静かすぎる森で
帰る方法を詳しく……?
どうして、私の知りたいことが。
──あ、そうだ。
フジさんは、"なぜか"私の思ってることが分かるんだ。
……やらかしたな。嫌われたら、どうしよう。
「2つの世界は、たまに重なるんです」
……そうか。
"重なった場所"に、いたから来てしまったんだ。
「もしかして、ここで待ってたら、帰れる?」
歩乃華の胸が高鳴る。
だが、そんな簡単な話じゃないようだ。
苦々しげにフジは頷いた。
「帰ること自体は可能です。ただ、この場所で再び重なるのが──いつになるか、わかりません」
歩乃華の息が詰まる。もしそれが100年後、いや、一生来ないかも。
……そうなったら、お母様は、家は、終わる。
絶対に、ダメだ。
想像しただけで、胸の奥がざわめく。
息の吸い方を忘れた、みたいに。
「話を戻しますね」
そういえば、どうして私が送り人だとわかったんだろう?
……でも応えてくれないし、いつでも心を読めるわけじゃないみたい。
もしかして、意識的に聞いているかどうかなのかな。
「帰る方法としまして、待つか役目を終えるかの二択です。それ以外はちょっと、わからないです」
2択とか言いつつ、やっぱり役目をするしかないと思う。
少しでも早く、私は帰らないといけないから。
「ただ僕は……どちらを選んでも、そばにいます」
……その言い方、ズルいよ。
でもそばに居てくれるなら、嫌われたことはないかな?
まぁそうとも限らないか。酷い態度取っちゃったし。
「ちなみにお役目すると帰れるって、どんな関係性があるんですか?」
実感がまるでなかった。
フジは違う本を開き、見開きで一つのページを見せた。
「帰った人は、いませんでした」
……え?
聞き返そうとして、言葉が出なかった。
だからこそ、聞こえなかったことにする。
「……ですが、世界の敵を封印すれば、帰れます。そして──」
封印すれば、帰れる。
その言葉だけが、やけに鮮明に残った。
ほかの説明は、ほとんど頭に入ってきていないのに。
でもそっか、……帰れるんだ。
「……頑張れば、帰れるんだ……!」
「……えぇ」
喜ぶ歩乃華を見て、フジの笑顔は、どこか寂しそうに歪んだ。
どこか遠くを見るような、目だった。
……フジさんは、ちゃんと教えてくれた。
礼儀も正しいし、さっきはすごい失礼な態度だった。謝らないと。
私には分からないことが多かった。
でもそんなことよりも、教えてくれたという事実が大切なんだ。
「詳しく教えてくれてありがとうございます。そして、さっきはごめんなさい。すごく警戒しちゃったし……失礼な態度をとってしまって」
頭を下げる。
すると、フジがとんでもなく慌てだし、椅子から勢いよく立ち上がった。
その勢いで本を何冊か落とし、見事に足を取られて、盛大に転んだ。
見なかったことにしてあげよう。
……でも、ちょっと鼻が赤いのは面白いかも。
「いっ……あの! 顔をあげてください!!! 歩乃華様の態度は正しかったです!」
フジは歩乃華を真っ直ぐ見つめる。ダサくても、かっこよさは消えなくて、歩乃華は口を開けなかった。
「そりゃ初対面の相手に変なこと言われたら警戒しますし、僕だって焦りすぎて抽象的なことしか言ってませんでした」
冷静さを取り戻したのか、言葉は丁寧になった。だけどまだ早口だから、慌ててるのかも?
「それに、もっと歩乃華様の心を慮るべきでした。というか僕がもっちょ……あ、ちぎゃ…違う違う違う、えっと、えと!!」
歩乃華は耐えきれなくなって、くすくすと笑ってしまう。失礼だけれど、面白いから。
普段は優秀だけど、1回やらかすと崩れるタイプなのかな?
そんな歩乃華を見て、フジは恥ずかしげにそっと顔を逸らした。
それによって耳まで赤くなっていたのがわかる。
「馬車の用意出来ましたよー! ……え、何この状況」
戻ってきたカンナは見た。
涙目になりながら笑っている歩乃華と、顔を真っ赤にしているフジ。
数刻の間思考を働かせる。そして結論付けた。フジがやらかしたのだと。
カンナは弟の醜態が見れなかったことを悔しがった。
「ひぃ……ひぃ」
「私も見たかったな」
「そんなのどうでもいいだろ! 送り人様が落ち着いたら行こう。ちょっと支度してくる」
拗ねたフジは背を向けてカバンをいじり始めた。
横にはランドセルと、革製のカバンもある。
みんなの荷物がまとめられているのだろう。
ちょっと悪いことしちゃったかな。
ツボに入って笑いすぎたから、口角が下がらないや。
「後でフジが何やらかしたか教えて!」
カンナはベッドに座りながら足をバタバタする。
それほどまでに見たかったのか、フジの醜態。
「ふふっ、分かりました。ちなみにお二人共今のが素なんですか?」
「え? ……あ」
みるみるうちに顔が青くなっていくカンナ。不味いこと言っちゃった……?
歩乃華も困惑して、手を変に動かす。
せっかくなら仲良くなりたかっただけなんだけど……やらかしちゃった。
悶々と頭の中で反省会が始まる。
「申し訳ございませんでした。本来ならば敬語で話さなければいけないところを……」
「そんなふうに決められているんですか? 私としてはタメ口でも良いんですけど」
確か付き人とか言っていたと思う。
決められているのかな、敬語で話なさいって。
それなのに変なこと言っちゃった……。
あーもう……。
「はい。もちろんこれはただの教えなので、歩乃華様の命令の方が上ですけど」
命令だなんてしたことが無い、少し躊躇う。
ただ興味があるのは事実だ。
命令なんて名ばかりで、どうせあまり効果は出ないだろう。
「……普段は友達みたいに話なさい、みたいな感じですかね」
試しにそんなことを言ってみる。
その瞬間、空気が僅かに張り詰めたような気がした。
カンナは嬉しげに笑う。
……何故か髪の毛もはねた。
「やったー! これで歩乃華様と普通に話せる!!」
「なんで急に命令なされ……あ、命令したんだ!? 送り人さ……ほ、歩乃華様……」
命令ってこういうのでもいいんだ……。
でも一体どんな原理なのかな?
……いやそれよりも、命令って、結構力が強いのかも。
驚いたフジさんが敬語を使おうとすると、言葉が途中で途切れるみたいだ。かなり強い力……。
軽率に使っていいものじゃ、ない。
もし間違えたら──取り返しがつかない。
これは、危険だ。
「私としては話しやすくなったからラッキー。ありがとう歩乃華様!」
でもこっちの方がカンナさんのイメージに合うかも。
くるくると回って踊るカンナ。どんだけ敬語が嫌だったのか。
フジさんは慣れるまで時間がかかりそうだ。喋る度に止まっている。
「フジ、準備できた?」
「あぁ。歩乃華様も大丈夫か?」
「はい、もう元気ですし大丈夫です」
満足気にカンナは頷く。そして、指を立てて提案した。
「とりあえず馬車に乗って『コルンの街』を目指そうよ。近いし、夜は魔物が活性化するしね」
それに了承し、歩乃華は荷物を受け取ろうとした。
しかしカンナが持ち物を全部持つ。ランドセルもカバンも何もかも。しかも片手。
……重くないのかな。
あの中、抜かれてないなら多分いっぱい入ってたはずなんだけど。
「予め弁明するが、カンナはあれ一切重くない。あいつの祝福が関係するから、詳しくは馬車で言うけど」
フジは歩乃華に向けて、じとっとした視線を向ける。歩乃華は思わず目を逸らした。
「……冷たい人間じゃないからな」
フジが心外だ、とも言いたげに腕を組む。
仕方ないと思う。
誰だって若い女の子が全部の荷物持つと驚くんじゃないかな。
「馬車は扉の前に置いといたから早く早くー!」
カンナは何も気にせずに、扉を開けて騒ぐ。
馬車を置いといた……?
歩乃華は考えることを放棄した。
歩乃華とフジは並んで扉から出る。
目の前には馬車があった。
木でできた馬車で、所々傷がついている。
二匹の馬がもう繋がれており、こちらは綺麗な毛並みをしていた。
きっと世話を頑張っているんだろう。
カンナは扉を開き、手を差し伸べる。
その仕草が様になっていて、紳士を感じた。
かっこいい……!
その手を戸惑いがちに借りて、歩乃華は中に入る。中は外よりも綺麗だった。
冷たく硬い所に座る。
その目の前にカンナが座った。
それを見届けたフジは扉を閉めて、御者席に向かう。
仕切りが低いから話すには問題なさそうだった。
「ちょっとコルンの街まで頑張ってくれよ、フーニャ、ナーニャ」
その言葉を皮切りに、少しずつ馬車は動く。
どのくらいかかるか分からないけれど、いろいろ今のうちに聞きたいな。
「カンナさん、フジさん。あの……」
異世界はすごいと思う。
馬車を休めている間、フジさんの話を思い返す。
魔法は"精霊"に魔力を渡したら発動するみたい。
フジさんは魔法が得意なのに魔力量が少ないらしいく、コンプレックスだと笑っていた。
すごく、……悲しそうな声だったな。
カンナさんにも、色々聞いたんだけど……。
「歩乃華様まって、私全部直感でやってるから説明できない」
「え? そんなの知っても知らなくても一緒だよ!」
「んー、あははぁ」
ダメだったね。
カンナさんは天才肌なんだろうな。
「歩乃華様、そろそろ出発するけど、ここから先は魔物が出る可能性が高い。心構えを」
フジが馬車の扉を開けて告げる。
そうか、魔物……。
あの獣みたいなやつと、似たようなのが出るのかな。
怖くなり、歩乃華は体を強ばらせた。
「分かり、ました」
「大丈夫。……何があっても、僕とカンナが守るから」
優しげにフジは微笑んだ。
その顔に、少しだけ安心感を抱く。
会って間もないけど……良い人だと、思うから。
カンナがフジの後ろから歩いてくる。
暗い顔をしていた。何故だろう。
「強いやつでもいたか?」
「少なくとも近くにはいないけど、おかしいんだ」
カンナは眼帯をめくりながら、目付きを鋭くして進行方向を向いた。
「魔物がいなさすぎる。普段なら、この辺はもっと小物がいるはずだよ」
そして少し考えてから、カンナは考えを告げた。
「多分、見えないくらい奥の方で強いやついるかも」
その言葉にフジは腕を組み考える。
何故眼帯を取っただけで分かるの? 今は聞かないけど、気になるな。
「迂回……いやただ魔物がいないなら安全なんだよな」
「下手に道を変える方がまずいかな、魔物達が逃げてる方向と重なったらめんどくさい」
「強いやつがいたら、やり過ごそう」
「うん、下手に戦うのは三流だよ」
カンナとフジの考えはまとまったみたいだ。
──強い魔物。
考えただけで怖いけど、大量の魔物がいるのも嫌かな。
祈ろう。みんなが無事で入れますようにと。
早くここを切り抜けることを選んだようで、ものすごい速さで馬車がかけていく。
跳ねる。そして音も大きい。
歩乃華は酔うタイプじゃなくてよかった、と思った。
ただ一人で馬車にいるのはちょっと寂しい。
カンナは馬車の屋根の上にいる。
屋根の方が障害物が少なくて、見やすいみたい。
眼帯を外して、警戒していた。
怪我しなきゃいいけれど、なんて思う。
無事に抜けるといいな。
鳥の鳴き声も、虫のざわめきも何も聞こえない。
風すら、止まっている。
……あ、また左手に傷できてたんだ。
いつから抓ってたんだろう。
気づいたら、こうなっていることが多い。
「……フジまずい! 進行方向の斜め左にブランベアが!!」
カンナは屋根の上から思いっきり叫ぶ。
その声に混ざって、低い地ならしのような音がした。
カンナの舌打ちと共に、歩乃華の心臓は恐怖で鼓動が早くなる。
巨体が大地を踏みしめる音が、微かに聞こえる。
それだけで息が止まった。
「嘘だろ……っ! なんでここにB級がいるんだ!?」
鳥がざわめき、私達を上を通って逃げていく。
空気が重くピリピリとしていて、風すらも嫌な熱を持っている。
平等に優しいはずの太陽が、嘲笑うように日差しが強かった。
静かな森が、どうしてこんなにも怖いのか。
「やり過ごせるか?」
ブランベア? B級? 知らない言葉がたくさん出てくる。
でも焦ってるところから見るに、やばい存在なのはわかった。
歩乃華は自分の身を守るように抱きしめる。
心做しか、木々はざわめき悲鳴をあげているみたい。今だけはその音も、怖かった。
「気づかれてはない。森の中に馬車止めて、気配を最小限にしよう」
「わかった。……歩乃華様、舌噛まないように気をつけてくださいね」
音を立てないように馬車を道から外し、森の中に隠す。あんなにやばくても道があったんだって実感した。
もう言葉にできないほど揺れる。
何度体が跳ねて、ぶつけたことだろうか。
必死に口を閉じて、ついでに怖いから目まで閉じた。息を必死に殺して、少しでも抗った。
死にたくないよ……。
「大丈夫、歩乃華は私が守るよ」
その一言が、張り詰めていたものを優しくほどいてくれた。
いつの間にかカンナが馬車の中にいて、そっと抱きしめてくれた。
馬車の揺れも収まって、今は止まっているみたい。
カンナと両目が合う。
左目は橙色で右目は赤みがかっている。違う色だけど宝石のようだ。
思わず息を飲む。
「綺麗……」
口から零れたものは、そんな言葉だった。
カンナは目を見開き驚いて、眉を下げながら笑う。
「歩乃華様はここの中にいてね。私は外で警戒を続ける。フジに頼んで馬車全体に魔法をかけてもらうから、出ないでね」
それだけ言ってカンナは出ていった。
歩乃華は何も口にできなかった。それほどまでに、瞳が忘れられなかったのだ。
「神の御心のままに、早天に携え身を晒し、風の如く、世に紛れたまえ
──花鳥風月」
フジの声が聞こえる。
空気が歪む。彩り豊かな蝶々がヒラリと舞う。
触れたもの全てが、音もなく"眠る"。
葉も風も、馬車も──気配さえも。
世界そのものが、静かに息を潜めた。
少しだけ頭がクラクラする。
なんて美しく綺麗な場所なんだろう……。
歩乃華は、ゆっくりと甘い夢に溺れた。
そんな姿を見て、フジは悲しげに目を伏せた。
──もし今、この方が祝福を使えたなら。
あの程度、問題にもならなかったのに。




