猶予の終わりで
本日、朝と夕方にも投稿しております。
嫌になるくらい、平和な朝がやってきた。
寝ていたはずなのに、酷く頭痛がする。
「アビスアイについて、調べないと……」
アビスアイ……。
私の口から無意識下に言葉がこぼれる。
そうだ! 私はただ寝ていたんじゃない。夢の中で、タリアと喋っていたんだった!
一気に視界がクリアに変わる。
歩乃華は急いで、残された時間の使い道を考える。
その時だった。
今日はやけに、外が騒がしい。
何かお祭りでもあるのだろうか? 歩乃華はそんな軽い気持ちで部屋の窓を開けてみる。
「送り人様! どうか娘の病を治してください!!」「わしの腰を直してくだされ!」「僕の足を動かせるようにしてください!!」「私の病気を治して!」
多くの人だかりができている。それは全て送り人──私を呼ぶ声だった。
あまりの人の多さに、私は思わず腰が抜ける。幸いにも民衆は開けられた窓には気づかない。
教会の扉の前で叫ぶだけだった。
「な、なにこれ……?」
あの人達は、助けを求めている。そのはずなのに
──責められている、ように感じた。
戸惑っている私の元に、1人のシスターがや やって来る。
「送り人様! お目覚めになられましたか!」
シスターは安堵したように笑い、手を差し伸べる。
……見たことない人。
歩乃華は悩んで、手は取らなかった。
「あのっ、これってどういう状況ですか?」
「よく分かりませんが、送り人様ならどんな傷も病気も治せる、という噂が国を騒がしているんです」
どうしてそんな噂が?
頭を抱えている歩乃華の元に、ドッタンバッタン大きな足音。
「迎えに来たわよっ! 歩乃華ちゃん!」
「時間が無いので話は後です!! ……え、あなた誰ですか?」
チューネと、その肩に乗せられたネオがやって来る。
前髪が張り付いており、切羽詰まった顔。
時間は残りわずかと言うのに、一体何があったの?
「まぁ貴方が誰かなんてどうでもいいです。送り人様、来てください」
急な登場に呆けた顔していたが、シスターは慌てて歩乃華の手を掴んだ。
痛いっ!
逃がさない、とでも言うように。
……強い力だ。
「こ、困ります! 私は……そう、大司教様から頼まれていたんです!」
明らかに嘘だ。
ネオとチューネも冷めた目で見ている。この人が何者か、なんて分からない。
だけど、信用出来ない。
「ごめんなさい。私は、ネオさん達と行きます。大司教ならわかってくれますよ」
手を無理やり振りほどいて、チューネの胸に飛び込んだ。
「はぁい。じゃ! 私さん達は行くわね!」
チューネは優しく抱きしめ、全力疾走で教会内を駆け抜ける。
そしてそのまま、大統領の待つ場所までノンストップで走るのだ。
シスターが、手を伸ばす。
しかし、その手は空を切った。
「急な訪問失礼しました。では、何があったのか、ですが……」
──魔物が、予想よりも早くタリスの街に近づいています。
「ガトナ領の村で被害って……! 1番近い村ですよね?」
あの村はコルンの村とは、別の意味で記憶に残っている村だ。
でも、あそこが魔物に襲われたなんて。
「えぇ。一応、ガトナ領の私兵が食い止めていますが……、時間の問題です」
私は、まだ時間があると思っていた。
冷や汗が流れる。今は、カンナちゃんもいない。
もしそんな状態で、壊滅状態にでもなったら……。
「後どのくらい持ちますか? そして、村の方々は?」
泣き言なんて、言ってる暇は無い。
フジくんを助ける為にも、頑張らないと。
「……村の方々は女性と子供を中心に城壁の中に逃げています」
そして言いづらそうに目を逸らし、口を開いた。
「夜。予想は今日の、夜ですね」
──嘘でしょ?
口から溢れたのは、そんな空っぽな言葉だった。
今日の夜だなんて、一体今から何ができるんだ?
カンナちゃんが帰ってくるのは、ずっと遅い。その援軍を待つ間、私達は一体何ができる?
しかもキィナさんの友人が来るのは、確か明日だったはず。
魔物だらけの中本当に来てくれるのかな。
それに、最低でも今日は持たせないとまずい。
黙り込んだ姿を見て、ネオも眉を下げた。
「しかも、一部の民衆は貴方を求めて荒れています」
「そうでしたね、確か傷や病気を治して欲しいとか」
私が使える回復魔法はキュアだけだ。
それとも祝福がバレたのかな? 確かに荘園ノ祝福なら、治せそう。
「原因は昨日の訓練所で見てた輩ね」
チューネはやんなっちゃう! とプリプリ怒る。それに同意するように、ネオも口を開いた。
「えぇ。"送り人様は全てを癒すことができる"だなんて言われていますよ」
「待ってください、昨日の回復魔法でそんなこと言われてるんですか?」
さすがに解釈が広すぎる……。
頭が痛い。
だが、起きてしまったことは仕方がない。
対応策を、大統領達と共に考えよう。
三人は館の中へと入った。
「待っていたよ、送り人様。ネオ殿達も、ありがとう」
前見た時よりもやつれている大統領だ。
回りくどいことは、もう必要ない。
すぐに本題に取り掛かった。
「戦況はどうですか?」
「悲惨だよ。急いで兵が駆けつけているが、それでも魔物の量が半端じゃない。死亡者も増えている」
「それでは……戦線を維持するのは、難しいようですね」
「あぁ。持って今日までだ。……良い装備がないのも痛くてな……」
「装備品については……」
大統領と話を重ねていく。
装備に対する目処、民衆が荒れ始めたこと。
そして、少し迷ってから口を開く。
「……原因は、"アビスアイ"だと思います」
裏からも、タリアからも聞いた存在。
まだ詳しいことはわかってはいないけど、伝えた方がいいと思うんだ。
歩乃華の言葉に大統領は眉を顰める。
「聞いた事がないが……それは本当なのか?」
大統領でも聞いたことない存在なのか……。
歩乃華は首を縦に振る。
大統領は首を傾げつつも、わかった、と呟いた。
「そいつに対する情報を、とにかく調べよう。……いや、任せてもいいか?」
「もちろんです。大図書館の禁書庫になら、あるんじゃないでしょうか」
ただ私はS級冒険者なんかじゃない。
だからこそ大統領にどうにかして欲しくて目線を送る。
「良くないです。ですが、窮地ですから」
ネオはそう言って、一枚のガラス板のようなカードを投げてきた。
煌めく文字で書かれているのは──S級冒険者ネオ・ニール。
今一番必要なそれは、冒険者の身分を保証する冒険者証だ。
「チューネも行ってください。送り人様が身を隠して、チューネが喋れば司書くらいなら騙せます」
「わかったわ! 任せてちょうだい。善は急げ! 行くわよ歩乃華ちゃん!」
「えっ? あ、今から!? わ、わかりま……うわぁぁあ!」
チューネにローブを被せられたと思えば、肩に抱えられる。
理解が追いつく前に、チューネは走り出していた。
ま、まだ大統領に話せてないのに。
カンナが、今は中心にいないことを。
──フジが、魔力切れで眠っていることを。
まだ、誰にも言えていない。
5月7日からは朝:7時30分と夜:21時30分の2回更新に固定させていただきます。
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