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壊れる覚悟で

 路地裏だった。

 転移前と同じ場所。


 フジは横たわり、カンナは尻もちを着いている。

 ……全員、生きている。そう、思いたかった。


「も、戻ってこれた」


 安堵と同時に、全身の気持ち悪さと眠気が一気に押し寄せてきた。


 歩乃華は口元を綻ばせる。

 もちろん、ジィルは敵と分かっているけれど。


 ジィルは歪んだ笑みを浮かべた。


「今はボクの空間じゃないからネ、"この世界"の理に縛られるんだよ」


 この世界の、理に縛られる?


「……ネ、付き人?」


 ジィルの目線の先には、横たわっているフジがいた。転移で気持ち悪かったから、横になっていたんだと思っていた。


 ……まさか。

 嫌な予感しかしない。カンナも同じなのかすぐにフジの元へ駆けつけている。


「フジ! ねぇフジってば!!」


 カンナの悲痛な叫びが聞こえる。

 私は声を出す気にもなれず、両手で口元を抑えた。吐き気がする。


 震える手でフジの手に触れる。

 ……冷たい。


 生きている人の温度じゃなかった。


 カンナの叫びが遠い。

 ジィルの笑い声だけが、やけに鮮明だった。


 揺れた銀髪が、どうも憎たらしい。



「付き人は星の魔法含めて色々使ったからネ。ほら! 予想、ついてたでしょ?」



 私を、私を助けるために、フジくんは魔法を使ってくれた。

 つまりこの状態は……



「君を、助けようとしたせいだよ」



──私の、せいなんだ。


 息が上手く吸えない。喉がひゅっ、と情けない音を鳴らす。


 ジィルはお腹を抱えて笑う。そしておちょくるように、歩乃華の耳元で嫌味ったらしく囁いた。


「付き人も、"わかっていた"はずなのにネ」


 それって……。フジくんが自分の命の代わりに、私を助けたってこと?

 目の前が真っ暗になる。


 どうして、私なんかを助けちゃったの。



 歩乃華はもう耐えられなかった。自分のせいで、フジが……死にかけている。

 力が抜けて、歩乃華はその場に座り込む。


「ぉえっ……げほっ……っ」

 

 抑えきれずに、吐いた。


「きったなぁ〜い」


 ジィルの煽りすら耳に届かない。

 ごめん、ごめんね、フジくん。


──でも、このままじゃ……ダメだ。



「カンナちゃん……! とりあえず宿……いや、わかんないけど、フジ君を安全な場所まで連れていきましょう!!」


 フジを抱き抱えて呆然としていたカンナに、歩乃華は叫ぶ。口の不快感は拭ったって消えない。


 このままじゃ、本当に死んじゃう……っ!


 ジィルはボロボロになっている三人を笑っている。そして楽しげな足取りで、フジに近づいていった。


「どれどれ付き人は……なーんだ、本当にまだ生きてんじゃん」


 酷く残念そうに告げてから、ジィルは軽くフジのことをけった。


「お前っ!」


 カンナの顔が怒りで歪む。


「あ、怒っちゃった? ま、使えなくなっちゃったかもしれないしネ」


 しかしもう構ってても無駄だと頭を振って、歩乃華に向かって叫んだ。


「教会に行こう! そこなら治療してくれるはず」


 カンナはフジを背負う。そして二人で夜の街をかけていく。


 急ぎながらも、カンナは後ろで走っている歩乃華を気にしていた。

 そのせいで全力で走れていない。


「場所わかります! なので先に行ってください」


 カンナは悩んで……頷いた。

 みるみるうちに歩乃華とカンナの距離は開いていく。


 徐々にスピードが落ちていき、壁に手をつく。


 歩乃華も魔力切れ寸前だった。

 今にも瞼が落ちてしまいそうで……。


 でも、自分のことはどうでもいい。

 今は何よりも、フジのことが心配だった。


 優しく微笑んでたフジの顔が浮かび上がる。そしてすぐに霧散した。


 死ぬ一歩手前みたいな顔が、脳裏に焼き付いている。

 自分が……弱かったせいだ。


「可愛いお嬢さん、大丈夫ですか?」


 声をかけられて、慌ててそっちを向く。

 ……一瞬、時が止まったように感じた。


 長く重い、白い前髪が綺麗に流れている。


 声を出すのを忘れてずっと見つめてしまった。


「うーんと、立っているのも辛いでしょう、僕なんかで良ければ教会に運びますよ」


「ぁ、いえ……大丈夫です」


「そんな強がらないでください。……僕は、貴方の味方です」


 彼はそう言って、背中を摩ってくれた。

 優しいはずなのに、ぞわっと震える。

 撫でられた場所だけが、妙に存在感を放っていた。

 

「……じゃあ、お願いします、肩を貸していただければ」


「ふふふ、ええ。僕なんかの肩で良ければ。それに一応教会の人間なので、安心してくださいね」


 あくまでも紳士的にリードしてくれる。

 教会の人間、シスターとか司教か。失礼ながらそのどっちにも見えないのだけど、信用していいものか。

 っぐ、眠い。


 訝しげな目で見ていたことがバレたのか、彼は困ったように笑った。


「僕なんか信用できませんよねぇ。……僕はキィナ・フラビア。しがない偶像ですよ」


 偶像……? キィナさんはいったい何者なの?


「私は小暮歩乃華です。歩乃華が名前ですよ。ご自由にお呼びください。……それで、偶像とは?」


「歩乃華さんは知りませんか? その美しい御髪で偶像にされなかったのは、幸運でしょう」


 私の髪を愛おしいものであるかの如く優しく撫でる。その仕草が、どんなに美形でも少しだけ気持ち悪かった。


「教会では白と黒の髪が清いんです」


 き、清い?


「だから、偶像にされちゃうんですよ」


 人間越しに神様を崇めているのだろう。

 どことなくキィナさんも寂しそうで、複数人いるように見える。

 え? いや違う、眠すぎて焦点が合わないのか。


「人間を道具として消費するなんて、最低ですよね、本当に。ふふふっ。……と、関係ない話ですね」


 なぜだかその言葉は、自分の心に突き刺さった。

 結果的に、私は自分の命のためにフジくんの命を……。いやまだ、まだ決まったわけじゃない。


 歩乃華の心情には気づいていないのか、気付かないふりをしているのか、キィナは話を辞めてしまった。


「もし歩乃華さんがすごい立場の方でしたら、僕なんかが触れてるのってだいぶ不敬かも……」


「んぁ……っく」


「ふははっ、眠そうですね、僕なんかで良ければ運びますので寝てください」


「いえそんな……」


「大丈夫大丈夫。ちゃんと、連れていきますから」


 それでも拒んでいると、キィナはフッと笑って。


「うーん、ごめんなさい。歩乃華さんのためなので」


 神の御心のままに、聖者の愛を身に宿し、清廉潔白な我が叶える 緩やかなる眠りへ スリーピス


──おやすみなさい、魔力切れは嫌ですよね。


 最後に聞こえたのは、キィナさんが笑う声だった。


………

……



 柔らかな布に包まれて、暖かな気持ちになる。この良い香りは、お香なのか。凄く優しくなれそうな部屋だ。

 そんな部屋で、私は寝ていた。


「目は覚めましたか?」


 見覚えのあるこの人は、教会にいた大司教だ。

 心配をかけさせてしまったみたい、ただの魔力切れで。


「はい。すみません、心配かけてしまって。それで、ここは教会ですか?」


 昨日は確か色々あって……。そう、キィナさんに運んでもらったんだ。

 眠すぎて、大変だったな。後で感謝を言わないと。服も綺麗になっているし、何かの魔法かな。


 ……。


 あぁ、……ダメだ、何も考えられない。


 自暴自棄というか、自己嫌悪というか。


「ええ教会です。よかった、あなただけでも目覚めてくれて」


 その言葉に歩乃華は強く反応する。


「……つまり、フジくんは未だ……?」


「そうなんです。ずっとカンナさんが行ったりきたりでそばに居て、大変そうでしたよ」


 気まずそうな大司教を慮れるほど、歩乃華は冷静になれなかった。

 フジくんが目覚めない。


 それは、危ない状況にいるってこと?

 この状態的に死んでは無い……んだよね?


「私はただの魔力切れだったので元気です。カンナちゃんの所へ行かせてください」


 私の言葉に大司教は酷く驚いた顔をした。

 なんでも、"ただの魔力切れ"なんて言う人はいないらしい。


「限界以上に魔力を使えば……」


 大司教は少しいい淀む。


「廃人に、なる可能性があります」



 顔がどんどん引きつっていく。

 フジくんは、私を探すために無理したようだった。それに魔力が少ないと、悲しそうに言っていたのを覚えてる。



「覚醒していない魔力も多かったから、例外的に助かったんですよ、貴方は」


 安心させるように大司教は言うが、全然安心なんてできるはずない。

 私は良くても、フジくんは良くないんだ。


 どんどん自分のことが嫌いになっていく。罪悪感で吐きそうだった。

 歩乃華は無意識下で手の甲に爪を突き立てた。爪が皮膚を突き破っても、辞められなかった。

 痛みが足りない。こんなものじゃ、フジくんの命に釣り合わない。


「フジさんは凄かったですね、魔力はほとんど覚醒させていましたよ」


 どのくらい凄いのか、それ自体分からなくても、話ぶりからすごいことはわかる。

 魔力がほぼ覚醒、つまりは生命活動に必要な分まで使っているんだね。


「あの……フジくんの元へ行っていいですか」


「いいですが……罪悪感を無くすために、行くのは許しません」


 大司教の目は酷く冷たかった。大司教は知っているのか? 何故こうなったのか。

 少しだけ怖くなって、身を抱きしめた。

 ……だからこそより自分が嫌いになる。我が身可愛さに自分を守ってしまう、そんな自分が。


「概要は昨晩カンナさんから聞いていますよ。だからこそ言わせてください」



「あなたが迷っていたから、こうなったんです」



 大司教の言っていることは正しい。私が、昨日大統領から言われたことをどうするか悩んでいたから、カンナちゃんは連れ出してくれた。

 ううん、それだけじゃない。フジくんが魔法で探すはめになったのも、フジくんが空間で攻撃系の魔法も使ったのも。


 だめだ、また吐き気がする。自分という存在が憎たらしくて仕方がない。

 こんなことになるなら、どっちでもいいから早く決断するべきだった。

 大司教の言葉は正しい。責任の所在は全部私にあるんだ。


「下を向いて悩むことなら誰でもできますよ、送り人様」


 歩乃華は唇を噛む。そして、前を向いた。


「決断する必要があるのが、送り人です。あなたに、それができますか?」


 私にできるかできないかじゃない。やるしか、ないんだ。私は、大司教の前で頷いてみせた。


「……フジさんの元へ連れていきましょう」


 それ以上言葉を口にする元気もなくて、ただ大司教の後ろを歩くだけ。その足取りすら重くて、顔をあげることすら嫌だった。


 でも、もう後戻りはできない。


 広くて豪華な廊下は、どうも居心地が悪かった。

 無言のまま、大司教は一つの部屋の前で立ち止まる。

 そしてノックして、部屋に入っていった。私も追随する。


 入った部屋は全体的に白く、ベットや机などが置かれていて病室と言える部屋。目立つのは机の上に赤い綺麗な花があること。

 ベットの横では椅子に腰かけているカンナがいた。


「大司教……フジはまだ……。ぁ、歩乃華!!!!」


 隈があるカンナは元気なさげだったが、歩乃華を見つけて顔を歪ませた。

 勢いよく飛びついて、涙を流す。


 カンナはフジを連れて行って歩乃華を待っていた時に、寝ている歩乃華と出会って絶望したのだ。

 もしこのまま二人とも目が覚めなかったら、その恐怖で一睡も出来なかった。


「歩乃華が起きてくれてよかったよ。……あとは、フジだけ」


 カンナが横にズレると、そこにはベットで横になっているフジがいた。

 青白い肌と閉じられた瞼。生気がない、とでも言おうか。

 少しふらつきながら、布団から出ている右手に触れた。

 ……冷たい。でも昨日よりは、まだ暖かい。そうか、生きてはいるんだ。


「魔力切れを治す方法はありますか」


「……そうですね、自然治癒以外ですと、それは大変難しい……」


「構いません、教えてください」


 絶対にフジを助けたい。その為ならば、できることはなんだってやる。

 それに、今ここで止まる訳にはいかない。


 これは嫌われたくないからじゃない。


 私が、フジくんを助けたいから助けるんだ……!

 

 後悔でも、覚悟でも、どうでもいい。


 歩乃華はもう迷わない。

 ……助けられるのなら、自分が壊れてもいい。


「教えてください」


 もう一度。さっきよりも強い声で、大司教に問いかける。大司教は悩んで、でも歩乃華の選択を尊重した。


「……お教えしましょう」


 大司教は、重々しく口を開いた。


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