戦禍の中で
……壮観だ。
城壁の上に立ち、下で整列している兵士たちを眺める。
国の兵士達だけじゃない。冒険者だって、この国を守るために立っている。
それがどうも好ましくて、苦しかった。
「総員! 礼!!」
騎士団長が、空気を揺らすほどの大きな声で叫ぶ。
兵士達は揃った様子で、そして冒険者はそれらしい風貌で礼をする。
今から始まるのは、大統領演説。
周りには、騎士団長だけでなく大司教や、ギルド長。そして話したことは無いけど商人組合長など、この国の重鎮が集まっている。
ガトナ領主はいない。
歩乃華は場違い感をひしひしと感じながら、慣れた様子のネオの横に立っている。
魔物はまだ見えない。だけど、奥の奥の方で、煙が出ているのがわかる。
歩乃華は恐怖で手足が震える。
もうどうしようもないのに。
「皆の者。まずはここに集ってくれて、ありがとう……」
大統領の言葉は頭にすんなり入ってくる。
そう、分かりやすく──鼓舞していた。
お国のために命を捧げよ、とまでは行かない。だけれど、それに近しいことを喋っていた。
わかってる。これは戦争だから。
それでも死なせたくなかった。
だから──
「歩乃華くん。……喋れるか?」
私は頷いて、足を踏み出す。
この国の人を助けたいと思うのは、ただの偽善心なのか、嫌われたくないからなのか。
そんな理由なんて、ないといいな。
「皆さん、初めまして。私は送り人の──小暮歩乃華です」
ドッと会場が話し声で歪む。
訝しげな目と、落胆の目。そして喜びの目。
全ての目に晒されつつも、歩乃華は"教育"の賜物で怖くなかった。
そしてそれを逆手に取り、その場を支配するつもりで話し始める。
「──私は、皆さんを救います」
場が一気に静まる。
出ていた噂話を利用するなんて、申し訳ない。
本当の私は初歩的なものしか使えないけど、勘違いしてくれるならそれはそれで使える。
……してやったり。
「大統領の仰った通り、今は危機的状況です。ですが、私は私の持てる力を尽くして、皆さんを支えます」
中身なんてなんでもいい。
前を向かせられれば、それでいい。
私は大統領のように鼓舞させることはできない。
だけど、安心させることはできる。
「皆さんに、犠牲を払わせません」
──払わせたくない。そんなの、当たり前だよ。
「私は見捨てません。できる限り、絶対に!」
「みんなで手を取り合い、戦いましょう! 絶対に、皆さんを──救います」
根拠もなければ信頼もない。
そんな中で飛び出た言葉を、通常なら誰が信じるのだろうか。
……でも、今は違う。
ワァァァァァァァァ!!!!!
耳がはち切れるような歓声。
こういう体のいい言葉を、人は求めているのだ。
騙しているような気持ちになる。いや、騙している。
私は全員なんて救えない。
それでも、言った。
だって、人の気持ち次第で戦況は変わる。だから、どうか……許して欲しい。
歓声も、輝くような瞳も、歩乃華の胸を抉った。……ごめん、なさい。
信頼に値する人間なんかじゃ、ないのに。
歩乃華が後ろに退くと、代わりに騎士団長が前に出た。
話を聞こうと思ったけど、その元気はもうないみたい。
「良かったですよ、送り人様。お疲れ様です」
こそっとネオが労ってくれる。
その言葉に感謝しつつ、さっきよりも近い場所で燃えているのを見た。
もう、始まる。いや、始まっていたんだ。
「総員! 配置につけ!!」
騎士団長を横目に見つつ、歩乃華は彼に声をかけた。
「お願いしますよ、"裏"」
「はぁ、やっぱお前って見つけるの早くね」
「影が歪んでいたので」
「……普通は気づかねぇって」
裏は文句を言いつつも、影のような何かを飛ばす。
影はいつの間にかコウモリを象っていて、下で立っていた騎士の影に潜った。
「企業秘密だぜ」
「聞きませんよ」
前にあった時よりも、よく話してくれると言うか、調子が軽いというか……。
割とこの人は、私のことを好意的に見てくれているのかな?
「団長! 魔物の姿が見えました!」
「魔法師団! 義兵団! 攻撃用意!!」
ローブを着た人々が、杖を掲げながら詠唱を始める。
ネオはその中の先頭に立っていた。
魔物はまだまだ遠いけど、それでも迫ってきているのがわかる。
先頭で歩いているゴブリン達はもう、肉眼で捉えられた。
「──発射!!!」
騎士団長の声に合わせて数多くの魔法が飛び出る。
火の魔法や風の魔法だけじゃない。本当に多種多様な魔法が放たれている。
「……虹みたい」
全員が命をかけて、出来た色。
場違いだとわかっているのに。
どうしてもそう見えてしまった。
夜空に流れるそれは、似つかわしくないほど輝いている。
魔物の命を奪う光なのに、どうしてこんなに綺麗なのか。
魔法は次々と魔物達にぶつかっていく。聞こえない距離だけど、断末魔が聞こえてくる気がした。
魔物が燃えて、切り裂かれて、潰される。
まるで一種のダンスのよう。
勝てるかも、しれない。
その瞬間、歩いていたブランベアが突進してくる。
それによって、多くの味方が空に飛んだ。
そんなっ!
ブランベアは魔法使い達が魔法で対処する。
……お願い、撃ち続けて。
魔力が尽きる、その瞬間まで。
魔力は時間で回復する。
……まだいけるよね。
交代すれば、持つはずだ!
「ま、長くは持たない作戦だな」
「わかってます。でも、私達は殲滅を目的としてる訳じゃないでしょう?」
私達の最終目標はアビスアイを倒すこと。それか、封印でも構わない。
とにかくこの災厄さえ終わらせられればいいのだ。
「アビスアイの場所は掴めましたか?」
「無理だ。瘴気が満ち溢れてて、断定できない」
アビスアイも瘴気そのもの。
戦場に溢れた瘴気によって、誤魔化されていた。
「ぽいとこは、だいたいダミー。正直絞れねぇな」
「方法は任せます」
私には、裏が何できるかなんて知らないから。
「それで、アビスアイについての調査報告だけど……」
……馬鹿げた力だ。
タリアが魔物を生み出す目を潰してくれていなかったら、もっと地獄だったかもしれない。
魔物はいるだけで、脅威だ。
1つしか、って言っていたけど、あなたは多くの貢献をしたよ。
「弓兵、騎士兵、義兵団は攻撃用意!」
歩乃華は慌てて戦況を確認する。
「想像以上に戦線が下がるのが早いな。計画見直し必須だ」
高威力の魔法でも抑えられないなんて……。
早すぎる。来るのが、早すぎるよ。
冷静な裏と対比するように、歩乃華は慌てる。しかし、それを無理やり押さえ込んだ。
進行スピードに驚いた騎士が、想定外の動きをする。
それによって前衛の騎士が一人、バランスを崩した。
私が言った言葉が、完全に嘘になったような錯覚に陥る。
瞬間、狙って魔物が襲いかかってきた。
しかしそれをフォローするように、弓兵と魔法使いが魔物を押し退ける。
これは、まずい。
「裏、騎士団長に伝えてください」
考えないと……。
まだ間に合う。いや、間に合わせる。
──混ぜよう。
部隊を3つに分けて、戦線を下げないようにしたらいい!
「……ん、伝えた」
城壁の下で戦っていた騎士団長は、少し悩んでから叫ぶ。
急遽だけど、統率が取れているからか3部隊が組み立てられていく。
義兵団も仲間同士を中心に別れている。
なら、魔法使いたちには私が……いや、ネオさんの方がいい。
「ネオさん! 魔法使い達も3部隊に……」
「……なるほどですね。すぐ組み替えます。あと、騎士団長に伝えてください」
魔法使いたちはおおよそ魔力が切れました。その間3部隊に分けておくので、死ぬ気で耐えてください。
歩乃華はそれを裏に伝えてもらい、戦況把握に戻る。
魔力が残っている魔法使いがサポートしつつ、一部隊目が戦線を持ちこたえる。
指示が1本にまとまる。
……さっきよりも動きが良い、と思う。
赤く輝く魔法が、魔物を怯ませる。
ズバッ
その上から騎士が切りかかった。
大量の鮮血を浴びる。その後、兵士は次の敵に視線を移した。
しかしその背後から魔物が飛び出る。
魔物は兵士に傷を……与える前に倒された。
弓兵による攻撃は早くて、正確だ。
騎士達の足元は赤く染っている。
それでも、凄く輝いて見えた。
戦場に鳴り響く金属音。
焦げた肉の匂い。
飛び交う魔法が眩しくて、視界が痛い。
呼吸は、なぜだか肺を蝕んでいるような気がした。
2つ目の部隊に向かって、敵の魔法が放たれる。
歩乃華は慌ててそれを伝えてもらうが、……間に合わなかった。
人の体が、紫色の炎で燃やされる。
教会の人間が慌てて消火し、回復魔法をかけた。……あの様子だと、後遺症は残るだろう。
もしかしたら、死んだ人もいるかもしれない。
目の辺りにすると、やはり痛い。
胸も、胃も、全部が。
私が祝福を使えば……助けられる。
だけど敵まで回復させてしまったら、いい事なんてない。
私は助ける力を持っているのに、助けられなかった。
──違う。助けなかった。
戦場にたっている兵士と、歩乃華は目が合った気がした。
なぜ助けなかったのか、責められているような、怪しまれているような。
……苦しい。
「送り人様。魔法使いの部隊分けは終わりました。なにか手伝えることはありますか?」
心を痛めている歩乃華の元にネオがやってくる。
「いえ。今はとりあえず何とかなりそうです。……あ、魔力結晶の方はどうですか?」
「えぇ、足の早いものたちが戦場を駆けて集めてます。……助けられる、でしょう。多分」
……。
言葉にできない。
歩乃華は嬉しくて、涙が溢れそうだった。
──私は、兵士を助けなかったのに。
実はあの日以来、フジくんの元へ行っていない。
声をかけてあげて、とタリアに言われていたのは覚えている。
それでも、見せられる顔なんてなかった。
……会える。やっと。
こんな場所だけどね。
「そんなお前に絶望の知らせだ。来てるぜ、化け物が」
──戦場から月明かりが消える。
音が、消えた。
戦場なのに、誰も動かない。
……すごく、熱い。
歩乃華は流れるままに空を見上げる。
──空が燃えている。
見上げた先にいた"それ"は……。
赤い翼をはためかせる"ドラゴン"。
「A級フレアドラゴン。今からが、本番の始まりですね」
さっきまで戦場は、数が多すぎただけ。
そっか、今から……ね。
翼がはためく度に、空気が焼けていく。
息を吸う度に喉が焼ける。
歩乃華は乾いた笑みをこぼした。
手が動かない。心音が、うるさい。
……うるさい、うるさいよ。
ドラゴンの咆哮。
それに呼応するように熱波が押し寄せてきた。
──あぁ。
やっぱり。
この世界は、優しくない……!!
──私も、だけど。
本日、21時30分にも更新予定です。
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