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仮面のままで

 ドレスを一人で着るなんて、初めてかもしれない。


 宿屋の部屋で着替える人とか、私以外には誰もいないんだろうなぁ。

 おかしくって少し笑ってしまう。


 ボタンさんが用意したドレスは、1人でも着られるデザインだった。


 多分これを見越してのことだとは思う。

 フジくんに手伝ってもらう訳には、いかないからね。


 渡されたドレスは灰色で、上品だけど可愛らしいデザインだ。

 少々恥ずかしく感じるけれど、色が大人しい分、釣り合いは取れてるような気もする。


 そして紫色の宝石のネックレスも渡された。


 ここまで露骨にされたら、私も流石にわかる。

 ドレスもネックレスもボタンさんの髪と瞳の色だ。

 パーティに行く時に、パートナーの色のものをつけるというのは聞いたことがある。

 

 変な人に声をかけられないように、牽制してくれているんだね。


 さて、難しかったドレスは着れたけど、髪の毛はどうしよう。


「歩乃華。……その、着替えられたか?」


 扉の方から、控えめな声が聞こえる。

 歩乃華は慌てて、フジくんにもう入っていいですよ、と言って扉を開けた。



「ごめんなさい、外に出てもらっちゃって」


「……ぇ、あ! いや、大丈夫だよ」



 頬を赤く染めたフジは、大丈夫と言いながら、逆手で扉を閉めた。

 そんなに扉を開けてたくなかったのかな。



「……似合ってるよ、歩乃華」



 フジは微笑む。

 しかしその笑みが、どこか苦しそうなのは気のせいだろうか。


 無理をさせてしまっているのかも。


 歩乃華は口を開こうとする。


「もし良かったら、髪の毛を結わせて欲しい。今のままでも、綺麗だけどさ」


 フジは何も言って欲しくないのか、被せるように話す。

 大人しく口を閉じて、お願いしますと、微笑んだ。

 フジが無理に明るく振舞っていることには、気づきつつ。


 どうして、最初にあった時みたいに、私は仮面をつけているのだろうか。



 二人の間に会話はない。

 優しく髪の毛を梳かしながら、慣れた様子でフジは髪の毛を編んでいく。


 ……その手が震えていて、今にも泣きそうなのには気づかない方が、きっと優しい。



「……うん、似合ってる。髪飾りはいいの無かったからさ、魔法で作ったよ」


 今日中には無くなってしまうけど、と寂しそうに笑っていた。


 フジは、編み込みハーフアップを作ってくれた。そして髪の毛を魔法で巻いてくれている。

 髪飾りは藤の花のようなデザインで、すごく上品でかわいい。


 今日で無くなってしまうなんて……悲しいな。

 なんとなく、シンデレラもこんな気持ちだったのかな、なんて思った。



 コンコン


「準備は出来たのかな? 歩乃華ちゃん」


 扉の奥から声をかけられる。


「はい、大丈夫です!」


「うんうん、やっぱりすごく似合ってるよ」


 部屋に入ってきたボタンは、満足気に頷いた。そして、感情が抜け落ちたように髪飾りを見て、また笑う。


「……せめてもの抵抗、かな」


 ボソッと呟いた言葉が、歩乃華の耳に入ることはなかった。


 ボタンはダークスーツに身を包んでいる。そして、胸元の宝石の飾りは紫色だった。

 二人で並ぶと、歩乃華は灰色のはずなのに白く見える。

 統一感があって、ちょうどいいかも。



「じゃあ僕は歩乃華ちゃんを連れて祝賀会に行くよ、フジはカンナを救出するんだ。……できるよね?」


 一瞬、音が止まる。


「……はい!」


 フジの瞳は覚悟で決まっていた。

 でもやはり、死にに行くみたいな、歪みを感じる。


 私はこのまま、背中を向けるフジくんに何も出来ないのかな。


 ……そんなの、嫌だよ。



 フジに駆け寄って、両手で手を握る。

 自分よりは大きいのに……でも震えてる。


 


「フジくんっ! ……その、カンナちゃんをお願いします。"二人"で、戻ってきてくださいね」



 願いを込めて伝える。

 まるで呪いのような言葉だと、理解しながら。


 フジは目を見開く。

 そして少し悩んだように瞬きして、嬉しそうに一番の笑顔を見せてくれた。



「あぁ! もちろんだ」



 憑き物が落ちたような、スッキリした状態で、フジは走っていく。


 フジが今から向かうのは、『白の塔』と言われる更生施設。


『白の塔はぁ、楽園だぁ! 私を人間にしてくれた! はははっ!!!』


 昨日、声をかけた人はそう言っていた。

 目が狂っていたと言うか、どこか人とズレていたと思う。


 なのに、この国の人達から見たら、救いの象徴だ。


 ……何年も白の塔に閉じ込められて、出てきた人は人が変わっている。

 なんで誰も疑わないの?




「……歩乃華ちゃん、僕らも行こうか」


 ボタンは髪を撫でながら、冷たい目で髪飾りを見る。

 そして直すふりをして髪飾りに触れた。

 まるでゴミに触れるみたいに。


 歩乃華はそれに気づくことはなかった。


「あ、そうですね、行きましょう」


 優しくボタンにエスコートされながら、足を進めた。

 カンナちゃんを助けるためにも、頑張らないといけない。

 一刻も早く、この国でのお役目を終わらせないと。

 そしてすぐに離れて、フジくんたちと合流するんだ。



「……色だけでも変えてやろうかな」


「え?」


 歩乃華はボタンの顔を見上げる。

 何も変わらない、貼り付けられた笑顔の仮面がそこにはあった。


 自分の本心を隠すような振る舞い。

 人との距離感を一定に守っていて、心に入り込ませないようにしている。


 ずっと思っていたけどこの人は……。


「はぁ」


「どうしたの? 歩乃華ちゃん」


「いえ」


 笑って誤魔化す。

 そして心の中で嘲笑った。


──この人、私と同じだ。

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