手を離した先で
私は今、海に溺れている。
体は沈んでいるのに、息は苦しくなかった。
あの気持ちの悪い空気も、罪悪感も、全部、他人事のようだった。
──私って、死んだのかな。
歩乃華は自分で選んで、人を助けた。
覚悟は、できていたのに。
みんなと離れ離れになるのが、嫌だな。
涙が海に溶ける。
「死なせないよ、絶対に」
優しく手が差し伸ばされる。
私は、知っている。その暖かさを。
「次は、本当の世界で会いたかったのにな」
「じゃあここは、どこなんですか?」
「もう気づいてるでしょ? ここは君の意識。そのより深い、場所だよ」
タリアに手を引かれながら、私は陸を目指して泳いでいく。
フジくんと同じような状態に、私はなっていたのだろうか。
ありがとう、そう呟く。
タリアは笑いながら、それはこっちのセリフと、歩乃華の頭をぽんぽん叩いた。
「タリスは救われたんだ。君のおかげで」
タリアが泡に触れると、喜びあっている家族の映像が流れる。
涙を流して、生きていることに感謝する。そんな美しい映像。
「僕はまだ起きられない。だけど、君のお陰で枷は緩んだよ」
タリアはさらに多くの泡を出して、たくさんの幸せを映す。
冷たかった海が、暖かくなる。
歩乃華も嬉しくなって、……思い出す。
もはや私が殺したと言っても過言じゃない兵士の方々。
歩乃華は手を伸ばせなかった。
伸ばす資格が、なかった。
「……守るために、殺したんだよ」
タリアは歩乃華を守るように微笑んだ。
歩乃華は、縋りそうになる指先を押し留める。
繋いでいた手を……離した。
これは、私が向き合わなきゃ行けない罪だから。
首を横に振る。
するとタリアは驚いたように目を開いて、嬉しげに口を綻ばした。
「じゃあ、一緒に背負っていこうか」
海の中はもう。幸せだけじゃなかった。
家族が死んで泣く人も、もう動けなくなってしまった人も。
全てを見て、抱えなきゃいけない。
嫌われたくないし、怖いことだらけ。
だけどもう、足を進めるのをやめられない。
「ちょっと名残惜しいけど、そろそろ起きないとね」
海面のすぐ手前で、タリアは立ち止まる。
歩乃華はなぜだか理解していた。
ここで別れたら、タリアと次に会うのはもっと遠い未来になることを。
それがすごく寂しくて、苦しかった。
「君を待っている人は沢山いるんだよ」
前は素直に頷けなかった。でも、今なら分かる。
「助けてくれてありがとうございました。……また、会いましょうね」
タリアは返事もせず、ただ笑うだけだった。
歩乃華は海面に手を伸ばして──
──温もりを感じた。
誰のものか分からないまま、掴み返す。
「歩乃華っ!」
目の前に広がる姿は、カンナとフジの2人だった。
手の温もりも、2人のおかげ。
「……おはよう、ございます」
歩乃華は身を起こして、周りを見る。
ネオが横に立ってため息を付いていて、裏すらもその場にいた。
「寝坊助だな」
「でも居てくれたんですね」
裏は罰が悪そうに目を背けた。
この人の人柄は、もう何となくわかる。
小さく笑う。すると、肩に手が置かれた。
「送り人様? 確かに貴方のおかげでアビスアイに対抗は出来ましたよ、はい」
口を挟むこともできない圧に、歩乃華はただ縮こまるだけ。
「でも貴方が死んだら意味ないんですよね」
言い訳を口にすることは、出来なかった。
「滅相もございません……」
「謝って欲しいんじゃないよ。……ただ、わかって欲しいだけ」
ネオの言葉が崩れる。
そして小さな子供に伝えるように口を開いた。
「僕達は貴方に生きてて欲しい」
ハッとして皆の顔をよく見る。
カンナの目は腫れていて、フジの目の下には隈があった。
……。
「貴方の行動がなければ、アビスアイに全員が殺されていたでしょう。でも、僕は手放しにそれを正しいとは言いません」
きっと、あぁするしか無かった。
だけど他にも方法は、あったんじゃないかって、頭の中で何度も反響する。
自分も死にかけないで、犠牲ももっと少ない道が。
「守るために死ぬのは、違うでしょう」
慮るような優しい声音。だけど、それがとても苦しかった。
「ただ、勘違いはしないでください。間違いでは、きっとなかったですから」
ネオは少しだけ遠い目をする。
犠牲になることを認められない、過去とかがあったのだろうか。
「さて、僕はもう1人のバカに怒りましょうかね」
急に立ち上がったかと思えば、横のカーテンを勢いよく引いた。
その中には、傷だらけのチューネが座っていた。
え? と思うまもなく、ネオが杖でチューネを小突いた。
「私さん的には、不審者を追い払いたかっただけよ」
「……はぁ。反省するまで回復魔法はなしです」
「ご、後生を……っ!」
茶番は微笑ましいけれど、歩乃華は聞かなければいけない。
「あの、不審者ってどういうことですか?」
先に反応したのは裏だった。
「それと関連してるんじゃねぇの? アビスアイを復活させた"黒幕"は」
空気がピリつく。
アビスアイを倒せたことは良かったけれど、黒幕の存在も疑わなければいけない。
「先に、不審者の話を聞こうか」
フジの声を皮切りに、全員の視線がチューネに集中した。
私達が知らない水面下で、何が起きていたのだろうか。
本日21時30分にも更新予定です。
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