引き返せない選択で
協力することに決めました! ただこれだけを大統領に言って上手く行くわけがない。こんなことになるなら昨日承諾しておけば良かった、なんてね。
歩乃華を後悔が襲う。しかし後ろを向いている時間などは存在していなかった。
大通りを真っ直ぐ歩けば着くため、歩乃華は思考をとにかく回転させる。
正直、お互いのためにも魔物は討伐した方がいいのはわかってる。でも、簡単にいかない。
まず交渉から始まるのは容易に理解できる。
相手的には、どう私──送歌ノ祝福を利用するかが鍵になるだろう。
私的には、味方の数も資金も大統領に頼らないとどうにもならないから、そこを明確にしなければいけない。
いいやそれだけじゃないかも。カンナちゃん達付き人の存在も大切だ。
フルシベル家には里とかあるって言っていたし、色々と発言権があることはわかる。
相手的にはフルシベル家の支援も欲しいだろう。
例え私が送り人だとしても、それを勝手に交渉のカードにしちゃいけない。だとしたら、決定権がないことを隠しつつ、それを仄めかして私にとって有利な場を作る必要がある。
この時に大切なことは、相手に不信感を持たせないこと。
考えられる範囲で相手に不信感を与える要素は、フジくんもカンナちゃんもいないことと、私が子供であること。
でもこれは誤魔化しようがないし、どうにかできる要素じゃない。
そしたら素直に伝えるべき? いやでも下に見られる可能性もある。
あくまでも選択権が私にあるようにしないと、いい条件は引き出せない。
残りの思考は、話しながらしかないな。
二回目となる大きな屋敷の前で立ち止まる。嫌な汗が流れて、血流が鈍くなったような錯覚。
重い足を動かして、中へと入っていった。
………
……
…
案内された部屋は前と同じだった。
居心地の悪さは増しているし、今回は歩乃華一人ということが余計心を突き刺している。
大統領も忙しいようで、少しだけ待っていてくださいとメイドさんに言われた。
一息つく間があるのは嬉しいけど、余計に緊張してくる……。
緊張を和らげるために、紅茶の中をスプーンで混ぜた。
……。
向こうと手を組むと決めたんだ、紅茶を飲まないのは、失礼にあたる。
歩乃華は1口、出された紅茶を飲む。暖かくて、茶葉の香りが緊張をとかしてくれた。おいしいな。
扉の近くに立っているメイドが、急に動いたかと思えば扉を開ける。
誰が来たかなんて想像するまでもない。豪華な服に身を包んだふくよかな大統領だ。
大統領は外から帰ってきたばかりなのか、羽織と帽子を脱いでメイドに手渡している。
忙しいというのは嘘でもなんでもなく、本当のようだ。それに心做しかやつれて見える。
「さっきまで会合があったものですから……。それで、送り人様が来たのは先日の件ですかね」
ソファに腰を沈めて、無駄な会話を嫌うように率直に話題を出した。
歩乃華としても同感だったため、そのまま話題に移っていく。
「急に押しかけてしまってすみません。先日の話を聞いてから、私達は魔物討伐に協力することに決めたんです。ですのでその詳しい話を進めていきたいなと思いまして」
申し訳なさそうに言葉を紡ぎながら、相手が何を言ってくるかを予想する。
歩乃華にとって話し合いは穏便に終わった記憶が無いのだ。目線は極力相手から晒しちゃいけないし、警戒されるような行動をとってはいけない。
あくまでも自分が選択権を持っていることをアピールしないと、大統領はフェアにやってくれないだろう。先日も、子供と言っていたから。
「こんなにも早く決断して頂けるとは思っていませんでしたよ。……ちなみに、どうしてこんなに早く心変わりしたのかお聞きしても?」
当たり前の疑問。そして訝しげな目。大統領は歩乃華を信用していないのが分かりやすかった。
歩乃華はとにかく違和感を持たれない程度に思考をめぐらせる。
情報をどこまで出すか? フジの状態まで出してしまったら、相手に有利な場になってしまうな。
ゆっくりと紅茶を口元に運ぶ。そろそろ決断を出す時が来たようだ。
「元々悩んでいたのもそうですが、高純度の魔力結晶が必要になったんです。だから選択を決め切る事が出来ました」
ちょっと危険な賭けだったかもしれない。魔力結晶がこの世界にとってどんな物なのか、まだ把握しきれていないのに出してしまったこと。
しかし良い判断だったようだ。大統領は警戒を少しといてくれたような気がする。
「そちらにもメリットがあるなら、こちらとしても頼みやすいですよ」
大統領としても、相手の目的がわかるのはありがたいことだった。後から色々と条件を課せられたら厄介だからだ。
「ただ高純度の魔力結晶はどのくらいのものを想定していますか? こちらとしても魔力結晶は貴重なので、ある程度の量は欲しいのですが」
歩乃華は返答に戸惑う。ポーカーフェイスだが、内心汗ダラダラだ。
馬鹿みたいな量を要求する必要がある。なんならいくつかはプラスで貰っておきたい。
「B級のものだったら最低二百とか三百くらい欲しいですね……」
魔物の大量発生がどのくらいを指しているのか分からないけど、最低限それは欲しい。
歩乃華は不安げにチラチラ大統領の顔を覗き見る。断られたら……だいぶ困る。
そんな歩乃華とは裏腹に、大統領はホッとしたような顔をした。
「そんな遠慮しなくてもいいですよ。魔物達は総勢三十万ほどいますし、B級も五万体程は確認済ですから。こちらからはそうですね、二万や三万くらいなら渡せますよ」
大統領の言葉が耳に入った途端、行儀悪くもクッキーの欠片を落とした。もちろんバレないように拾ったが、歩乃華の頭はそれどころじゃない。
今大統領三十万って言った? あの魔物が?
冗談……だよね?
そしてブランベアみたいな魔物が五万いるって?
ここで良かった、どうにかなった! みたいに楽観視できるほど歩乃華は強くない。
冷や汗が止まらなかった。
もっと調べておけばよかった。後悔後先たたずとはこの事か。
大統領の協力はあるとはいえ、三十万? 勝てるのかそれは?
普通に死ぬかもしれない。流石に想定外だ。いや自分が軽く見ていたのが悪いけれど。
頭を抱えたくなることを必死に堪えて、歩乃華は思考を破棄した。
もう……どうしようもできないから。
「……あは、ありがとうございます。それじゃあ詳しい情報とか教えてください」
乾いた笑いを隠せなかった歩乃華を、大統領は苦笑する。具体的な数は公表していないが、大量の魔物が発生したことは言っていた。だからこれは単なる情報収集不足。
大統領からの評価が下がる、彼は冷酷だった。
「まず、魔物具体的な総数は三十万程。見えてるものだけなのでもっといる可能性もあります。あまり信用しすぎないでください。そしてその魔物達は隊列を組んでおり、正しく魔物軍と言えます」
隊列を組んでいる。それが意味することは、間違いなく指揮官がいるだろうこと。そしてB級の魔物が五万体ほどと言っていたことから、指揮官はA、いやS級くらいの力を持っていると思われる。
いや待て、指揮官は本当に魔物だけなのか? 人間でも祝福や魔法でどうにかできる可能性だってある。
指揮官はいるだろうけど、視野は狭めないようにしないと。
「魔物の種類は多種多様で、その中でもやはりゴブリンやオークが多いです」
混合軍……。魔物自体が分からないから、戦闘方法とかも分からない。これは持ち帰ってカンナちゃんに共有しよう。
「現在はガトナ山地の麓から徐々に行動しているので、タリスに来るのは少なく見積って残り7日ほど」
一週間か。どれだけ大統領が準備してくれているかだけど、思ったよりも時間がありそうだ。
時間があるならば、私は私でできることをやろう。
「ありがとうございます。今のところ準備はどのくらいできていますか? 兵の数とか戦備とか……」
「ここにいる騎士が三万。魔法騎士が一万五千。冒険者が五千。義勇団が三千、錬金術師が二人ですね。教会に頼んで回復師を二百名ほど用意していただけています」
思っていたよりもだいぶ少ない、そう思っていることは大統領にすぐバレた。
苦々しげに笑う大統領は、大きくため息を吐いてから真面目な顔をする。
「すみませんね。本来ならばこの倍は兵がいるのですが、今は他国へ遠征していて」
なんでもタリスは肥沃の地に恥じぬほど、色んな資源に恵まれているようだった。そのせいで他国から助けを求められることが多いらしい。
「……我が国が恵まれているからと言って、あのクソ野郎ども」
大統領はよく思っていないのか、明確に顔を崩して悪態を着いた。
それのせいで今回戦力が足りなくて困っているんだから、大統領は不憫だろう。歩乃華は少々憐れんだ。
「これ以上の戦力の増強は無理となんですね、では装備はどうですか?」
「実は装備なんですが……」
大統領は言葉を淀む。
嫌な予感がじわじわときている歩乃華には、耳が痛い話だった。
「最新鋭のものの多くは向こうの兵たちが持っていますし、ここに残っていたものも"意図的に"壊されていたんですよ……」
「絶対それ誰かの陰謀じゃないですか……! もしかして装備……」
思わず歩乃華は立ち上がり叫ぶ。だって考えられないのだ、いや有り得ては行けなかった。
兵も少なくて装備もあまりよくない、それなのに敵は沢山いる。これを絶望と言わずしてなんというか。
「えぇ、お察しの通り今何とかかき集めている分だけです」
歩乃華はふらつき、力なくソファに座る。思わず頭を抱えるのも仕方ないだろう。
残り一週間で何が出来る? 三十万を殲滅なんてできないはずがない。
守ることに力を入れたとしても、ジリ貧だろう。
八方塞がり。いいや違う、本当はわかっている。ただの推測だが、三十万から耐え凌ぐよりはマシだろう。
「魔物達の、司令官を倒しましょう」
それが一番、現実的です。
「団体行動するぐらいですから、いる可能性の方が高いと思います」
大統領は少し驚き、笑った。ちゃんといる可能性に気付けていたことも、殲滅よりも格段にいい作戦になることも理解しているのだから。
それにもう十分値踏みした、その上で決めたのだ。今は戦力も欲しいし、変にさぐり合うのはやめてしまっていいだろう。
一度目をつぶり呼吸を整えてから、大統領は頭を下げた。
「子供だからと言って侮って悪かった。小暮くん、共同戦線をはろう」
突然な奇行に歩乃華は頭がついていけなかった。さっきまでと大統領違くないか? 敬語でもないし、急に謝るなんて。
歩乃華は思考を破棄する。考えるな、そういうものなのだろう。
「急に言われても困るだろうね。しかし君には頭を下げる価値があった。これまでの非礼を詫びよう」
そこまでの価値があったなんて思えない。たかが司令官を倒せばいいと言っただけなのに。
「一国のトップが簡単に言っていいのですか……そういうの」
「良くないだろうな、あいつに怒られる。ただ俺ももう疲れた。正直偉そうにするのも敬語も嫌なんだよ。他国のやつとかガトナがいる時は丁寧を装ってるけどさ」
嫌だとかなんだとか言っているけれど、大統領はこの国が好きだからやっているんだろう。そうじゃないと、やつれるまで働かないし私に期待して落胆もし無いはずだ。
単純に好ましい人柄だった。上に立つ者としての覚悟や技術がある。
「作戦をねろうじゃないか、小暮くん」
大統領と歩乃華は、ここで正しく手を組んだ。
──ここから先は、引き返せない。
本日は21時30分に投稿予定です。
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