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疑念の先で

「私さんが戦場を離れたのは、嫌な予感がしたからなの」


……

………



 戦場で隕石が降り注いでいる時、チューネは城壁の中にいた。

 人も出払っていて薄暗い。自分の足音だけが空間に響いている。



「だからこそ、不安なのよね」



 杖を弄びながら、1部屋1部屋確認していく。

 自分の杞憂であって欲しいと願いながら。


 最後の部屋の扉を開けた時。

 そこには誰もいなかった。


 チューネは安心したように胸を下ろして、壁に杖を突き刺した。



「私さんの目はごまかせないわ」



 杖の横には、黒いローブを纏った不審者が立っていた。

 背丈は青年くらい。若いわね。


 ……でも、魔力に底が見えないわ。



「ここで何をしていたのか、教えてもらえるわよね」



「嫌だよ」


 そう間髪入れずに呟いたかと思えば、視界には天井が映っていた。

 チューネは慌てて立ち上がろうとするが、動けない。

 魔法によって体を縛られている。



「魔法使い相手が敵なのね……」


「安心して、敵にすらなれていないから」


「最悪〜」



 不審者が部屋を荒らしているというのに、動けない自分が憎い。

 あの頃に比べて強くなったのに。



『僕は何も見ていませんよ。早く消えてください』



 言葉冷たく、でも幼かった私を逃がしてくれた師匠。

 自分の命が危なくても助けてくれた。

 私さんも弟子として、その意志を引き継がないとね。



「すぅぅぅぅぅ……はぁぁぁぁあ、はあ!!」



 チューネには、ネオのように魔法を解くことはできない。

 だから、力で壊すしかない。


 自分を縛り付ける鎖を、チューネが力を込めて引きちぎる。


 腕に痕がつくとか関係ないわ。



「……戦争児って野蛮」


 不審者がゴミに告げるように呟く。

 感情が薄いくせに、よく言うわ。


 人の苦い記憶を笑うなんて、クソみたいな人間ね。


 子供の時、戦争に駆り出されて最悪だった。

 でも……師匠に会えた。



「動けるんだからどうでもいいわ」



 チューネはそのまま、最高火力の攻撃魔法を放つ。



「──セイクリッドランスっ!!!」



 たくさんの光の槍が勢いよく発射されて、不審者を追う。



「うわ」



 槍が壁を穿つ。石が砕け、逃げ場を潰していく。

 不審者はとにかく逃げ回る。



「上で歩乃華ちゃん達が頑張っているの。邪魔、させないわ」



 チューネは胸を張って叫ぶ。

 自分を鼓舞したい。そして、早く決着をつけたかったのだ。


 不審者は魔力の流れが、変なのよね。



「私さんが、守るんだから!!」




「ま、関係ないし。殺しはしない」


「あら、そう余裕ぶってていいのかしら?」


 槍が不審者の頬を掠める。

 そしてそのまま膝を着いた。


 チューネは油断せずに、追撃する。


 このまま押せば……勝てる。


「はぁ。手加減しながらは無理か」


 そう呟いて、不審者は放つ。


「──カオスイーター」


 空気が歪む。魔力の圧で突風が吹いた。

 光の槍がどんどんと食われていく。存在そのものが、消されている。

 強制的に魔法を分解しているのね。


 これは、……やばいわ。


 視界が歪む。

 次の瞬間、体が床に叩きつけられていた。


 無理やり魔力を練ろうとしても、霧のように霧散する。



………

……



「まぁ、私さん負けたんだけどね」


 チューネは唇をとんがらせながら、屈辱とでも言うように拳を握りしめていた。


 その手が震えているのに、気づかないわけがない。


 歩乃華は、色々言いたいことがあったが、飲み込む。

 じゃあ結局、不審者は何者なのか。


 歩乃華にとってありがたいのは、全く知らない第三者で黒幕であること。

 だけど、そんな優しい話じゃないよね。



「さすがの私さんも、大人しくやられた訳じゃないわ」


 魔法では勝てなかった。だからこそ、杖で殴りに行ったの。


「最初から殴れば良かったのでは……」


 歩乃華の零れた言葉を同意するように、カンナ達は頷いた。しかしそれは都合が悪いのか、ガン無視される。



「殴った時の風圧で、フードが取れたわ」



 ……え?


 つまり顔が見れたってこと?


 目を見開く歩乃華たちに、チューネは首を横に振った。


「ごめんなさい、流石に顔は隠されたわ。というか暗くて色なんてわからなかったの」


「……それで、何がわかったんですか」


 ネオは期待していた分だけ落胆している。しかしそれと同じくらい優しそうだった。



「絶対に言えるわ。あいつ、額に傷があるの」



 自信満々なチューネに、歩乃華は訝しげだった。

 髪の毛の色も顔も分からなかったのに、それよりも小さいだろう額の傷はわかるなんて。

 申し訳ないけど、信じにくい。


「どうして……そう言えるんですか?」


「簡単よ歩乃華ちゃん。額のところに、風の魔法の痕跡があったわ」


「確かにそれなら、魔法でついた傷でしょうね」


 チューネの言葉にネオが賛同する。

 さらに安心したくてフジにも目を向けたが、頷いていた。

 なるほど、よく分からないけど……二人が賛同するならそういうことなんだろうな。



「で、不審者の情報はそんなもんか?」


 裏からの問いかけにチューネは応えた。

 不審者の情報も大事。

 だけど個人的には、裏が調べてくれた"首謀者"の方が気になる。



「依頼人が良さそうだし、ここで共有するか」


 裏はそう言って指をならし、書類をそこに具現化させた。


 歩乃華はひっそりと顔を引き攣らせた。


「……ね、首謀者の目処ってたってるとか、聞いてもいい?」


「まぁな。ただ、今回の依頼は首謀者の存在の"調査"だから、本人を教えろとは言ってないだろ?」


 ……ミスだ。

 確かにそう受け取られてもおかしくはない。


 右手が左手の甲に伸びていく。

 寸前で止めた。


 危ない、また抓るところだった。


「問題ない。この紙を見れば、首謀者はわかるってことだろ」


 フジは集中して紙を読み込む。



「とりあえず紙は渡したし、依頼は終わりだよな」


「……はい。色々、ありがとうございました」


 ドラゴンの足止めだったり、依頼外になりそうなこともお願いしてしまっている。

 それなのに全部やってくれた。


 この人は、情報屋だ。歩乃華の情報も売るだろう。

 だけど、信頼したい人だな。


 裏は何も言わず、壁に寄りかかったまま影に消えていった。


「いつの間に、裏と知り合ったのかは聞かない方がいいですか?」


 どうだろう。でも、あの時あったことは言わない方がいいよね。

 歩乃華は曖昧に笑うだけにした。



「首謀者だが、額に傷があるのは確定して良さそうだ」


 もう読み終わったのか、フジが声をあげる。


「じゃあ首謀者は確実に青年ね。声も聞いたし、男確定よ!」


「でもあの時は戦っていたし、ほとんどの人は無理だよね」



「若い男性はほとんど戦場に出てましたね」



「あの場にいなかった人間でしょう。ただ他の村から、誰にもバレないように中心に入るのは無理ですね」


 ネオの言う通りだ。

 もしそんな怪しい人がいたら、裏は確実にこの紙に書いてる。


 ……もしかして。



「いるじゃん。一人。すっごい怪しい人間がさ」


 歩乃華の考えを言う前に、カンナが紙に向かって指を指した。



──ガトナ領主。



「私、ガトナ領主のいい噂なんて聞いたことない。それに、この人なら欲かいてアビスアイ復活させててもおかしくないでしょ。……それに、額に傷あった気がするよ」



 カンナは嫌悪感で顔が歪んでいた。

 会ったことは無いけど、いい所は聞いたことがない。


「うーん、証拠がないから私さんはなんとも言えないわ」


「僕もガトナ領主が怪しいな。戦場に出なかった理由がわからない。あの人、大した怪我もしてないし、戦えない訳じゃないよな」


 フジくんも、ガトナ領主を怪しんでいるんだ……。



「僕は違うと思いますね。確かに代々ガトナ家は欲深いですが、やっていい事とやっていけないことの線引きはできているはずです」



 正直ネオと同意見だ。

 ガトナ領主がわざわざアビスアイを復活させて、なんの利点がある?


「でもそれも証拠がなくない?」


 カンナの言う通りだ。

 犯人ではない明確な証拠は、ない。


「ガトナ領主は、いいえ、ヴェルガはアビスアイを復活させることはしませんよ」



 扉が開いたかと思えば、大司教が入ってきた。酷くやつれている。

 戦争が終わったあとだもの、色々忙しいはずだ。


「どうしてそんなことが言えるんですか?」


 カンナが代表して聞く。

 すると大司教は笑った。


「ヴェルガは確かに冷酷ですな。ですがね、彼はこの国を愛する人間の一人。この国のためなら誰でも犠牲にするんですよ。……例え自分すらも」


 だからこそ、アビスアイを復活させて厄災を起こすわけがない。



 大司教は確信しているようだった。

 私は正直信じれないけど、否定もできなかった。


 ただやっぱり証拠はない。



「でも、戦場にいなかった人なんて……若い男性だとほぼいなくない?」


 いや、いる。


 歩乃華の脳裏に、1人の男性が思い浮かぶ。

 だけど、確信はできないでいた。


 額に傷なんてあっただろうか。前髪で隠れていて分からないな。


 でも……。



「キィナさんは、戦場にいなかったですよね」



 名前を出した瞬間、すぐに後悔した。



 少しずつ溜まっていた不穏の欠片が、集まる。

 あの人が犯人なのではないかと、脳内が警鐘を鳴らしていた。


 違うって思ってる。なのに、納得感があった。


 あの人、私のことを最初から知っていたよね。


 場が一気に静まる。

 空気が重くなったことを、歩乃華はひしひしと感じた。


「……それって、誰?」


 カンナの前で会ったことはなかったのかな。



「教会関係者のキィナ・フラビアさんですよ。偶像? とか名乗っていましたね」


「なぜその忌まわしき制度を……? いえ、少なからず私は知りませんね、その人を」



 大司教を眉を潜める。キィナさんを知らない?

 というか、どうしてみんなそんなに怖い顔しているの。


「偶像は、教会の忘れたい過去です。人権を無視していたあれは、もう繰り返してはいけない。話題に出すこともダメですね」



 理解が追いつかない。

 キィナさんは教会関係者じゃなくて、偶像制度ももう存在していない。


 じゃあ、もしかして本当に……?


 そういえばあの人。すっごくいいタイミングで商人を紹介してくれたよね。

 まるで、武器が必要になることをわかっていたかのように。



 最初からずっと、都合が良すぎた。

 そして──距離が妙に近かったよね。



 その瞬間、歩乃華は記憶がフラッシュバックする。


 初めて会った時の笑顔が、酷く恐ろしいものに感じた。


 あの笑顔は──誰に向けられていたんだろう。

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