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災厄が目覚める裏側で

 歩乃華がこの世界に送られる、ほんの少し前。一人の男が洞穴に潜っていた。

 黒いローブで体を隠している、青年くらいの身長。不思議な男は迷いなく洞穴を歩いていた。まるでこの場所を知り尽くしているかのように。

 辺りは薄暗く、男の作った光以外何も無い。


「あと少し……あと少し……あと少しで」


 ブツブツと怨念籠った声で繰り返す。しかしすぐに嗤った。自分なら、自分にならあと少しを埋めることができると信じていたからだ。

 よって、青年は"招かれた"。無名の洞穴の、本当の姿に。


 青年が壁に触れた瞬間、そこにかかっていた魔法が露になる。

 掛かっていた魔法は高度な多重封印術式。それは中にいるものを封印するためのものだった。

 しかし長い月日の流れによってそれは解れ、中にいるものからある程度干渉を受けている。


 中にいるものが大罪の一柱だとしても、出来るとは思えない。いや、封印されているのがあの魔物だからこそできたのだろうか。

 そうでなければ、普通の人間なんかには干渉すらできない。

 なぜなら封印術式の核を見つけて触れることが、人間技ではないからだ。億をおも越える偽装された核のなかから、正確に一つの核にだけ触れる必要がある。

 例えるなら砂に触れずに砂金だけを手に入れるような、そんな技術だった。


「さすがは旧王」


──期待通りだ。


 思わず青年も言葉を零してから、封印術式を解くことを始めた。


 ここに封印されているのは、初代送り人の時に大災害を起こした魔物。大量の魔物を己の目を使って操り、己の魔力で魔物を増やすことが出来るのだ。加えて大軍を指揮できる狡猾さと、視野の広さを持っている。

 かの魔物は、旧王とも呼ばれるほどの傲慢さを持っている、プライドの高いやつだった。

 いいや、訂正しよう。傲慢そのものであった。


 旧王『アビスアイ』。世界に魔物の災禍を作り出すS級の化け物。


──それは、災厄そのものだった。


 初代送り人と付き人によって封印されてから、人目もつかないこの地に閉じ込められていた。

 だが、何百年も何千年もの間誰からも封印を解かれなかったなんて、青年はありえないと考えている。

 しかしその答えも得ることが出来たのだ。


 アビスアイは封印を解く相手すら選んでいる。


 傲慢の名に恥じない。敬意すらも抱ける。


「だからこそちょうどいい」


 傲慢な青年は、選ばれる立場なんかに堕ちるつもりはない。相手の能力しだいで、自分が選ぼうと考えていた。

 だからこそ青年の胸の高まりは抑えられない。利用しがいのある魔物が、ここにはいる。いてくれる。


 術式に触れながら、青年は魔力を練る。しかしそれは到底術式を破れるほどの力はなかった。

 青年がしたいことはただ一つ、封印そのものを無かったことにする。

 封印なんてなかった。そうさせればいい。


 青年は術式全体に付与されている"保存"を破壊する。

 高名な付与術師だったとしても、付与だけに集中すれば誰だって破壊できるのだ。そうほくそ笑んで。


 付与術師とは別名仕上げの術師。完成された多重術式や武器などに、最後の仕上げとして術式をかけることを生業とする人達だ。

 普通の魔術とは違い、作られた物の上に重ねるのが付与。限られた精霊子で練るためどんな魔術よりも精密と言える。


 しかし精密だからこそ、脆いのだ。


 魔力の密度を極限まで上げて一点に集中させる。そしてそれを付与術式"保存"の弱い部分、つまりは術の繋ぎ目にぶつけることで、破壊するのだ。


 みんな頭が固い。わざわざ壊しずらい魔法を破壊しようとするなんて。


 保存さえできなくすれば、長い時が経過している魔法なんてすぐになくなる。


 男の目論見通り、保存されなくなった魔法は少しずつ崩壊していく。たださすがは初代付き人達だ、時間が経っているのに予想よりは崩壊していない。

 人間にはまだ壊せないだろう。人間には。



 ゴォォオオオ……



 洞穴が少しずつ振動していき、大地震とも血相ないほど揺れる。そして術式にヒビが入っていき、瞬く間に砕け散った。


 破片が宙に浮き、元の姿に戻っていく。

 術式に使う精霊子は元々、空気をかたどっていたからだ。


 青年が笑うと同時に突風が吹く。その風は鋭い刃になって、青年の額を傷つけた。

 額だけで済んだのは、青年が少し仰け反ったから。一歩遅ければ、そこに頭はなかっただろう。


『我は汝に問う。何故我の封印を解いた』


 聞いてるだけで悪寒が走る声。まともな人間なら逃げ出すような迫力をもっていた。


「それを教えるほど仲良くない」


 アビスアイと対話する時に、大事なことがある。


 アビスアイは傲慢だ。自分の問いかけたことに答えが返ってこないと力は貸してくれない。

 しかしこれは値踏みでもある。自分の問いかけにすぐ納得できる答えを言うものなど、家来でしかないと。


 青年は偶然、はたまた必然的に正しい答えを伝えた。


『我は汝に問う。何を望むか』


「教えてもいい。ただ君が相応しいかどうかで決める」


『我を侮辱するか、人間。しかしよかろう』


 対等とは認めていないが、格下でもない。そのためアビスアイは姿を見せた。


 所々破けたローブを羽織って、錆び付いた王冠が頭で輝く。額にも目があり、三つの目が同時に青年を捉えた。

 骸骨なのか、人間なのか。どちらでもない、ただの化け物だ。


──いや化け物ですらない。ただの、災厄だ。


 威圧感はシャレにならない。自分が生きていることを絶望させるような、そんな恐怖心を抱かせる最低最悪な風貌。


 しかし青年にはなにも効かなかった。



「共犯者になろうよ」


 そうほくそ笑む姿は正しく……──



………

……


 場所は変わり、そこは薄暗い闇の中だった。


「おかえりジィル。君でもやらかすことってあるんだね」


 黄土色の髪の毛を持ち、ニヤニヤしながらやってくる同僚。ジィルは溢れ出る殺意を必死にこらえて、返事も返さずに部屋へ戻ろうとした。


 ただでさえ送り人とのいざこざがあったのだ、もう疲れ切っている。


「待ってごめんねって! 教えてよ送り人のことー! 世界に愛されてた?」


 大柄の男がくねくねと体を動かすのは気持ち悪い。しかし、実力者であるのは確かだ。

 面倒ではあるがこのまま付きまとわれるのも嫌。

 ジィルは送り人がどんな奴なのか、何があったのかを端的に説明した。


「嫌われるのが嫌いな子かぁ……。僕の思想と似てるかもっ! 仲良くなれるかもなぁー!」


 いいや違う。根っこの部分が大幅に彼女とは違う。でも、"世界に嫌われた子"であるあいつにはわかるはずがないか。

 ため息混じりに顔をよく見る。

 両目は布で隠しているし、見ている肌は傷だらけ。一言で言えば、グロテスクだ。


「送り人にちょっかいだすのはいいけどさ、ボクらに迷惑かけないでネ」


「ルルル兄弟に迷惑かけたら……いいこと無かったからやんないよ」


 ジィルによるだいぶ嫌だけど地味な嫌がらせでしょ? ドミルの性格悪い魔法も辛いし、コウルの純粋な正論責めもキツかったなぁ。


 指折り数えるその姿に唾を吐きたくなったが、どうにかして飲み込む。

 やらないと言っているんだ、迷惑をかけてはこないだろう。

 まぁ送り人に会いに行く可能性はあるが。さすがにそこまでは知ったこっちゃない。


「そうそう、タリスの件なんだけどさ。手出しは辞めた方がいいと思うよ」


 真面目な口調で言われたそれは、予想の範疇のものだった。

 タリスの魔物の大量発生の原因であるアビスアイ。ジィルは知っている。全盛期の姿を、絶望を連れる旧王を。

 あの時の大災害を、肥沃の地では忘れられることはないと思っていた。もちろん結果は違ったが。

 誰かが意図的に情報を消したか、規制していると考えた方がいいだろう。

 ……いやそれか、アレになにかあったと考える方が自然か。


 大陸を代表とする大国には、それぞれ"守り人"と呼ばれる存在がいる。

 強大な力を持ち、シュティレなどの問題に立ち向かう化け物。生きる歴史と呼ばれる存在だ。

 守り人によってどのくらい意欲的かはまちまちだが、送り人が結界を貼り直す際には必ず力を貸している。


 ジィル自身にも、何度か争った経験があった。


 普段このような問題が起きたら、守り人がすぐに動いて問題解決に勤しむはずだ。

 しかしジィルが知っている限り、今回の問題に守り人の姿を見たことがない。

 昔の大災害を停めた立役者の一人なのに、何故……?


 思考に耽るジィルをニコニコと眺めながら、思い出したかのように手を叩いた。


「そうそう、精霊酔狂病の子を見つけたんだ! 僕はしばらくアルカリアにいるから色々とよろしくねー!」


「待って、ボクたちも目的の為に忙しいんだけど!?」


「大丈夫大丈夫! それに君がいてもいなくても送り人は死なないよ。──彼女は世界に愛されているんだから」


 根拠なんて存在しないクソみたいな話。

 それを彼は心の奥底から愛していた。彼自身が嫌われているからこそ、そう思うだけなのかもしれないが。


 話しているだけで頭痛がする。心の底から死んで欲しい。


 自分基準で何もかも話すな。お前が世界に嫌われすぎているだけで……。


 煮えたぎるような感情を抑えるため、唇を強く噛む。

 それでも睨みつけてしまうのは、自分がまだ弱いからだ。その事実がより悔しい。

 そんなジィルの感情には知らないフリをして、彼は千鳥足でどこかへ歩いていく。


 その姿を、ジィルは何故か眺め続けていた。

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