選んでしまった決断で
……しくじった、歩乃華様まで眠らせてしまった。
幻惑魔法を貼ったあと呟く。
「これで、ブランベアにもバレないと思う」
口を開くのが、億劫だ。
「……それで悪いけど、もう魔力はほぼないから──魔法は使えない」
ブランベアにバレた時、僕は戦えないのが憎い。
絞り出したところで、強い魔法は使えない。
悔しくて、唇を噛んだ。
「だーいじょうぶ。お姉ちゃんに任せなさいな。……フジは歩乃華をお願い。最悪、二人で逃げて」
嫌だ。
でも、歩乃華様の命が最優先だ。
歩乃華様が死ねば、僕らも死ぬ。
──それがこの"血"だ。
自嘲気味に笑って、首を縦に振った。
涙が零れる。
ブランベアに一人で戦うなんて、自殺行為だ。
なんで、こんなに運が悪いんだよ。
「泣き虫フジくんは馬車にいてね。最悪なことに、ブランベアは私と戦いたいみたい」
右目がブランベアを正確に捉える。
カンナはポケットから小さなアックスを取り出した。
アックスは、瞬きをする間もなく大きくなる。
そしてそのまま駆け抜けた。
ブランベアが馬車に近づきすぎないように、遠くまで。
もしも歩乃華様が、送歌ノ祝福を"今"使えたなら。
いや、無理だ。
出かけた夢物語をグッとこらえる。
馬車から軽く離れた位置。
3メートル程の巨体が、地面を抉った。
そして、ブランベアと"目"が合った。
死が身近に迫っていることを理解する。
ただでさえカンナにはあの"罪"があるのに。
……勝てるわけない。
「グゥォォアアアアアアアアア!!」
雄叫びを上げたブランベアは、カンナに襲いかかる。
馬車から数十メートル先の激闘。
カンナは跳ねて躱し、そのままアックスを投げた。回転する刃はブランベアに直撃する。
だが刃は弾かれ、鈍い音だけが響いた。
アックスはカンナの手にもどる。
そのままカンナは木を蹴って飛び上がった。
……早すぎて、目で追うのがギリだ。
だが、ブランベアは馬車から離れていく。
もう少し離れれば、馬車が動いても襲ってくる心配は無いはずだ。
ブランベアはカンナに突進し、掴む。
そして思いっきり地面に叩きつけた。
「ぐぶっ…がッはっっ!!!」
遠くから見てもわかった。
口から大量の血がこぼれた。
地面に叩きつけられた衝撃で、息が潰れる音がする。
そして、ブランベアがカンナに爪を突き刺した。
音が、止まる。
現実が、遅れてやって来る。
カンナの体に穴が空いた。
回復魔法をかけないと、カンナは死ぬ……!!
──でも、ブランベアは進行方向から離れてる。
頭の奥で、声がする。
──馬車を動かせ、守れ、と。
馬車を……動かすべきだ。
しかしフジの足は、動いてはくれなかった。
──カンナを見捨てるなんて、できない。
歩乃華を守れ。それが、僕の役目だろ……。
そう刻まれているはずなのに。
そんな時、ふと昔の記憶が蘇った。
………
……
…
「半人前……ですか?」
僕は頭が真っ白になった。
付き人になるために生きてきた。
なのに半人前。
付き人以前に、人間ですらないということだ。
体から力が抜ける。
「お主らは"罪"がある。まずはカンナよ、右目を見せなさい」
罪? 僕らに障害なんて……ないはず。
「長老様、私は普通です。普通の右目ですよ、ほら」
カンナの両目は綺麗な橙色の瞳。
……本当に?
右目をよく見ると、薄ら赤みがかっていた。
「……もう何も、見えてはおらぬだろう」
そういえば、最近右からの行動にカンナは疎かった気がする。
「……見えない代わりに、光が強いほど相手の力量が分かるようになりました」
カンナは抜け落ちたように大人しくなった。
自分でも、理解していたのだろう。
「フジよ、気づいたか? 昨夜の食事には毒が入っていた」
フジは慌てて喉に指を突っ込む。
だけど上手く吐けない。
……吐く意味は、ない。
毒が効かないってことは、薬も効かない。
フジにはもう、話を聞くメンタルはなかった。
普通の人間だと思ったら、罪人なんて。
そこからはもう、記憶がなかった。
気づけば全部終わっていた。
涙は不思議と流れない。
ただこれからどう生きていけばいいのか、俺は分からなかった。
頬を撫でる風が気持ちよくて、不愉快だった。
目の前に広がる星空に酔っていると、カンナがやってくる。
そして寝ているフジの横に座った。
「私もアンタも半人前。だったらさ、二人一緒なら一人前になれると思わない?」
「は?」
思わず身を起こしてしまう。
二人一緒でも、一人前ではない気がするが?
混乱して思考がまとまらない
「付き人にはなれなくても、二人一緒なら生きてける。それって、あたし達にピッタリじゃない?」
ニカッとカンナは笑う。その笑顔が、星空よりも輝いて見えた。
──そっか、カンナと二人なら、生きていける。
…
……
………
……。
……わかってる。
どっちもは、守れない。
だから僕は……
──カンナを選ぶ。
──歩乃華様が、死ぬかもしれないのに?
頭の中で声がする。
良いわけない。でも、選ぶんだ……!
"血"が叫ぶ。従えと。守れと。
それでも──僕は、抗う。
覚悟を決めて、幻惑魔法から魔力を回収した。
これなら回復魔法が使える。
でも解除してしまったから、馬車は、歩乃華様の位置はバレてしまう。
半人前どころじゃない。
ただの……罪人だ。
誰かを選んだ時点で、もう救われる側じゃない。
歩乃華の顔が思い浮かんで、血の声が強くなる。
カンナを見捨てた未来が思い浮かぶ。現実味がなくて、いちばん許せない未来。
──そうだ。だから僕は、選んだんだ。
頭で警報が鳴り響く。心臓が痛い。
……それでも、いい。
結局僕は、あの日のままだ。
石を拾って、ブランベアにぶん投げた。
当たっても意味はない。
それでも、投げ続けた。
カンナを救いたい。助けたい。そのためになら
──自分が、死んでもいい。
「バカフジ……逃げろっ。歩乃華を連れて、逃げろ!」
カンナの言葉を無視した。
石を、投げ続ける。
一瞬、巨体がピタリと止まる。
ついにブランベアが、こっちを向いた。
恐ろしいほど凶暴な牙が見える。
ようやくこっちを見たな、ブランベア!
「神の御心のままに、光の皇子を身に宿し、清廉潔白な我が祈る、世を照らせ!
──シャインフラッシュ!!!」
ブランベアの目元で光を作る。
大きさは小さいから、そこまで魔力を使ってない。
だがしかし、その分発光という点に力を込めた。
「グァウガァ」
ブランベアは眩しくなって、狼狽える。
その間に走ってカンナの元へ。
「──キュア!」
最低限の応急処置はできた。
よかった。あれで死ななかったのは──奇跡だ。
袖をちぎって傷口を縛る。
魔法では死に至る所だけを治した。
他の部分は今やるしかない。
「……バカ。大バカ。我が弟ながら馬鹿すぎる」
「なんとでも言ってくれ」
そんなに泣かれながら言われても、なんともない。
さぁどうやってこの状況を打破するか。
歩乃華様だけでも、逃がせれば。
「グゥァウギュグァァァア!!!」
ブランベアの巨大な右腕が振り下ろされる。
カンナを庇うように僕は立ち上がった。
──あの日から、僕はカンナで、カンナは僕なんだ。
覚悟を決めて、身体中の全てから魔力を一箇所に集める。
フジは口を開こうとした。
しかしそれよりも早く、ブランベアの腕が迫る。
その腕はフジの体を……──
「だ、だめ! 危ない!!! やめてください!!!」
──風が、止まった。
刹那。視界が花で"割り裂かれる"。
幻想的な風景だった。
優しい風が頬を撫でて、自分の罪すら許してくれるような気がした。
──それが、何よりも恐ろしい。
この空間にいると、全てを捨てて、歩乃華の元へと駆け出したくなる。
花々は凛と咲く。
異常なまでに咲き乱れる。
そしてカンナの傷が、静かに塞がっていく。
折れた骨は、元通り。
血で汚れた顔も、頭も全部が元通り。
今だけはなんのしがらみもない。
命の危険も罪人の意識も何もかもが必要なかった。
この空間に、僕はずっと……いたい。
そう思ってしまった。
「大丈夫ですか! フジさん、カンナさん」
歩乃華の声にハッとなる。
危ない!
なにか分からないのに、目を瞑るなんて愚かだ!
もう一度魔力を集めようとするが、なぜだか集中が出来なくて集まらない。
ただただひたすらに、今はやすらぎたい。
歩乃華の元へかけていきたかった。
なんなんだよ、これ……。
優しさに抗えない。
どうして僕は──安心してしまうんだ……?
それがどうしても怖かった。
「ありがとう。……歩乃華様! この現象はいったい……」
「歩乃華様逃げてください! ブランベアが!!」
カンナと同時に叫ぶ。
歩乃華はおろおろし、こちらにかけてきた。
……遠くにいるよりは、ましだ。
にしてもこれは……魔法?
違う。
これは……祝福だ。
そんな、送歌ノ祝福を持っていない……?
でも古来の盟約が……。
──歩乃華様は何者なんだ?
分からない。
……この優しさは、本当に"救い"なのか?
それとも──ただの逃避なのか。




