助けるために、抱きしめて
気持ちの悪い浮遊感。これは全て転移による現象だったと思う。まさか、ジィルがここまでの魔法の使い手とは思っていなかった。
自分ではなく他人を転移させるなんて、相当な高等技術だったはず。
いや、それよりも。
歩乃華をさらってフジをボロボロにした……
──絶対に、ただじゃ済ませない。
フジに肩を貸しながら、しばらく耐える。
すると次に目を開けた時には地獄が拡がっていた。
……ジィルってセンスないのかな。
こんな悪趣味なところに歩乃華を攫うなんてね。
赤い空に割れた地面。咲き乱れる彼岸花と棘だらけの蔓。吹いた風は頬を切り裂けるほど冷たくて鋭かった。
「よく来たネ。……あぁ、見つけるために星の魔法を使ったんだ。さすがだネ、魔力が少ないだけの天才」
カンナは反射的にアックスをブーメランみたいに投げた。
今は気絶しているフジだけど、聞くこっちも嫌だし絶対に聞かせたくないから。
「ごめんごめん、これは癖なの。ただ、彼女を止めるには二人の力が必要だろうし、起きてもらうよ付き人」
ジィルは指を鳴らした。すると、さっきまで少しも動かなかった指が動く。そして徐々に目が開いていった。
「……なんで」
フジは戸惑いを一瞬にして、状況整理に頭を回し始めた。
魔力切れで倒れたはずなのに、どうして起き上がっているの?
魔法関係に疎いカンナではよく分からない現象だった。
「空間の理はまだボクの手の中。この中なら君は動けるし魔法も祝福も使える。ネ、だからさ助けて。あの化け物から」
ジィルがあっけらかんと指を指したところにいるのは、膝を抱えて座り込む歩乃華だった。
カンナは反射的にそっちに向かって走る。考えるよりも先に、体が動いていたのだ。
すると横から長い蔓が伸びてきて、カンナのことを邪魔した。
反射的に避けるが、歩乃華のことが気になって仕方がない。
……怖がる小さな歩乃華の姿は痛々しくて、助けてあげたいと思う。
「祝福の暴走だよ。守るために暴れてる。……それで十分でしょ?」
ジィルはかなり嫌そうな顔をしながら言った。額から汗も流れてる。
困ったな、これじゃ歩乃華に近づきたくても近づけない。
「じゃあ、僕が蔓の動きを止める」
二本足でしっかりと立っているフジは、もう元気そうだった。少しだけカンナは安心する。
「神の御心のままに、早天に携え身を晒し、風の如く 吹き荒れろ! 黒風飛雨」
高く上がった右手から高純度の魔力圧を感じた。そして精霊達を的確に操り、暴風と称して異論ない風がフジを起点に吹き荒れる。
……その度に、肺が焼けるように傷んだ。
咲いていた彼岸花が風に巻き込まれて空を彩って、強く地面に打ち付ける雨はもはや避けられない凶器。
もちろん襲ってくる蔓に対しても、冷静に対処している。
カンナはフジの魔法が大好きだ。的確に、効率的に動くそれが。
よかった。
フジが、生きてて。
「次は僕だネ。僕が君を送り人の所まで転移させる。その間ボクは付き人の手伝いしとくから、君はどうにかして」
「わかったよ。私が歩乃華を助けるから、早く転移させて」
「気持ち悪くなるのに、強いネ。……送り人と違ってさ」
反論も何もする前に、カンナは歩乃華の横に飛ばされた。慣れた訳じゃないけど、今は気持ち悪くないからすぐに動ける。
カンナは歩乃華の真横。もちろん攻撃されるが、それはフジとジィルが弾いてくれていた。
だから何も邪魔はない。大丈夫、私は歩乃華に近づける。
「歩乃華っ!!!」
カンナは歩乃華に飛びつき、覆い被さるように抱きしめた。強く強く。
だけれども害意のないそれに、祝福は攻撃できない。
それを知らないカンナはラッキー! と思っていた。
「ごめんね、助けられなくて。早く帰ろ、フジもいるし。あと今日も女子会やりたいね」
歩乃華は何も返してはくれなかった。
戸惑って目を見ると、とても懐かしい目をしていた。
あの日、あの時の目だ。フジが星空の下で死にそうになってた日、私とフジが同じになった時。
全てを諦めたくないのに諦めていて、悲しみに満ちたその目。
対処法は一つしか知らない。それすらも間違っているかも知らないね。
だけど、それでも私は言いたかった。叫びたかった!!
「歩乃華のばぁか!!!!!!」
大きな声で叫んだからこそ、歩乃華はビクッとしてこちらを見た。ようやく、やっと見てくれた。
「は、え? ……カンナちゃん、一体どうなってるの」
キョロキョロと世界を見渡す歩乃華。
目覚めた所持者に呼応するように、蔓は動きが鈍くなる。それだけじゃない、心做しか彼岸花の数も減っていた。
些細なことにカンナは気付かない。だけど、思いは届くと信じて手を握った。
「何があったか、とかは置いといてー、伝えたいことがあるよ」
触れた手が強ばったのがわかる。体もどこかいつもより小さく見えた。
何を勘違いしているんだか、やっぱり歩乃華は少しフジと似ているね。
「何があったのか、私は知らない」
ジィルに変なことでも言われた、もしくは辛いことがあったのかもね。
すごい怖がってて、認めるのを嫌がってた。
だけど諦めていた。どこかで理解していたことなのかもしれない。
でもそれを心の底から理解するなんてこと、多分歩乃華には向いてないんじゃないかな。
「怖がらないで、諦めないで。たとえどんなに困難なことであっても、可能性はゼロじゃない。膝を抱えてないで立ち上がろう? 私もフジも歩乃華の味方だよ!!」
虚をつかれた歩乃華は戸惑う。カンナの眩しいくらいに真っ直ぐな姿に、歩乃華は居心地が悪そうだった。
「……ありがとうございます」
違う気がする。歩乃華は納得していないと思う。
表面上は納得したように、自分自身で洗脳みたいのをかけてる。
「うーん、まだなんか違う気がするかも。ね、歩乃華に何があったのか教えてくれない?」
その言葉に戸惑う歩乃華。それでも、少し躊躇ってから口を開き始めた。
本来の情緒ならしない弱音を晒すことを、混乱状態に陥っている歩乃華はこぼした。
「私は嫌われるのが怖いんです」
そう話し始めた歩乃華は弱々しかった。
………
……
…
言ってしまうことで関係性が崩れてしまうかもしれない。そんな怖さは未だに残っている。
だけれども、もしかしたらこの人なら、カンナなら受け入れてくれるんじゃないかなって、そんな期待があった。
嫌われることが怖い。
だって人の敵意はよく分からないし、何をするか理解できないから。
嫌われることが怖い。
周りから可哀想な子を見る目で見られるのが、嘲笑われるのが嫌だから。
他にも理由があったかもしれない。だけれども、この十分すぎる程の理由から私は嫌われるのが怖くなった。
確かそうだった、きっと多分。
それに今大切なことは、私という人間がどういう人なのか、彼女に伝えることだと思う。
「嫌われた時、私はいつも心臓がうるさくなって、頭痛と吐き気に苛まれます。そして頭が真っ暗になるんです。きっと、嫌われることへの耐性がないのでしょう」
震えたか細い声で紡がれていく言葉。少しだけ自重するように笑い、目を逸らした。
嫌われたくない、ただそれだけの事。
たかが、って思われるかもしれないけれど、私は本当に無理。
自分がどれだけ苦しもうが何があろうが嫌われなければなんでもいい。
歩乃華は自分の身を守るように、身体を抱きしめて丸まった。
そうやって周りを見て生きてきたら、もう自分で決断することができなくなってしまった。
だってもし間違えてしまったら嫌われてしまうかもしれないし、良くないことだけど、人の責任まで取ることがとても怖い。
「自分だけが苦しいなら辛いなら、それだけでいいんです。でも、人に嫌われることだけは嫌なんです」
いつ人は嫌うか分からない。だから初めから嫌われないように対応しなければいけないんだ。
その為ならなんだってした。
面白くもない話題で笑ったし、落ち着いて微笑んで、人に深入りしない。
誰かの一番にはなれなくても、誰からも最下位は付けられないような、そんな人生を歩んできた。
「それでも、人に全く嫌われないことは難しくて……」
初めは小学二年生の時、好きな人の好きな人が私ってことで嫌われた。
次は小学四年生。先生からは優秀すぎて嫌われた。
そして次はジィルから。
どんなに気をつけていても人には嫌われるし、その理由はどうしようもなかったりする。でもだとしても、その都度私は拒否反応がでてしまう。
もちろん、人前では出さないようにしていたのがいつもだけれど。
おかしいな、祝福を手に入れてしまったからかな。感情を抑えることが難しい。こんなの、ただの癇癪と変わらないじゃないか。あぁ自己嫌悪。
「……そっか。簡単に言っちゃうと、歩乃華は暴走しちゃうくらい嫌われることが嫌ってこと?」
言葉無しに頷く。カンナの言うことは分かりやすくて正しかった。ごめんなさい、とても子供で。
「……全部は話してくれないんだ」
何を言ったのか、歩乃華の耳には入らなかった。でも、カンナの顔は酷く寂しそう。
「ねぇ歩乃華、信用されるか分からないけどさ」
カンナは歩乃華に手を差し伸べた。思わずその手を取る。
「私もフジも、絶対に歩乃華を嫌わないよ」
まっすぐだった。そこに一切の穢れはなくて、だからこそ信じられない。
嫌いな人がいない人間なんてそうそういないし、私が言ったことは全てめんどくさいと思う。
……言わない方が、良かったのかもね。
優しい気遣いが申し訳なかった。
「……信用できない、だろうね。でもね、私バカだからさ、歩乃華を安心させる方法なんて分からないし、信じてもらえる方法なんて知らないよ」
カンナは笑った。雨雲が一気に開けて、太陽が射すように。この暗闇にカンナという光が輝いた。
「だから私の言葉は、私が言いたくて言ってる」
「私はね、歩乃華が嫌われたくないって思っていても別にいいんだよ。確かに暴走は大変だったけど、でもしょっちゅうじゃ無さそうだし」
「それに、私は歩乃華のおかげで今生きてる。大好きになる理由はあっても、嫌いになる理由、ないよ」
「ありがとう歩乃華、大好きだよ!」
一つ一つの言葉が心を打つ。
"光"に動かされて、空間は美しい花々が咲いた。さっきまでの"何か"は跡形もなく消えている。
下手に理由や証拠なんかがあるよりも、感情的な言葉の方が歩乃華にはよく伝わった。
だってこじつけることも何も出来ないんだもの。言葉をそのまま受け取るしかできないよ。
「ありがとう、カンナちゃん」
穏やかな風、雲ひとつない快晴と咲き乱れる花々。この空間、いいや世界は、どうしてこうも美しいのか。
「嫌われたくない、そうずっと思っていてもいいんですか」
横並びで歩く。向かうべき場所は、フジ達が並んで座っているところ。
歩乃華の足取りは軽やかで、問いかける言葉も柔らかい。
「いいんじゃないかな? だって、私だって嫌われたくはないし」
手遊びするように大きなアックスを回して、空間と同じように暖かな笑顔だった。
「私の行動の全ては、嫌われたくないからしてるんですよ?」
最低な、自己中心的な考え方をしてる。自分でもわかるから大嫌いだった。
自分をバカにするように、乾いた笑い。
「そこまでいくとハッキリしすぎてて私は好きだよ。それに大事なのは結果! どんなことを考えていようが、最終的な行動しか周りの人は分からないもん!」
「その考え方、素敵ですね。大事なのは、考え方とかそういう過程じゃなくて、結果……」
どれだけ嫌われたくないと思っていても、どんな行動も嫌われたくないからだとしても、最終的な結果だけが大切。
逃げの選択、としか考えられなかった。だけどその選択は、私にとって最高すぎる選択だった。
「……微笑ましいネ、でもそんなに時間ないよ」
突如響いた声は、現実へと戻していく。
ジィル……。私の事が嫌いな人。
「早く祝福止めて。そろそろ空間が限界になるし」
空間が限界になる?
よくわかっていない歩乃華にフジが手短に説明する。最初は平然としていたが徐々に顔は青ざめていくき、歩乃華は慌てて祝福を止めた。
「お礼の意味も込めて、ボクが転移魔法を使うよ。ほら近くに来てくれる? 遠いとめんどくさいもん」
信用しきれないが、実際私じゃその転移魔法? は使えない。フジくんに無理させる訳にもいかないし、ここはやってもらうしかないな。
歩乃華が近づいたため、フジもカンナも守れるように動く。
そんな三人を見てジィルは肩を竦めて、指を鳴らした。
あぁ、またこの気持ち悪い感覚か。
唇を噛んで耐える歩乃華をカンナは抱きしめる。フジは少し心配気にそっちを見てから、目をそらす。
この気持ち悪さは魔法でどうにかなる類のものでは無いからだ。
強制的に分解されて、組み直される。だから気持ち悪くなるのだ。
それを理解しているからこそ、フジは下手に魔法で歩乃華を助けようとはしなかった。
変に干渉して構築が上手くいかなかったら、大惨事になることは目に見えている。
──あとちょっとだけ頑張ってくれ……。
「……転移した後に大変なことになるのは君なのに。人の事考えるんじゃなくて自分を見たら? 付き人」
21時30分にも更新予定です!
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