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送り人は清き世界で

「貴方はバカですか? そんな状態で向かうなんて、ただの死にたがりです」



 真っ直ぐ告げられたその言葉に、歩乃華は返事ができなかった。

 ネオが心配してくれているのは、わかってる。



「送り人様、貴方はもう魔力が無いはずです。それ以上は、死にますよ」



 でも、カンナを見捨てるなんて出来ない。



「わかってます。でも、このままここでじっとなんてしてられません」


「貴方が死んだら、より多くの人が死ぬ。僕は折れませんよ」


 ……埒が明かない。


 私は今すぐに、駆け出して行きたい。


 カンナが、瘴気に飲まれている。裏から聞いて、このままジッとなんてしてられない。



「裏。カンナちゃんは……」


「ただひたすらに耐えてる。いいんじゃね? わざわざ行かなくても」


 裏はさっきから機嫌が悪い。



 何かしてしまったのか、それを考えると頭が纏まらなかった。


 そんな時だった。



 美しい朝の始まりが、闇に染まる。

 まるで時間が巻き戻ったかのごとく、夜が来た。


「え!? 裏! 今何が……」


「アビスアイの魔法だな。チッ、こっちにまで強い瘴気が……」


 瘴気!?

 歩乃華は慌てて後ろをむく。


「ネオさん! 魔法使いの皆さんっ!」


 その場にいた全員が、地に伏せていた。

 人によっては吐いてしまっている者もいる。


 フジは血を吐きながらも、防御魔法を自分に使っている。

 ネオは口と鼻を抑えながら、同じように防御魔法で身を守っていた。



「悲惨なのは、城壁の下だな」



 歩乃華は慌てて下を覗き込んだ。


 ……より、地獄絵図が広がっている。


 歩乃華は腹の底からせり上がってくるものを、必死に抑える。


 腰が抜けてしまいそうだ。


 でも、寸前の所で耐えた。


──私は、送り人だ。


 私を信じてくれた人のために。

 助けてくれた2人の……みんなの、ために。



「裏! 私をアビスアイの元に連れて行ってください!!」


「は? あそこが発生源に決まってる。……死ぬだろ、流石に」


 裏を巻き込むのは、確かに申し訳ない。


「送り届けるだけでいいです。なんなら死なない程度に飛ばしてもらって構いません」


「わかんねぇな。なんでそこまでして助けようとする? お前はただ連れてこられただけだろ?」



 裏の言葉に、私は上手く返せなかった。



 なんで私は戦うのか。


 歩乃華は、目を細めて思い出す。


 打算的に助けただけの私を、信用してくれて──助けてくれた。


 歩乃華は……笑う。



 そうだ、私は──



「私は、助けたいです」



 理由なんていらない。


 助けたいと、そう思ってしまった。


 ……だから、助ける。



『あなたは、どうしてそんなに愚かなんですか』


 お母様の顔がフラッシュバックする。


 それでも立ち止まる理由にならなかった。



「……あー、もう! 一生感謝しろよ」



 裏はそう言って、歩乃華のことを抱き寄せる。

 そして、自分の体に影のようなもので羽をつけた。


 迷いもなく、城壁から身を投げる。



「えっ、きゃぁぁぁ!」


「口閉じとけ、最高速度で連れてってやる」



 風を切るように前へ進んでいく。

 そして、どんどんと気が重くなって来るのがわかった。


 裏が顔を顰める。


 歩乃華は無意識に手を伸ばして、──祝福を使った。


 すると裏は驚いたように歩乃華を見た。そして、ニヤッと笑った。


「そういうことかよ。瘴気は、精霊を汚して生まれるのか。それなら、お前が行けば完璧だな」


 ……どういうこと?


 歩乃華はきょとんとする。裏は察して呆れたように教えてくれた。



「お前が祝福で精霊を増やせば、瘴気が薄まるだろ?」



 確かに。


 私は荘園ノ祝福を使おうと思ってた。でも、送歌ノ祝福の方がいいかもしれない。


 想定外だけど、助けられるならなんでもいい。



「そろそろ着くぞ。……死ぬなよ、絶対に」


「……裏って、優しいですよね」


「は?」


 風に紛れて──

 裏は、ほんの少しだけ笑った。



 歩乃華と裏は戦場に立つ。

 目の前には、玉座で欠伸をするアビスアイと──


──カンナを抱えて、膝をつくセイリューがいた。



「愚かだな」



 アビスアイが、憎い。


 カンナの目は虚ろで、曇っている。


 傷だらけのセイリューは、それでも離さない。


 ……許せない。



 駆け出した。

 引き止める手も、制止の声も──全部無視した。


 立ち止まりたくない。


 他はいらない。

 視界には、アイツだけ。





「──私が、あなたを殺します」





 歩乃華は初めて、自分の意思で送歌ノ祝福を使う。

 自分の体に魔力がないことはわかってた。でも、構わない。


 呼吸が──戻る。


 焼けていた肺が、嘘みたいに軽い。


 闇に塗りつぶされていた世界が、ひび割れる。光がこぼれて、世界が色づいた。

 瘴気に犯されていない精霊が、世に溢れる。


 歩乃華は鼻血が流れた。



「……ざまぁみやがれ」



 荘園ノ祝福を同時に使う。

 回復させるのは、カンナとセイリューだった。

 あの二人なら、アビスアイを倒せるはずだから。


 私が瘴気を抑える。だから……お願い。


 歩乃華はそのまま後ろに倒れる。

 その前に、裏がそっと支えたが。



「……今が、チャンスだな。歩乃華が、ずっと精霊を生み出し続けている今が


──アビスアイを倒せる」



 歩乃華の耳には届かない。

 裏が初めて名前を呼んだことに気づくことができないくらい、集中しているから。



「ありがとう、歩乃華。……あなたも、ありがとう」


 カンナは、立ち上がった。

 その瞳に燃え上がる闘志は、美しくて、アビスアイなんかよりも……もっと綺麗だった。



「君は、その子を頼んだよ。ぼんは、コイツを殺すから」


 セイリューは冷めた瞳で、刀を構える。

 さっきよりも息のしやすい世界で、セイリューはもう一度足掻く。


 裏はそれを眺めつつ、歩乃華を大事に──愛おしそうに抱きしめたまま、離れた。



 本当に最後の戦いが、始まった。

本日21時30分にも更新します。

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