正義の国で
「ギリギリセーフ、だったね」
カンナが壁に持たれつつ、呟く。
私達はどうにか遠征軍が帰ってくる前に、部屋を借りることができた。
宿屋の店主も出る寸前だったから、本当に危なかったよ。
「部屋にいたら、称えに行かなくてもいいんですか?」
「いや。窓から称えないといけない」
頭を抱えた様子でフジが教えてくれる。
窓から称えるって……。
「まぁ外で夜まで聞くよりは、マシだよ、絶対に」
カンナがそこまで言うってことは、本当にとんでもないんだろうな……。
にしても夜までやるってどういうことなんだろう。
歩乃華は気になって窓の外を見る。
「なにこれ……」
そこには異常な光景が広がっていた。
たくさんの人が道の真ん中を避けるように立っている。
窓からは多くの人が顔を出していて、不気味と言う他ない。
大名行列を見ていた人も、こんな気持ちだったのかな。
いやそれよりも……酷いか。
パーパラッパッパッパッパー
遠く方でファンファーレが鳴り響く。
3人は窓にもたれかかるように顔を出して、目を凝らして遠くを見る。
「わ、あの人達が遠征軍?」
白い鎧を着て、馬に乗りつつゆったりと歩む方々。
歴戦の猛者、というよりかはアイドル的人気のような気がした。
「きゃーー!」「おかえりなさい!!」
「いつもご苦労さま」「無事でよかった!!」
「騎士様ぁ!!」
歓声で耳が痛い。
歩乃華が気圧されていると、先頭にたっている金髪碧眼の騎士と目があった。
にこっと輝かしい笑みが向けられる。
歩乃華は眩しすぎて目が焼けそうだった。
「あの人はアルリア・カルン。この国の、守り人だ」
え?
歩乃華は思わずフジの顔を2度見する。
あの人は守り人感がないというか、タリアとは全然違う。
「今日はもう会うの無理だから、明日会いに行こう」
「ですね。この状態で会いに行くのはちょっと……」
顔が引きつってしまうのは許して欲しい。
全くもって想定外だったから。
にしても、遠征軍の人多くないかな?
ゆっくり歩いてるのはわかるんだけど、だとしても数が多すぎだよ。
討伐した魔物の死体? も乗っけてあるから長く見えるだけなのかな。
「でも良かった、もう見えなくなるので大丈夫ですね」
そう言って歩乃華は窓を閉めようとした。
正直言って、この異様な光景を見ていたくなかったのだ。
「閉めちゃダメだ。……もう少しあとくらいから2週目がある」
「え? 遠征軍が帰ってきたのを迎えるだけですよね?」
「だけどもう何回か回ってくるんだよ。……ほら、この国の人達は誰も離れていない」
窓の下を見ると、全員が笑顔のままその場に立ち尽くしていた。
「あの、もしかして本当に夜までいなきゃいけないんですか……?」
歩乃華が恐る恐る聞くと、最悪なことにフジ達は頷いた。
「頭の痛い話というか、なんというか……」
「まぁこの国の法律だから……、あ! 2週目来たよ!」
カンナに慰められつつ、またもや先頭を歩いていたアルリアを見る。
顔のいい人だからこそ、1番人気があるんじゃないかな。
「男女問わず人気があるなんて凄いですね」
「遠征軍だもん」
カンナの言う遠征軍は、もしかして私と思っている意味と違うのだろうか?
正直、遠征軍とはいえここまで異常に盛り上がるのは怖い気がする。
歩乃華が眉をひそめているのに気づいたフジが、苦笑した。
「遠征軍は各地に赴いて問題を解決するんだ。魔物被害もそうだし、小さな犯罪でもなんでも」
魔物被害はわかるけど、小さな犯罪まで請け負うんだ。
そんなのって、物理的にできるのかな?
仕事量多すぎるよ……。
それに、遠征とは言えないような気がする。
「それって遠征軍なんですかね……?」
たしかに遠出はするだろうけど……。
「この国には固定の冒険者がいない。だからどんなに小さな問題でも軍が動くしかないんだ。大陸の端まで行く時もあるし、遠征と言っても差し支えないんじゃないか?」
それって、戦力が軍しかないってこと?
何か問題が起きた時、すごく心許ないな。
「軍の人達は大変ですね……」
「軍しか頼れない国民も、僕は可哀想だな」
アルカリアは幸せな国だって言っていたけど、それは幸せを知らないからなんじゃないかな。
国として安定しているし、全員が幸せならそれは間違いじゃないと思う。
だけど、私は正しいなんて言いたくないな。
「ただ今回の遠征は、本当に遠くまで行ったみたいだな。あそこにある魔物の死体は、ここからもっと遠い南西でしか見たことがない」
フジの指さした先を見る。
魔物は全然分かんないけど、ここにはいないんだね。
歩乃華は魔物を観察しながら思う。
知識とかないから全然わかんないけど、胸が上下してるから呼吸してそうだね。
魔物は死んでも暫くは息をするのかな。死戦期呼吸みたい。
あれ? 今指が動いたような?
「魔物って死んでからも息ってするんですか?」
「どういうこと? 魔物も死んだら息しないよ」
「え? ならカンナちゃん、どうしてあの魔物は胸が上下しているんですか」
その直後の事だった。
「グルゥガァァァァァァア」
紐を引きちぎり、魔物が唸り声を上げながら起き上がった。
息は荒いから、死にかけていることはわかる。
だとしても、生きた魔物が国の中にいるのは大問題だ!
「急いで避難を……。なんで、誰も動かないんですか?」
声をかけようとした歩乃華は、異様な光景に押し黙る。
誰も、逃げない。
声すら上げていなかった。
「でもこのままじゃだめだよ!」
カンナはアックスを手に、窓から飛び降りる。
そして荒れ狂う魔物に向かって突き刺した。
しかし魔物は悶えながらも、さらに勢いよく動き始める。
「私が倒すからそのうちに逃げて!」
カンナは叫ぶ。
しかし、民衆の反応は冷たかった。
「なんで軍でもないのに街中で武器を持っているんだ!!」
「あなたが倒しちゃったらアルリア様が魔物を華麗に倒すところが見れないじゃないの!」
「こら! 見ちゃいけませんよ、あんな野蛮な人と、血は汚らわしいわ!」
「な、なんなの……?」
カンナは魔物の息の根を止めつつ、軽蔑の目に後退りする。
見てられない。
カンナちゃんはみんなのためを思って魔物を倒したのに、どうしてそんな冷たい目で見られなきゃ行けないの?
「そこの君。なぜ街中で武器を持っている?」
髭を生やした騎士が、カンナの元へ悠々と歩いてくる。
「魔物が起きて暴れそうになったからです!」
カンナは胸を張ってそう答えるが、騎士はため息を着いた。
「法律違反。他国の人とか関係ないぞ、ここで逮捕させてもらう」
「「えっ!?」」
フジと歩乃華の声が重なる。
騎士が縄を使ってカンナを縛る光景が、信じられなかった。
「ちょ! 痛いよ!」
痛いに決まってる。
あんなに強く引っ張るなんて考えられない。
「さすがだ騎士様!」
「早く捕まえて!!」
「規律を乱す人は嫌いだわ」
民衆の歓喜の声。
カンナを捕まえることが、そんなに嬉しいことなの?
騎士よりも先に、助けようと動いてくれたのに。
「待ってください!! カンナちゃんは正当防衛のはずです!!」
歩乃華は窓から叫んだ。
考えるよりも先に、言葉が出てしまった。
場が静まり返る。
睨むように、訝しむように集まった視線が、胃を刺激した。
怖い。それに、嫌われるかもしれない。
不特定多数だとしても、人に嫌われたくない。
……ううん。
だけど、みすみすとカンナちゃんを不当に逮捕されるなんて嫌だ。
「魔物はカンナちゃんが倒さなかったら、今にも人に危害を加えそうでした。そして魔物相手にやむを得ず武器を使っただけです。逮捕は不当ではありませんか!?」
歩乃華の言葉に騎士は言葉を詰まらせる。
しかし、法律だ、と言って聞こうともしなかった。
「あくまでもその可能性があっただけでしょ? それだけで武器を出すなんて……危険だわ」
誰が呟いたのか、人々の中から聞こえてくる。
危険思想なんて、そんなつもりないのに。
「アルカリアの法律として、身を守るための最低限の自衛は許されています。カンナは自衛のために魔物を倒したに過ぎません」
フジが冷静に、しかし怒ったように言った。
それでも騎士はカンナを捕らえて離さない。
確実に、無視されている。
民衆は歩乃華達に向かって、ヒソヒソと陰口を叩く。
騎士達のことは何も言わないのに……。
このままずっと平行線だったらすごく嫌。
だけどこそこそと言われているのが苦しくて、隠れてしまいたくなる。
かんなちゃんのために頑張らなきゃいけないのに、逃げたい自分が憎たらしい。
歩乃華はどうにか打開策を考える。しかし、ここの法律なんて分からない。
そもそも騎士が聞く耳を持ってくれなかったら何も出来ないよ。
「この騒ぎはなんだ!」
場を抑圧するように、金髪のイケメンが馬に跨ったままやってきた。
アルリア・カルン。その姿が見えた瞬間、割れん限りの歓声が響いた。
戸惑うアルリアに、歩乃華は先程の流れを伝える。
すると申し訳なさそうに口を開いた。
「君の行いは勇敢だ。しかし、法律違反しているのもまた事実。今回は申し訳ないが、1度着いてきて欲しい」
一瞬の迷いもない。真摯な態度だけれど、目だけは異様に冷たく感じた。
あくまでも、"犯罪者"に対する対応みたいだ。
「そんなっ……」
言葉の漏れ出た歩乃華に、アルリアは視線を向けた。
そして胸を張る。
「お嬢さん、安心してくれ。私が、彼女をすぐに解放すると約束しよう!」
ウオオオオオオと、歓声が上がる。
なんというか、もう口は挟める雰囲気じゃないね。
彼は、わざと声を上げたのだろうか。これ以上私たちに口出しさせない為に。
「フジ、歩乃華! 私は大丈夫だよ!」
無理したような笑みを浮かべるカンナ。
手が震えていて、無理に我慢している。
「ほ、ほら。私も少し悪かったところあるかもだし……」
民衆の言葉に流されてしまっている。
……当たり前だ。カンナちゃんはまだ13歳。年齢問わず多くの人に軽蔑の目を向けられたら、怖いに決まってる。
でも、アルリアによってもう何も言える状況ではなかった。
歩乃華は思わず手を伸ばす。だけど空すらも掴めず、落ちていくだけ。
歩乃華達は、ただただ連れていかれるカンナを眺めることしか出来なかった。
すごく綺麗な国なのに、今はもう、醜く見える。
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