セイリューは選び直して
「お願い! フジを助けて欲しいの!!」
「ぼんだって助けたいのは山々なんよ? でもガトナ領主は……嫌だ」
カンナはほぼ寝ずに馬車で駆け抜けて、ようやく今コルンの町に着いた。
残しているフジと歩乃華が心配だ。それに、早く援軍を連れて帰ってあげたい。
だから、セイリュー先生と会話しているけど……。
「お弟子さんの恨みがあるのは分かります。でも、……フジを助けるには、戦力がもっと必要で……っ」
「わかってるんよ。ぼんがいれば正直百人力やもん。でも、体の中から拒否してるんよ」
セイリューは唇をひくつかせながら紡ぐ。
「間接的にもガトナ領主を助けるなんて……出来ない」
正直、断られるなんて思ってなかった。
セイリュー先生は優しい方だから、フジのためになら助けてくれるって。
それに頼ってって、言ってくれたから。
でも、そんなにガトナ領主のことは助けたくないの?
……泣いてしまいそうだった。
セイリュー先生にも事情があることくらいわかってる。
でも、フジのためになら助けてくれるって、そう思ってたから。
肩を落とし、震えるカンナ。
その姿を見て、セイリューも心を痛めた。
助けたい。その気持ちに嘘はない。
だけど、ガトナだけは許せなかった。
宿屋に沈黙が落ちる。
聞き耳を立てている冒険者達も、誰だって居心地が悪かった。
セイリューは口を開こうとするが、何も言えない。
手伝う、助ける。
それ以外の言葉では、カンナを元気にさせる方法がないのだ。
このまま、2人の関係に溝ができるのは……。
「アタシの宿屋で、辛気臭い顔はやめてくれる?」
彼女の声がなかったら確定事項だったはずだ。
「聞き耳立ててる奴らから聞いたわ。アタシ的には何迷っているの? って話しよ」
リーミネは腕を組みながらセイリューに問いかける。
力強いその瞳は、正義そのものだった。
「アタシが思うに、あんたはガキのように言い訳して、ガトナの野郎を嫌ってるだけ」
正しい言葉がセイリューの心を突き刺す。
セイリューは未だ過去に囚われているだけ。それくらい、己自身もわかっていた。
「そもそも、間接的にも助けるのが嫌なら、あんたはここにいないわ」
「せやね。ぼんだって、ここにいなかった時あるんやし」
カンナは顔を上げる。もしかしたら、助けてくれるのではないか、期待して。
しかしセイリューの顔は未だ曇っていた。
「でも嫌なんよ。理屈やない。心が拒んでる」
それほどまでに、恨んでいるのだろうか。
お弟子さんのことを大事に思っているから、そうだと思うけど。
でもどこか、違和感を感じる。
「強情ね。ならアタシが教えてあげるわ」
ツカツカとセイリューに歩み寄り、リーミネは当然のように口を開いた。
「セイリュー。あなたが本当に嫌がっているのは、ガトナ領主を助けることじゃない。
──目の前で誰かを失うことよ」
目の前……?
リーミネの言葉に、カンナは理解ができなかった。
セイリュー先生の弟子が、ガトナ領主とフルシベル家の戦争で亡くなった。
それはカンナだって知っている。
有名な戦争じゃないけど、フルシベル家の一員として。
でもこの戦争に参加したのは、セイリュー先生のお弟子さんだけだ。
フルシベル家の資料ではそうなっている。
……まさか。
「ぼんはその時、仲介のために行ったんよ」
基本中立的立場の強者。
そしてガトナ領には、セイリューの弟子がいた。
早く終わらせたいフルシベル家は、セイリュー先生にお願いしたのだ。
仲介して欲しいと。
『セイリュー先生、どうか、お願い致します……』
頭を下げる長老は、重々しく、上に立つものの目をしていた。
とても、好ましい。
「ぼんだって、弟子を戦争から退かせたかったんよね」
『ええよ。ぼんが、終わらせるのに一役買ってやんよ』
なんて事ない。またいつものように、間に入ればいいだけ。
セイリューは簡単に思っていた。
「戦争は、結果的に終わったんよ。ぼんにとって、……最悪な形で」
『……なんなん、この匂い』
ガトナ領主に会いにいくために、セイリューはガトナ領に足を踏み入れた。
屋敷に近づく度に増える血の匂いは、何故だか胸騒ぎがする。
『どーもー、事前連絡とおりぼんが来……』
「ぼんが見た景色は、アイツが死ぬ姿だった」
「そんな、目の前で……」
カンナの唇が震える。
大切な人が目の前で死ぬのは、想像以上に苦しいことだろう。
理由は、わかってる。だけど、身勝手だってわかってるけど……。
私はフジを助けたい。そのために、セイリュー先生の力を借りたいんだ。
「ぼんの初めての人殺しは、その時やったんよね。無我夢中というか、殺るしかなかった」
ガトナ領の兵を、セイリューが殺した。
中立だったセイリューが、フルシベル家の仲間になることと同義。
戦争は、フルシベル家が勝つことで終わったのだ。
「ほんと、何度聴いても酷い話」
リーミネは流れるように舌打ちをする。
"ガトナ"を嫌うのはリーミネも一緒だ。
許されるなら喜んで石を投げるくらいには。
「でもね、知らない場所で大切な子が居なくなるのも、辛いのよ」
宿屋のオーナーとして、リーミネはたくさんの冒険者と会ってきた。
バカな子達も多かったけど、全員大切な仲間だった。
「人はいつか死ぬ。それでも、助けたいって手を伸ばすのが──人間」
もしもの話は、後味を悪くするだけ。
「過去は変えられない。だけど未来は変えられるの」
──自分達の選択次第で。
その言葉を聞いた途端、セイリューとカンナは胸を射抜かれたような感覚を得た。
過去は変えられない。
セイリューの弟子は、どれだけ願っても、ガトナを恨んだって……帰ってこない。
でも、フジは生きている。まだ、助けられるのだ。
自分が選ぶことで、助けることができる。
逆を言えば、選ばないことで、死なせてしまうのと同義だ。
「……わかってる」
絞り出した声は掠れていた。
「わかってるけど、怖いんよ」
自分を守るために吐いた言葉。でも、自分の言葉のように思えなかった。
誰も、何も言えなかった。
セイリューは、もう気づいていた。
もう、自分は答えを出していたんだと。
「助けられるのに助けないのは、アイツに怒られるか」
憑き物が落ちたような、清々しい顔でセイリューは微笑んだ。
「ぼんも戦うわ。カンちゃん、ごめんな」
「……っ、ありがとう、ございます」
カンナは知っている。
セイリュー先生は、強い。それこそ、ブランベアくらいなら片手で倒せるほど。
よし、あとは中心に戻って魔物を倒す!!
そして──絶対に、助ける。
そう意気込んでいるカンナの元に、最悪の知らせが届く。
「大変だ! 魔物が、ガトナ領の──」
その言葉を聞いた瞬間──
カンナの視界が、ぐらりと揺れた。
本日、21時30分にも更新予定です。
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