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奪われた日常の中で

「……ご飯、食べないと体に良くないですよ」


 居心地の悪い食堂の中で、歩乃華はフジに声をかける。

 先程からフジは、スープを掬っては落としているだけだから。



「ぁ、あぁ。……ごめん」



 それでも、口に運ぶことは難しいようだ。

 ただそれも仕方がないのかもしれない。


 カンナちゃんが連れていかれてから、私達はもどかしい時間を過ごしていた。

 食事が喉を通らないのもそうなんだけど、部屋が静かすぎて落ち着かない。


 思い出せば、どこかで黄色の髪を探してしまう。


 私ですらそうなんだから、フジくんはもう……言葉にしなくてもわかる。



 重い空気が二人の間に流れた。



 そして、静かな二人の耳には、軽蔑されるような言葉が入ってくる。


 早くご飯を食べて、部屋に戻りたい。



「僕もご一緒していいかな?」



 肩に優しく手が置かれる。

 見上げると、そこにはにこやかなボタンがいた。


 特に断る理由もないので、了承する。


 晒し者みたいになっている今に、来てくれたのはきっと心配だったからだろう。

 人の優しさはタリス以来かも。



「カンナが、ごめんね」



 小さな声でボタンが謝る。


「ごめんだなんて……。カンナちゃんは、悪くないですよ」


「そうかな。君に迷惑をかけている時点で、悪いことではあるよ」


 サラッと厳しい言い方をする。

 私は迷惑なんてかけられていない。でも、ボタンさんはそう感じてしまったのだろうか。

 この言葉はボタンの優しさであり厳しさにも感じて、どう返せばいいのか分からない。


「ボタン兄さん、そんな言い方はしないでよ……」


 フジはボタンを窘める。

 しかしボタンはなにか間違ってる? とでも言いたげに笑った。

 でも笑っているはずなのに、どこか寒気がする。



「カンナは付き人になったんだ。要らぬ正義感に駆られて、送り人様の元を離れるなんて間違いだよ」



 そこまで言わなくても、と声を出す。

 しかし故意的に無視されたのかなんなのか、止めるのとは出来なかった。



「フジも付き人なんたから、カンナのことばっかり考えないで。心配かけるなんて……ダメでしょ。君は選ばれた側なんだから」



 フジは何も返せずに、ただ下を向いた。

 そして歩乃華が口を開く前に、ボタンは小さな声で話しかけてきた。



「さて、じゃあ食べ終わったら……カンナの救出作戦考えようか」


 まるで、最初からそうするつもりだったかのように。


 驚いて顔を見る。

 しかしなんてこともないように、食事を続けるボタン。


 厳しいことは言いつつも、やっぱり……。


 歩乃華とフジは慌ててご飯を駆け込む。

 その姿にボタンは苦笑して、それでも合わせて急いで食べてくれた。


 冷たい視線の中、3人は会計を終わらせて部屋の中へと戻る。

 店主も嫌そうだったけど、叩き出されたくて良かった。



「歩乃華ちゃんは、この国についてどのくらい知ってる?」


「いえ、あまり知りません。ただ、……酷く歪んだ国だと思ってます」


 ボタンは笑って同調した。

 そして、想像以上にここはもっと歪んでいるよ、と笑う。



「結論から言うと、カンナが解放されるのは……何年後かになるね」



 え?


 歩乃華達は言葉を失う。


「何年後ってそんなの……っ」


 フジの震えた呟きに同調する。


 アルリアさんの態度的に、遅くても1週間かなって思ってた。


 何かの間違いで、あってほしい。



「カンナは確実に危険思想持ちだと判断された。だから、……」


 ボタンがいい淀む。目線が揺れて、悩んでいた。

 歩乃華は言ってください、その意を込めて見つめる。


 例えどんなに怖くても、知らないよりは全然いい。

 少しだけ、逃げたいって思ってしまっているけど。



「……"教育"されるよ、絶対に」



 教育。


 歩乃華にとっても、特別に嫌な意味を持つその言葉。

 聞いただけなのに鳥肌がたってくる。


 ボタン言い草から考えるに、いい言葉なわけない。

 つまりは、この国にとっての危険思想を無くさせるための……洗脳?



「教育されたら最後。何が起きるかは、わかるね? だから早めに連れ出す必要があるんだよ」


「それは……、忍び込んで救出するってことで合ってる?」


 フジの言葉にボタンは「正解」と呟いた。


 歩乃華は肩が大きく跳ねる。

 そして、覚悟を決めた。


「作戦会議と、いきましょう」


──今すぐに。


 手は震えている。

 怖さを隠して喋っていることを、その場の誰もが理解していた。


 だけど、やるしかない。


……

………



「あー暇だなー」



 牢獄と言われたから、錆び付いた薄暗い部屋とかを想像してた。

 だけど、こんな真っ白で何も無い部屋は、考えてなかったよ。


 カンナは真っ白い布に身を包んで、奇妙なまでに白い部屋で横たわる。

 そして大声で何かを話し続けた。


 この部屋には何も無い。


 部屋には魔法で入れられたから、扉すらなかった。


 フジも、歩乃華もいない。


 寂しくて、悲しくて、気が滅入りそうだ。


「甘いもの食べたーい」


 ……昨日、何食べたっけ?

 歩乃華達と一緒にいたのは……何時間前?


 なにか喋ってないと、自分がいなくなりそうで、怖い。

 声を出している間だけが、自分でいられている気がする。



 きっと、そんなに長くは閉じ込められないよね。


 カンナは時間感覚も、自分の存在も分からなくなるような部屋で笑った。


 その笑顔に元気はなくて引きつっていたことに気づいた人間は、誰もいなかった。



 コンコン



 天井から音が聞こえる。


 カンナは反射的に戦闘態勢に入るが、意味がないことを思い出しやめた。



「ねぇ、もしかしてそこに……誰かいるの?」



 天井の上の主は驚いて大きな音をたてる。

 慌ててるような光景が想像できて、カンナは小さく笑った。



「ねぇ、もし良かったら……お話、しない?」


 ……お願い、だから。

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