくなることはわかってる。
もちろん、教えてくれたことには感謝しているよ。
また、3人で笑い合いたい。幸せになりたい。
お役目なんかから逃げたいよ。
でも歩乃華にお役目させているのは、僕達だ。だから、こんな泣き言は許されない。
……。
じゃあ、行こうか。
フジの瞳に浮かんだ覚悟は、どこか苦しそうだった。
だけど、迷いは無い。
「……スリーピス」
二人の騎士に向かって魔法をつぶやく。
空気が僅かに歪んで、波紋のように広がる。
1人はそのまま眠り、もう1人も足掻いた……が、負けた。
「ごめん、明日の朝にはきっと起きれるから」
フジはファントムを解除し、扉を開ける。
白の塔の中は、その名に恥じぬ通り真っ白だ。何も置かれていなくて、方向感覚だけが狂いそう。
足音しか聞こえない世界が、気味悪い。
「認識障害? いや、魔法陣か」
フジは床に座り、人差し指で床をなぞった。
すると指先に白くてキラキラして粉が付着する。
魔力結晶と石灰を混ぜたもの。
これは魔法陣を記すために使われる。
白の床に白いもので書くなんて、隠す気満々だな。
でもフジには意味がなかった。
魔法陣に手を当てて、この魔法に記されている事象を読み解く。
文言ノ祝福は、文字からも伝えたいことを読み解けるのだ。
「転移、血、魔力、精神……」
魔力を消費することで転移できることはわかってる。
なら、読み取った血と精神はなんなんだ。
血で行き先を識別し、精神も干渉する二重術式か?
「そんなの、効果がズレたりしないか?」
ただ不可能では無い……な。
まぁいい。とりあえず精神汚染の魔法陣だけ消せばいいか。
線を消すように手を動かす。
粉が指先にまとわりつき、微かに魔力の感覚が残る。
魔法で消してしまいたいが、魔力の無駄使いもしたくない。
それに、変なところまで消してしまって術式が変わるのは嫌だ。
はぁ。一刻も早く、この場からカンナを助け出したいのに。
「……おや? 鼠がいるとは」
……最悪だ。
どうしてこんなところにいるんだよ。
「……教皇」
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