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祝福されし清き少女は異世界で


 揺らぐ頭のまま扉を開けると、遠くに血まみれの2人を見つけた。


 次の瞬間、夢から叩き起こされるように、歩乃華は外へ転がり落ちた。


 このままじゃ、二人は死んでしまう。


 そんなのは……だめ。


 助けられるかもしれないのに助けなかったら……


 あの時のように、嫌われる。見捨てられる。

──それだけは、絶対に嫌だ。



 そう思った瞬間、体が勝手に動いていた。




 もう……目の前で"人が死ぬ姿"は見たくない。


「だ、だめ! 危ない!!! やめてください!!!」



………

……



 姉が正式な跡取りになるまで、努力すればよかった。

 終わりがあるから頑張れた。


「お爺様が言いました。当家の跡取りは、歩乃華あなたです」


 ……なん、で?


 その日、姉妹はここで、明確に亀裂が入った。




 お姉様は笑った。わらった。ワラッタ。

 それはとても醜く、痛々しく、憎たらしく。

 印象的に、強く、歩乃華の脳裏に刻まれていく。



「私、貴方がずっと嫌いだった──」


 嫌い。


 その一言だけが、頭のなかで何度も反響する。

 他のことも喋っているのに、嫌いという言葉しか聞き取れない。


 お姉様はまた最後に何かを言った。

 それで窓から身を投げた。

 身を──投げたのだ。


 なんでどうして?

 私のことが嫌いだから死んだの?


 嫌いって何? 嫌われたら、ここにいちゃいけないの?

 ……消えるしかないの?


 歩乃華の頭は、何も理解できなかった。


 だから、"忘れてしまえばいい"。


 ……それで、いい。


……

………


 走って行って、視界にしっかりと二人を映した。

 血だらけで死にかけのカンナ。

 覚悟を決めて、立ち向かうフジ。


 ……2人を、助けたい。


 その瞬間、自分の体内からなにかがごっそり抜け落ちたような気がした。

 そして抜け落ちたものから世界へ伝わっていく。

 歩乃華の思考が、感情が、願いが。



 何なのか分からない。


 でも──使える。



 こんな場所で起きるはずのない出来事が、今、起きている。


 清く美しい黒髪を靡かせて、少女は右足を踏み出した。


 そして、空気が……変わる。


 異常なまでに、花が咲き乱れた。

 暖かな光が差して、柔らかい風が頬を撫でる。


──戦う気が、消えていく。


 花が、際限なく広がっていく。




──この空間では誰も、逆らえない。





「怪我は大丈夫ですか?」


 2人に近づく。

 カンナは重症で、今にも死にそうだった。


 ゆっくりと身を起こして、目をぱちくりさせる。


「あんな量の傷、治るんだ……」


 独り言のように紡がれたその言葉に、歩乃華は安堵した。


 治ってよかった。

 助けられた、のかな。


「歩乃華様……この力は……」


「よく分からない。でも、多分これは祝福なんだと思う」


 自分自身でも理解できていないけれど。


 視線をカンナからブランベアに移す。

 巨大で凶悪な見た目。

 しかし、先程のような乱暴さや、敵対心は見えなかった。

 一歩引き、唸り声すら漏らさない。


──怖いはずなのに、怖くない。


「……ブランベアを、倒すか?」


 フジが歩乃華とカンナを庇うようにして立つ。


 もう敵対心を持っていないことを、察しているだろう。

 それでも、それとこれは違うものだ。


 生かす理由はない。

 でも、私達で勝てるとは思えなかった。


 それにあまり倒したいとは思えない。



「これ以上ここにいても傷が増えるだけです。今のうちに、離れるべきじゃないでしょうか」



 ここを通る人や生き物が死んでしまうかもしれない。

 それでも、自分の命を可愛がってしまうのは、どうか許してほしい。


 俯く歩乃華に対して、フジは寂しげに、でも嬉しげに笑った。



「それが得策だ。歩乃華様、後どのくらい展開できますか?」


「分からないです。でも、眠気がどんどんと強くなってきているので、あんまり長くないかと」



 立っているだけで、膝が震える。

 気を抜くだけで意識が持っていかれそうだ。



「じゃあ急ごう。カンナ、動けるか?」



 アックスを杖のように使って、カンナは立ち上がった。

 先程の傷が嘘のように、健康体そのものである。



「私は大丈夫。さっさと馬車に向かおう」



 カンナは私の手をとって、一緒に走ってくれる。

 左手でアックス持っているのに、速いなぁ。

 

 フジは一足先に馬車について、馬達をなだめていた。

 馬達だって、ブランベアの存在が怖かったはず。


 よく逃げ出さないで馬車のところにいてくれたな。


 みんなの為にももう少し頑張らなくちゃ。


 しかし、それとは反して、私の思考は堕ちそうになる。

 視界がぼやけてきた。


 馬車まであと少しなのに、足がもつれる。

 カンナが手を握っていなかったら、今はもうとっくに地面と衝突していただろう。


 ……あと、少しなのに……っ



「歩乃華様、不敬とか言わないでね!」


「きゃっ!」



 カンナが歩乃華を姫抱きにし、そのまま走っていく。


 起きていることに、意識を向ける。



 歩乃華は左手の甲をつねる。


 赤くなろうが血が出ろうが、人が死ぬよりは何倍もいい。

 まだ私は二人のことを何も知らないのだ。

 二人だって私のことを何も知らない。


 このまま終わってしまうのは、いやだ。


 ようやく馬車に着いた辺りで、歩乃華の目の前は真っ暗になった。

 誰かの震えている手に、強く握られながら。


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