忘れられた守り人で
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夢を見た。
そこはのどかな平原で、涼やかな風が吹いている。流れる川には鮮やかな魚が泳いでいて、思わず手を伸ばしてしまった。
「ごめんね、ソレ、偽物なの」
驚いて振り返る。ここは歩乃華の夢の中だ。誰もいないはずだった。
茶髪の少年は微笑む。目元はぼやけていて見えないけれど、明るそうな子だ。
「本当は直接会いたかったんだけどね。ごめん、送り人」
「あなたは誰ですか?」
歩乃華の長年の勘が告げている。彼はきっと人間では無い。
少年は歩乃華の問いかけに微笑みながら、そっと手を差し出した。
「僕はタリア。リスィール・タリア。きっとみんなから忘れられてしまっただろうけど、『タリス』の守り人だよ」
守り人。それは、国を守っている存在にして、歴史を伝える人。
それぞれ司っているものがあり、ソレを失わない限り、彼らは死ぬことがなかった。
「僕はもう弱くなってしまった。何百年も何千年も前に戦った頃よりも、ずっと」
タリアはすぐに気づいた。アビスアイの封印が解かれてしまったことに。
だからこそ、アイツが本当の意味で復活する前に、潰してやろうと思っていた。
「勝てなかったよ。1つの目を潰すことしか、出来なかった」
タリアは悲しげに目を細めた。その悔しさは、誰も推し量ることができない。
「3つあるんだ、あいつの"目"は」
タリアは顔を少しだけ顰める。
「1つは魔物を生み出す目、もう1つは従える目」
魔物を生み出して従えられるなんて……!
歩乃華は戦場で、いくら倒しても減らない魔物を思い浮かべて、嫌気がさす。
タリアの言葉が止まる。
「最後の1つは……」
目を伏せて──最悪だよ、と自嘲気味に言った。
「僕は生み出す目しか潰せなかったよ」
悔やむように手を握りしめて、自分に対して呆れたように笑った。
「僕は……周りから僕という記憶を消して、失ってまで力を尽くしたのに」
悲痛に歪むその声に、歩乃華は何もしてあげられなかった。
タリアのことは何も知らない。どんな言葉をかけても、それは安っぽい励ましにすらならないものだ。
歩乃華はそっとタリアの手を握った。
「……じゃあ、作ればいいんです」
だからこの言葉は、率直に思った言葉だ。
「覚えてもらえば、いいんです!」
みんなの前に姿を出して、名乗って、遊んだりすれば、その人となりはわかるはずだ。
歩乃華に手を重ねつつ、タリアは首を横に振った。
「ありがとう。でも無理なんだ。僕はもう動けない。忘れられてしまったから、動くことができないんだ」
今もまだ、誰からも見つけられない場所で眠っている。永眠は、死と変わりえない。
「でしたら私があなたのことを紹介します。人伝にでもあなたの存在が記憶されれば、また動けるのではないですか?」
「どうだろうね、僕はそんなことしたことが無いからわかんないや」
自分が作った訳じゃない自分の記憶で、また目覚めることができるかなんて分からない。
「でも、そうだったら嬉しいな」
タリアはくしゃっと笑って、ぼやけているはずの瞳が、見えたような気がした
「っと、僕の不幸話を聞いて欲しかっただけじゃないんだ」
タリアは仕切り直すように手を叩く。
そして流れるように草原の上に座った。歩乃華もそれに倣い横に座る。
「1つ目、フジくんの意識はあるよ。ただ魔力切れで目をあけられていないだけ」
「え!? どういうことですか!」
「……ちょっと、ね」
詳しくは、教えてくれなさそうだった。
歩乃華は大人しく引き下がる。
「魔力切れで、意識が深く沈んじゃったんだよ」
「放っておくと……。戻れなくなる」
生きているのに目覚めていない状態。それは意識を戻す方法が分からなくなっているのに過ぎなかった。
「だから、無理やりにでも意識を覚醒しておく必要があった」
タリアも永眠し、夢の中だけしか動けないのが幸をなした。
"フジ"という存在の深淵に侵入し、意識を上層部に引っ張りあげて、起こしたのだ。
「もう一人の付き人、カンナくんの記憶のおかげだよ。記憶は人の存在を象る大事なものだからね」
言っていることが壮大すぎて、歩乃華は理解が難しかった。だから、1つの情報に集中することにした。
「あの! フジくんと会話することってできませんか?」
力なく首を横に振った。
「無理かな、ここは君の夢の中だから」
タリアの力はあっても、人の意識を他の人の意識に連れてくることは難しいらしい。
「声は聞こえるはずだから、困った時は近くで話せばいいよ」
それは1番カンナちゃんに伝えたかったな。
今もフジくんの無事を祈って、頑張って駆け抜けているカンナちゃん。きっと今も、心配でたまらないはずだ。
歩乃華は胸の前で手をギュッと握りしめた。
「2つ目だよ。……ただ、あんまり時間は残っていないみたい」
タリアはそう言って、川の水を持ち上げて、下に流れ落ちないのを見ていた。
「夢はいつか覚めるもの。……さぁ送り人、僕が遺したアビスアイの情報を探して、上手く使ってくれ!」
寂しげに、なのに笑う姿に歩乃華は胸を痛めた。
ただ私ものんびりしている時間はない。目覚めなければいけない。
夢の世界にヒビが入る。もうこの謎の空間は終わる時が来たようだ。
歩乃華は立ち上がった。
「僕はしばらく力を貯める必要があるから、君を助けられない」
つられて立ち上がったタリアは、壊れゆく夢の世界に手を伸ばした。そして目を細めて、慈しむように歩乃華を眺めた。
「でも大丈夫。君は世界に祝福されている、神に祝福されている!」
地面はひび割れ、川の水は空へと上っていく。青かった空は破片のように砕け散り、無へと消えていった。
歩乃華はバランスを崩して、タリアとは大きく離れてしまう。
歩乃華は手を伸ばすが、タリアはその手を取らずに、空へと身を投げ出した。
「お願い、僕の国を、助けて」
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