朝焼けと希望の中で
カンナは怒っている。
あいつのせいで、この騒動は起きたんだろうから。
──八つ当たり上等!
フジのために私はあんたを殺す。
あの玉座に座っている魔物は、敵の親玉だろう。
まさか、こんなに早く来るなんて思ってもいなかったよ。
カンナは魔物を睨みつける。
『魔物がもうガトナ領に……!』
知らせてくれた人は本当にありがたい。
そのお陰で、ギリギリ……間に合ったから。
カンナはアックスを構える。自分よりもうんと大きくて重い"それ"。
カンナの祝福の前では、木の枝と変わらない重さだった。
戦況とか分からない。
だから──私はただ戦うだけ。
そんな時だった。
天地を揺るがすような。いいや、揺るがしている。
世界が歪み、猛烈な風がふきあれた。
私は、知ってる。
空から降り注ぐ隕石は、月よりも大きく見えた。
この魔法はフジの魔法だ。
そっか、……起きたんだ。
あの隕石が、何よりも美しい。
カンナはその場に似合わない、笑顔が溢れた。
「フーくんの魔法? いつもより魔力密度が高いな。……うーん、謎やんね」
独り言のようにセイリューがつぶやく。
カンナは頷いた。
そうだよ、あれはフジの魔法だよ。
自慢の強い弟のフジの、最上級の魔法なんだ!
「私的には、フジが目覚めた事の方が大事だよ」
ただ……。そうは言っていても、煮えたぎる怒りは収まらない。
アノニマスも、魔物も、全部許せない。
どうせ魔物を呼び起こしたのだってアノニマスでしょ? 絶対に叩きのめしてやるんだ。
「稚魚が。……煩わしい」
魔物の瞳がこちらを覗いた。
目は2つも潰れているのに、1つの瞳の圧は背筋を凍らす。
その瞳は邪悪そのものだった。
濁りきっていて、なのに引き込まれる異様な魅力を放っている。
そしてこちらを見ているのに見ていない、そんな瞳。
カンナは恐怖し、絶望し、戦慄し、藻掻いて、苦しんで、目を逸らしたくなるのに離せない。瞳は酷く醜く輝いていて──
カンナは気づく。どうして自分は瞳に囚われているのか? と。
「カンちゃんは、修行のやり直しが必要やんねぇ」
魔物の瘴気に犯されていたカンナを、セイリューはずっと守っていた。
カンナは慌てて視野を広くとる。
周囲にはいつの間にか、暗黒色の人魂のようなものが浮かんでいた。
嫌に揺れるそれは、明らかな殺意を持っている。
世界が重い。草木もあの魔物を拒んでいた。
人魂がカンナに襲いかかる。
カンナはアックスで追い払うが、倒すことはできなかった。
……感触がない。
これも全部、瘴気のせい?
カンナは意識を持って行かれないようにするため、頬をつねり続ける。
これなら、正気でいられるから。
パンッ
「カンちゃん、息を忘れんといてね」
セイリューが手を叩く。
カンナはハッとしたように"息を吸い始めた"。
「ハッ……ガッ……、はぁ、はぁ」
体に血の感覚が戻る。
気なんて抜いてないのに、意識が持ってかれてしまう。
歯を食いしばるカンナを見て、セイリューは笑った。
「カンちゃん。ここはぼんに任せな」
セイリューは空中から刀を取り出す。
流れるような刀身、カンナは刀が青く色づいて光って見えた。
……初めて見た。セイリュー先生はいつも、拳で戦っていたから。
これが、セイリュー先生の本気?
「これはぼんが受け継いだ"極上刀"──鎮守」
魔物はギョロリとその刀を見る。いいや、刀だけじゃない。
セイリューのことすらも値踏みしている。
「レイリューの、刀か。……それこそ、我に相応しい」
レイリュー・カルカミカ。
カンナでさえも知っている。自然派の開祖で、セイリュー先生の祖先だ。
「開祖様の名を気安く呼ぶな、クソ魔物」
セイリューは怒り、まるで風のごとく空を切る。そしてそのまま魔物に斬りかかった。
自然派頭領の彼にとって、その開祖様は汚されたくない神話的な存在。
だからこそ、許せない。
「ぶっ殺す」
「……青いな」
魔物は、嘲笑う。
そしてそれが開戦狼煙となった。
「──火花」
戦場が赤く燃え上がる。
魔物の周りを飛び交い、切って、切って、切り続けた。
敵は避けようとして、また別の場所を切られる。
気づけば、敵は脇腹も、顔も、足も、腕も、全てに切り傷ができていた。
火の魔法なのか、はたまた血なのか。
この戦場に、華が開いた。
「──カオスイーター」
しかしそれを見下すように、魔物は闇の魔法を放つ。
揺れ動く闇の触手は、セイリューの行く手を阻むように追い縋った。
とんでもない量の触手。
セイリューは舌打ちと共にそれを避ける。
先程まで十センチにも満たない距離にいたと言うのに、今は様子見を兼ねて遠くまで引いていた。
そして反撃のチャンスを伺い、確実に傷を増やしている。
「……すごい」
ただ呆然と、目の前に広がる戦いを眺めている。
戦いたいのに、私は足を引っ張らないことで精一杯だった。
足を踏み出したら、瘴気に呑まれて膝をついてしまう。
セイリュー先生は動いて戦っているのに、私は動くことすら出来ない……っ。
魔法を使おうとしたら、瘴気のせいで呼吸が出来なくなる。
舌を思いっきり噛んで意識を保たないと、息ができなくて死んでしまう。
結局私は、ただ突っ立って"傍観者"になるしか無かった。
……本当に、つらい。
カンナの視界が歪む。いつの間にか涙が溢れていた。
あぁダメだ。最悪。
息が、出来ない。
……ほんと、なんでよ。
歩乃華と、約束したのに。
……それしか、出来ないなんて。
互角の戦いのはずだ。
……そうであって、ほしい。
私も、戦いたいよ。
でも、入ったら邪魔になる。
私は歩乃華とフジを守る盾になりたい。なのに……。
悔しくて、顔が歪んだ。
「はぁ。……つまらぬ」
戦場が変わったのは、その一言のせいだった。
「……夜」
暗闇に包まれる。
カンナは警戒するが、何も感じ取れなかった。つまりこれは、魔法じゃない。
カンナの罪なら、それが分かる。
じゃあ、もしかしてこれは──
「──瘴気?」
いやでも、さっきまでのものとは違う。
これはもっと、濃度の高い──
「──アビス」
その瞬間理解した。
さっきまでの瘴気なんて、比べ物にならない。
これは──"底"だ。
触れたらもう、戻れない。
魂が削られてしまう。深淵に落とされてしまう。
光すらも沈ませる──圧倒的な"深淵"だ。
本日21時30分にも更新予定です。
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