激動の真夜中で
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「──水氷冷華!!!」
フレアドラゴンに向かって、魔法が放たれる。
氷の粒がフレアドラゴンに当たった瞬間、それは瞬く間に氷の華を象った。
1輪だけじゃない。2つ目3つ目、5つ目と、どんどんと花開く。
……桁が違う。
「やっぱりしぶといですね」
フレアドラゴンは大怪我をおったが、それでもまだ飛んでいる。
そして、鋭い目がネオを中心に捉えた。
「フレアドラゴンの相手は僕がします。他は魔力回復に勤しんでください」
他の魔法使いが、風の刃を飛ばす。
しかし、鱗に弾かれて霧散した。
騎士たちの剣は、当たり前に届かない。
しかしドラゴンの攻撃は兵士達を貶める。
大きな肉体で兵士達に突っ込む。
そのせいで多くの人間が、空へ上がって打ち付けられた。
誰かの叫び声が途中で途切れる。
ネオは分かりやすく顔を歪めて、舌打ちする。
「すぐ、終わらせます」
ネオは右手で林の魔法を操り、左手で風の魔法を操る。
歩乃華はそれを眺めることしか出来なかった。
どんなに悔しくても、歩乃華は戦うことができない。
「──水氷風刃」
氷の刃が、目まぐるしい速さでフレアドラゴンの体を傷つける。
……しかし、ついた傷はすぐに回復されてしまう。
ただ体に氷が付着して、動きが遅くなるだけだ。
ネオは確かに強い。
だけど、決定打に欠けている。
「違ぇ。本命はあいつじゃない」
裏がつぶやく。
それに聞き返す前に、答えはわかった。
「行くわよーっ!! ──氷消瓦解!!!」
チューネの大きな声が戦場に響く。
その声とともに、ネオが付けた氷はバラバラに砕ける。
その破片はフレアドラゴンの体を突き刺して、止まった。
フレアドラゴンはもがき苦しみ、地面に落ちる。
そっか! 体内に氷があれば、ずっと傷つけることができるんだ!
地面に落ちたフレアドラゴンに、騎士達が一斉に剣を突き刺す。
それでもまだもがいて、火を吐く。
だが、ネオがいるのに火なんて現象を、そのままになんてしない。
「僕は最高傑作ですから。自分が作った火じゃなくても、消せます」
パッチン。
指を鳴らすその姿が、なぜだかフジとリンクした。
ウォォォォォォォォ!!!!
勝利の歓声の中、剣を突き出した騎士の1人が崩れ落ちる。
……燃えて、灰になってしまった。
それでもドラゴンを倒せたことは、兵士たちの大きなモチベーションに繋がる。
気持ちが前向きになった。これなら──!
「幸せは、長く続かねぇもんだ」
裏の声と共に、森の奥から無数に羽ばたく音が聞こえる。
嫌だ。そんなわけない。
お願い、嘘であって。
脳内で鳴り響くこれは、人間の本能。
「……なんで、よ」
空を覆い尽くすほど、多種多様な色のドラゴンが飛んでいる。
歩乃華は立ちくらみして、裏にもたれ掛かった。足に、力が入らない。
「……あー。チッ」
裏は優しく歩乃華を抱きとめつつ、大きな舌打ちをする。
「おい、お前。魔力結晶は足りるはずだから、起こしてきてくれ」
「何言ってるんですか? 僕がこの場から離れたら……」
「お前だけじゃ、いい方向に向くわけねぇよ」
歩乃華は裏が何するのか分からなくて、おずおず見上げる。
フードの隙間から、ツリ目で、でも優しい瞳が見えた気がした。
「眠りの王子様を起こせ。あいつなら
──フジ・フルシベルなら、変えられるはずだ」
その名前を聞いた瞬間、ネオは大きく目を見開いた。
「なっ……。……わかりました。僕がいない間は、あなたが抑えててくれるんですよね」
「依頼に上乗せしてやりたい気分だけどな。……行けよ」
ネオは後ろを向いて、走り始めた。
裏は歩乃華を優しい仕草で座らせる。そしてそのまま、空の上を走った。
「……動くなよ。"影縫い"」
裏が右手を翳して、力強く握りしめた。
その瞬間時が止まる。……ような気がした。
世界そのものの影が、彼によって操られている。空が、軋む。
ドラゴン達は藻掻くが、動けない。
倒す訳じゃない。派手なんかじゃない。
彼の1人の手によって、戦場が止まっている。
……こんな戦い方、見たことがない。
正確に時間稼ぎをしている。
裏は情報を大事にしてるはず。だから、本来ならば戦争なんて参加するわけ無かった。
どうして彼は、助けてくれるの?
その背中からは、何も読み取ることができなかった。
…
……
………
ネオは駆け抜ける。城壁内も、大通りも、教会の中も。
不安げな人々を慰める暇なんてなかった。
ただ一刻も早く、彼を起こす必要があった。
──フジ・フルシベル。
ネオは彼を誰よりも深く知っている。
『──活火激発』
魔法殺戮兵器だったネオの、最後の戦争。
それは奇しくもガトナ領とフルシベル家の戦争という、小さなものだった。
フルシベルを、何も抱えずに殺せばいい仕事。
なのに、ネオは1人も殺せなかった。
たった一人の、幼き少年の手によって。
「あの頃は、恨みましたよ」
整わない息のまま、横たわっているフジを見つめる。最後見た時よりも、うんと成長している姿を。
『なんで魔法を発動させないんだ!』
上司から言われたが、無理だった。
発動させても、消されてしまう。フジによって全ての魔法がかき消された。
「貴方は、僕にとって最も遠くて、憧れる存在でした。いいえ、今もですね」
魔力結晶を液体化させて、フジに流し込む。ネオは効率的に繰り返した。
『化け物だな。魔力が少ないくせに』
上司は間違っている。魔力が少ない事で、普通の人間と釣り合いを取ろうとしていることに。
「あなたは魔法の天才だ」
精霊に愛されていて、彼もまた魔法を愛している。
憧れている。恐怖している。理解したい。出来ない。
1秒たりとも目を離したくなかった存在。
「あなたは僕にとって……」
その言葉は、最後まで形にならなかった。
形に、したくなかったのかもしれない。
フジの瞼が揺れた。
そして、ゆっくりと開かれる。
長いまつ毛の下で、光に満ちたその瞳は揺れた。
「……ぁ」
声が聞こえた気がした。
自分の中で溢れ出てくる謎の感情を抑えて、冷静に言葉を紡ぐ。
「早く起きてください。戦場はあなたにかかってます」
貴方はきっと僕を知らない。
知らなくていい。
どうか、この国を救って欲しい。
「……ぁっ、が、カンナは! 歩乃華は!? いや、ありが…ゴハッ」
慌てた様子で言葉を紡いで、咳き込むフジ。
ネオは水差しを渡しつつ、今の状況を伝えた。
「戦争は、もう始まってます。カンナさんは今いませんが、送り人様は城壁にいるんですよ」
「……ありがとうっ! 頼む、僕をそこまで連れてってくれ」
「言われなくても。ただ、貴方は寝起きだ。後、今の魔力量はギリギリなはずですよね」
ネオは今、フジに目覚められる程度の魔力しか流せていないはずだ。
高純度の魔力結晶が、少なかったから。
「わかってるよ。でも、僕は付き人だ。この身がどうなろうとも、歩乃華を助ける必要がある」
自己犠牲精神。それは、送り人様と重なっていると感じた。
お互いがお互いのために身を滅ぼす。
そんなの負の連鎖だ。
でも、聞く耳を持ってはくれないですね。
「いいですよ、連れていきます。ただ戦うことはやめた方がいいです。きっと、送り人様も止めますし」
「……と、とにかくお願いします」
魔法は強いのに、まだ子供ですね。
………
……
…
「あー! もうだるいっつうの」
裏は必要最低限の動きで、ただひたすらにドラゴンの動きのみを止めている。
地上の敵は騎士達が抑えていた。
とはいえ、だ。
どんなに強いとしても、このままじゃ防戦一方。
お願い、お願いお願い。
フジくん、ネオさん、早く戻ってきて……!
「しかも最悪な知らせだぜ、送り人。あいつ、今が好機と踏んだな」
裏が空中から笑う。
遠いけど言葉が聞こえるのは、裏の不思議な影を操る力のおかげだろう。
だから、歩乃華は心の準備をすることができた。
できた。……とはいえだけど。
空気がよりいっそう重くなった。
ドラゴンたちの動きも、急に変わる。まるで誰かに操られているみたいに。
大地が揺れる。
頭が割れそうなくらい痛い。
歩乃華はそれでも見つめ続けた。そいつの姿が、見えるまで。
戦場にノイズが走る。
「……アビス、アイ」
気づいた時には、空中に玉座が浮かんでいた。
酷くボロボロな格好で、2つの目が忙しなく戦場を見続けている。
潰れている瞳は一つだけ。タリアがいた、証拠のひとつみたい。
「この世の全ては我がものである。全ては我が目の下に」
その言葉と共に、魔物たちは機械的な動きで速度をあげた。
「くっ、総員! 緩むな!!!」
騎士団長が大声をあげる。
それでも騎士たちは次々に傷をつけられていく。
「──フルキュア・フィールド」
大司教が最上級の回復魔法を、領域という形で作り上げる。
それによって、死者はかなり激減した。
「冒険者の意地、見せつけるぞ!!!」
ギルド長が叫ぶと、冒険者がそれに答える。
どんなにけが人が出て、絶望的な状況でも、誰も辞めなかった。
諦めたくなんてなかった。
空に日が登ろうとしていても、絶対に。
「……目が腐る」
アビスアイは嫌悪感丸出しでつぶやく。
……許せない
歩乃華は唇に力を込めて、そして、立ち上がった。
──私が俯いている暇なんてない!
「魔法師団の皆さん、攻撃魔法の用意を!」
ネオがいない。だから、私が代わりにやる。
やってくれるかどうかは、分からなかった。だけど、みんなは私の言葉に即座に反応する。
ありがとうございます、みなさん。
失敗するかもしれない。
そんな恐怖で、声が震えそうになる。
だけどそれを必死に押し殺した。
「──発射!」
地上の敵を少しでも減らす。
ドラゴンは裏が教えててくれるし、アビスアイは未だ動きを見せていない。
あいつは、何をしてくる?
「"殺せ"」
機械的にもがいていたドラゴン達が勢いよく動き始める。
裏はその異変にいち早く認識して、その勢いを利用して戦場の遠くへ吹き飛ばした。
「……最悪だな」
気持ちはある。
だけど、戦場とは見合っていない。
戦力が、足りなすぎる……!
「お願い、早く……」
息を切らした足音が止まる。
その場の空気が僅かに揺れた。
呼吸すら重い戦場が、軽くなった。
歩乃華は。いや、歩乃華だけじゃない。
その場にいた全員が振り向いた。
「ただいま戻りました。……歩乃華」
膝をつき、優しく微笑む彼は──
「……フジ、くんっ!!!」
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