笑顔の裏側で
足を踏み入れた途端、場違いのような気がした。
純白のホールに、煌びやかな光が反射している。美しいドレスに着飾った淑女と、にこやかに微笑む紳士達。
優雅な音楽が流れていて、多様な食事が並んでいた。
そんなパーティで、私は浮いている。
ヒソヒソと、訝しむような声。
居心地が、悪い。
「モズール伯爵、お久しぶりです」
「ん? おや、ボタン殿。パートナーを連れてくるなんて珍しいですな。そちらのレディーは?」
「我が家が先祖代々仕えてきた、主様。送り人の歩乃華様ですよ」
「なんとっ!」
あぁ、なるほど。
ボタンさんが急に人に話しかけた理由がわかったよ。
知り合いってだけじゃなくて、多分この国で顔が広い人だ。そして、人柄が良さそうに見える。
なら、私がやるべきことは簡単だ。
凛とした姿勢で片足を後ろに引く。膝を軽く曲げ、スカートの裾を持ち上げる。
流れるように、優雅に。
そして、人が好む角度で、微笑んだ。
「初めまして。私は、今代の送り人、小暮歩乃華と申します」
会場が湧き上がる。
さっきまで好奇の目で見ていた人々は、今は歓迎してくれていた。
この場を支配するように、美しく、綺麗に。
誰にもバレないように、誰よりも目立つ。
会場中の視線が集まってくるのがわかる。
人から見られるのは嫌いだけれど、場数は踏んできているのだから構わない。
慣れた様子歩乃華を見て、ボタンは笑う。しかしその目は冷たかった。
「歩乃華様、僕と一緒に踊ってもらえませんか?」
「喜んで」
優しく差し出された手を取って、歩乃華はボタンにリードされる。
他にも踊っている方々はいるのに、全員の視線が向けられていた。
……このままでいい。
このまま、軽やかに踊り続ける!!
「今日が初めてじゃないよね、すごく美しくて、上手だよ」
「ボタンさんのリードが上手いんですよ」
「おや、お世辞も上手だね」
「本心ですから」
社交ダンスは、お母様の教育の賜物だ。
苦手で嫌いだからこそ、お世辞でも上手いと褒められると嬉しくなる。
ただボタンさんも上手い。
こんなに踊りやすいのは初めてかもしれないな。
歩乃華は踊りに集中する。
二人の世界、とまではいかないけれど、周りが気にならないくらいには楽しい。
曲が終わったら、アルリアさんを自分から探しに行こうかな。
その前まではこの音に溺れたい。
「終わってしまうことが悲しいな」
「ふふ、ありがとうございます」
綺麗に礼をして終わらせる。
そしてアルリアを探しに行こうとした時だった。
「お前が、送り人なのか?」
赤い髪の、私より背が高い少年が偉そうに問いかけてきた。
良い生地を使っているし、チラチラとこっちを見ている騎士がいる。
そして極めつけには、あまりにも豪華すぎる宝石がついていた。
多分、権力者の息子だね。
もちろん、断定はできないけど。
「えぇ、僭越ながら。私の名前は……」
「さっき聞いた。んで、お前は本当に祝福が使えるのか?」
あまりにも失礼すぎる。
でも誰も諌めなければ、遠目で見ているだけ。
爪弾きにされている訳じゃないけど、あまりにも離されている。
権力者の問題児。
こういうタイプは取り入ろうとしたら無駄だ。
適当にいなして、親に回収してもらおう。
そうわかっているのに、権力とは怖いもの。歩乃華は緊張で体が強ばる。
この場に全員が、この子を通して親の顔を見てる。
親の権力が怖いから、多少の失礼は許す流れ。
歩乃華はほんの一瞬だけ少年から目を逸らして、すぐに表情を戻す。
「おい! 聞いてるのかよ!!」
「し、失礼しました」
祝福を聞くのは失礼にあたる。
これはフジくんが教えてくれた常識。
だから私は、答えない。
少年は祝福について教えて貰えないことに、眉を上げて怒る。
そして乱暴にも手をあげようとして。
「坊! レディーに迷惑かけるな」
アルリアが抑えた。
海老で鯛を釣ることが出来たようだ。
「すまない。彼は教皇の息子なんだが、如何せん問題児でね」
「構いませんよ」
上品に笑って、アルリアに正面から向き合う。
先日見た時とは違い、礼服に身を包んでいる。
現れただけで、淑女達の視線を掻っ攫う。
「私は神聖国第一騎士団所属『象徴の騎士』アルリア・カルンだ! よろしく頼むよ、送り人様」
「私は小暮歩乃華です。お会いできて光栄です」
「あぁ、こちらこそさ」
さてここからどう誘導して封印にまで持っていこうかな。
にこやかに握手に応えつつ、悩む。
「まさかボタン殿が送り人様を連れてきてくれるなんてね。来た目的はわかるよ、封印だろう?」
「えぇ、そうなんですよアルリア様。……お耳に入っているか分かりませんが、『タリス』のことはご存知でしょうか?」
ボタンさん、言葉が上手いな。
にしても、タリスのことが起きてからあんまり日が過ぎてないのに。
ボタンさんもアルリアさんも知っているんだね。
「タリアは俗世から逃げてしまったからね。アビスアイに勝てなくて当然だ。しかし何とかなってよかったよ」
「タ、タリアのことを覚えているんですか?」
思わず口を挟んでしまった。
アルリアはそれに怒らず、朗らかに喋る。
「私も守り人だからさ!」
理由になっているのか分からないけれど、自信満々だから、そういうものなんだろう。
「しかし強欲が目覚めたことは不安だ。この地にも傲慢な奴がいるからな」
不安そうに肩を落とすアルリア。
傲慢なやつ……。
もしかしてここにも、アビスアイみたいなやつがいるってこと?
「確か、傲慢の影響が出ているとお聞きしました」
「さすが、耳が早いな。まだ辺境だけだがもう時期、目覚めるだろう」
歩乃華は恐怖を思い出し震える。
もうあんな思いはしたくない。
「……騎士団が守ることを約束しよう」
アルリアが笑いかけてきた。
その顔には圧倒的なまでの正義と、勇敢さが詰まっている。
「頼もしいですね。でも、どうにかして傲慢目覚めさせないようにできないのでしょうか?」
眉を下げるボタン。
その瞳はどこか嘲笑しているように感じた。
「結界を強くする以外にどうしようもないだろう」
結界を強く。
……あ!
「あの、もし良ければシュティレのための封印結界を利用するのはいかがでしょうか?」
歩乃華の提案に、アルリアは首を傾げる。でも興味があるようだ。
ここぞとばかりに歩乃華は言葉で畳み掛けた。
「シュティレを封印する結界と、国の中の傲慢を封印する結界を2つ作るんです」
アルリアは顔を俯かせて、ブツブツと何かを呟いている。
ただ、批判的な人も多い。
一部の騎士たちは、怪訝そうな顔を浮かべてる。
私を詐欺師みたいに、扱わないで欲しい。
とにかく、今は封印を通すことだけ考えよう。
「……前例がないな」
音が止まったような気がした。
怪しむような視線が集まる。
「それに、君の負担も強くなる。それに力を割くことでシュティレの結界を弱める危険性がある」
私の負担は大丈夫だ。
ただ魔力が減るだけだし。
でもシュティレの結界が弱くなるのは困るな。
歩乃華はもう一度悩む。
「傲慢の方はある程度にして、討伐してしまうのはどうですか? 結界があれば弱まるでしょうし」
「難しいことを言うじゃないか。ただ、考えてはいたよ、そろそろ討伐しないととね」
アルリアは微かに笑った。
沈黙が落ちる。
アルリアの後ろに立っていた騎士がおずおずと喋る。
「失礼ながら、教皇様の判断が必要かと」
「そうです。送り人様1人の判断で決めていい問題じゃありません」
「ですが、時間はありません。対応がもう遅れていることに、皆様が1番詳しいですよね?」
騎士の提案は正しいが、それに被せるようにボタンが圧をかける。
アルリアは言葉を失う。
そして騎士達の視線を受け入れた。判断を、任せるという意を。
そして小さく教皇、と呟く。
最後に悩んだ様子で歩乃華を見た。
私は真剣な顔で見つめ返す。
「正義のために、私は生きている」
それは宣言のようで、自分を縛る鎖だった。
「……決めたよ。確かに国防上そうした方がいい。送り人様が祝福を使ってくださるなら、尚更やるべきだ」
申し訳なさそうに、アルリアは語る。
しかしその姿をみて、騎士たちに困惑の色が浮かんだ。
「アルリア様がルールを破るなんて」
「いや違う、破らされたんだ」
歩乃華を怒るように、眉を釣り上げる騎士たち。
その姿に恐怖を覚える。
……嫌われ、た?
息が詰まる。冷や汗が流れているような錯覚。
でも、こうするしかなかったんだ。
だけど、間違いだったのかな……。
歩乃華は泣きそうな気持ちを押し殺して向き合う。これは、カンナちゃんを助けるために必要なことだから。
「逆に、送り人様のいる今しかないはずだ」
アルリアは強い態度をとっているが、それが自分に言い聞かせていることは誰にだってわかる。
失敗の可能性も考えて動かないといけない。
上に立つものは、そういう苦労がある。
「ええ。教皇様もわかってくださるはずです」
アルリアの不安を取り除くように、ボタンが肯定する。
歩乃華は安心で肩の荷が降りた。
結構無理矢理感あったけど、良かった。
良かった、はずなのに。
胸のざわめきは収まらなかった。
この不安の正体はなんなの……?
あと大事なのは、今日やれるかどうかってところだね。
「日程は何時にしようか。私は遠征に行かないといけないから、忙しくてね……」
「実は私も忙しいんです。その、もし嫌でなければ今日はいかがでしょうか?」
「今日か。……今から会議は、無理だな」
アルリアは騎士達に声をかけて、指示を伝えた。
騎士は頷いてどこかに走り去っていく。
……しかし一瞬、1人の騎士が歩乃華のことを睨みつけた。
その視線に込められているものは、軽蔑なのか、殺意なのか。
……っ。
「緊急案件だ、私が後で教皇に謝るさ」
その間に歩乃華はボタンと目を合わせる。
一応……上手く行きましたね、その意を込めて。
なのにボタンの顔には影が落ちていた。
「案内しよう、着いてきてくれ」
その真意は分からないまま、3人で廊下を歩く。
前に立つアルリアの背中は大きかった。
「……ごめんね、誘導したのは僕だけど。祝福を使わせてしまって」
「構いませんよ、魔力を使うだけですし」
歩乃華のその言葉に、ボタンは目を見開き小さく「……え?」と呟いた。
一瞬だけ言葉を失うボタン。
そして何も分かっていない歩乃華の様子を見て、口元を抑える。
「あの? どうしましたか?」
「い、いやぁ? ちょっとね」
ボタンの顔がにやけているのは、すごくわかりやすい。
それに一抹の不安を抱える。
しかしすぐにボタンは取り繕った。
「本当に、いいのだろうか」
鍵を持ったまま、アルリアは呟く。
その最後の悩みに、ボタンが毒蛇のように絡みついた。
アルリアの肩に手を乗っけて、耳元でささやく。
「大丈夫です。これは全部、……国のためですからね」
アルリアは震える手で、大きな扉を開けた。
「行ってらっしゃいませ、歩乃華様、アルリア様」
ボタンの笑顔の仮面の裏は、どうなっているのだろうか。
背筋が冷える。
閉まりゆく扉の隙間から見えた瞳には、光がなかった。
それなのに歩乃華に対して
──笑みを作っている。
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