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あめころ!  作者: コップ
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第一話の三:あめころ物干し竿

 目的地までは、手持ちの地図を見るかぎりじゃあと少し。

 この世界のことは未だ良く分からない。俺は死んで早々に市役所まで運ばれ、生還試験の手続きを受けただけである、それ以上の知識はまるで持ち合わせちゃいない。

 一応この世界も、基本的な生活文化は下界と全く変わらないようだ。ただし、死んでも平気な死生観が存在していたり、または、街のどこからでも見渡せるドデカい公立学校が、各街に一つは設置されているようであったり……やはり良く解らん。俺も、今までの価値観や常識をそのまま保ち続けていては生きていけないらしい。

 やはり暇島は、俺にとって頼るべき存在になりそうだ。お互いにそういう関係を築けたならそれが一番良い。

 かなり恥ずかしがり屋の気はあるようだが、話ができないということはないし、なかなか一緒にいて楽しい存在かもしれない。


「――へえ。ってことはお前と俺も、別の下界から来たかもしれないってことか?」


 彼女は、天上世界に住んでそれなりに長いのだそうだ。今この時も、この世界の常識の様々を俺に教授してくれている。


「かも、しれないっすね。あと飛城、結婚して」


 とても信じがたいことだが、俺が生前過ごしていた下界という世界は、似たようなものが一〇〇〇個近く存在しているのだとか。天上世界一つを中心にして、ウニの針のように生えているのだ。


「色んな秩序が世界ごとにあるらしいよ。女だけの世界だったり、未だに江戸時代の世界だったりさ。結婚して」


 ただ一つだけ俺が彼女に望むなら、語尾にさりげなく「結婚して」と付けてこなければと思う。


「大丈夫だよ。飛城も天上にはすぐに慣れる……と思うんだ。あと、これから毎日、私が飛城の味噌汁つくるから」


「つくるから、何だよ」


「結婚して」


 パターンが多彩になってやがる。


「味噌汁美味しいかな!?」


「まだ飲んでねえよ!」


 冗談じみた口調でソレらの言葉を吐いてくるのならまだしも、彼女の場合、真剣そうに見えて仕方が無いからタチが悪い。

 結婚という言葉が出るたびにいちいち顔を赤らめて滑舌を悪くしてくる。俺にどうしろというのだ。そもそも彼女は何故俺にそのような言葉を吐いて来るのだ。事故から助けたからとでもいうのか。事故から助けられたら結婚しなければならないとかいう一族の掟か。

 ……少しおこがましい考えではあるが、これは、その。


「(チラッ)」暇島のことを横目でみやった。


「(デレデレ)」うつむいてニヤニヤしやがっている。


「(チラッ)」気まずくなってもう一度見る。


「(結婚して)」


「(テレパシーだと……!?)」


 惚れられてる、とでもいえばいいのか。生まれて初めての状況過ぎてどうすればいいのか分からない。彼女を否定することしか出来ない。

 あああ……! 拳を握りしめる。あああどうすればいいんだ。このままじゃ結婚させられる! 毎日の朝ごはんが味噌汁になる! 俺は、俺は!


「あ、ここか!?」


 その時救いの救世主として、景色の中に屋根の輪郭を現したものがあった。俺たちの目的地、試験会場である。

 右隣のやや低い位置から舌打ちが聞こえてきたような気がしないでもない。それでも俺は振り切って進んだ。

 きれいな家だった。

 泥団子を投げつけてやりたくなるような白塗りの一軒家。こんな冬の風吹きつけてくる中では、その光る色合いだけでも暖かそうに見えた。

 試験会場といえどあくまで、ただの家であった。二階建てで、玄関までの道のりに階段があって、使い道のない駐車スペースがあって、スーパーから徒歩五分。

 ふと、玄関前の置き草前から猫が飛び出してきた。

 やたら綺麗な毛並みをしているが、どうやら雑種のノラだ。先ほど暇島が車から助けだした奴らしい。こんな場所まで付いてきたのか。

 猫は気まま勝手に歩きまわり、玄関扉前の花瓶を倒して割ってしまった。

 嫌に神経に沁みる音が辺りに響いて、猫はビビったらしい。飛び退く。近くの塀に飛び移り全力で逃げ去っていった。

 早速、家の備品が壊れてしまったのは何とも幸先悪いスタートではあるが……。


「入るぞ」


「うん」


 俺は暇島を引き連れて玄関前に立ち、ドアを開いた。

 開けた景色は簡素ながらに木の新鮮な匂いのする、あくまで普通の玄関である。家具等やインテリアは既に置かれているらしい。

 下駄箱の上には間接照明まで整っていやがる。新築モデルルームの写真にでも迷い込んだような錯覚を受ける。

 ……ここが俺の新しい家というわけだ。生活感がなさすぎて、少し居心地悪いな。

 俺の部屋はどこになるのだろうか。家具はどうなっているのだろうか。まずは見回ってみないとな。








 *








 俺達より先にたどり着いた受験生はいないのだろうか。

 家具一式はキチンと揃っているらしい。リビングはダイニングキッチン式となっていて実際の間取り以上に広々した印象を受けた。

 ぎゅうと押せば跳ね返ってくる革張りのソファー、ガラステーブル、液晶テレビ、間接照明、ダイニングキッチン。真新しい真っ白な壁紙。サッシ窓からは薄いカーテンに摩り下ろされた光が差し込んでくる。

 まあ二階を見るのは暇島に任せるとしよう。リビングには奥にふすまが置かれている。恐らくこの先は和室になるらしい。

 良いじゃないか、寝室にするなら和室が望ましいところだ。妙に心が落ち着くから、のどかな夢も見られそうなものである。

 たん! 気味の良い音を立てて、ふすまを開いてみせた。

 六畳間ほどの広さを持った緑の空間。小枝のシルエットが似合いそうな畳部屋。

 暗い。

 中央には刀に打粉をぽんぽんと打つ道着姿の女性が居た。刀が煌めいていた。

 ゆっくり、刀の反射光が似合いそうな凛とした横顔が、ゆっくりとこちらに向けて向けられてきた。


「……うん? 貴様は何者だ」


 そのまま鈴の音に置き換えても良さそうなくらい、しゃりん、とした声であった。

 あと、彼女が抱えている抜身の刀がテラテラしてる。


「貴様が今回の試験で、私の同居人となる者の一人か?」


「違います」


 閉めた。


 息をついた。


 ほわあ。


 一通りの危機が通り過ぎた瞬間体が震える。

 思わず否定してしまった……! どうしよう、事の次第を頭の中で理解すればするほど心臓が高鳴って止まらなくなる……!

 この家に居るということは間違いなくあの人も俺の同居人なんだ、生還試験を受けるつもりなんだ、何で刀持ってんだよ馬鹿!

 アレか、秩序の乱れた世紀末的な下界で刀を振るい鬼神とか恐れられた女性なのか。「この刀は血を吸いたがっている」とかが口癖なんだ! 殺戮をゲームと考えているタイプなんだ! 良い勝負を「楽しい殺し合い」とか言っちゃう人なんだ! 刀に付いた血をペロペロじゅるりってするタイプなんだ!


「されば貴様、盗人ではあるまいな」


 ふすまの向こうで怒ってる! なにか勘違いされている気がする! 俺は貴女を楽しませることは出来ないぞ!


「早々に答えろ。さもなくば、斬る」


 刀を便利に使い過ぎだろうが……!


「どうした。貴様が私の同居人ならばそうと早く言えばいい。それでどうなのだ? 同居人なのか?」


「さ、左様だ!」


「現代語で喋れ貴様」


 つられただけなのに怒られた……!


「警戒して損をした。同居人なら最初からそうと早く言うがいい。それなら私も最初から……」


 少しホッとした。どうやら話が通じるあいてのようだ。刀を持っている時点で危ない人間だと勘違いしてしまった――


「貴様を斬るまでだ」


 何故だ!

 閉めたはずのフスマが向こうから開かれた。反作用で少し跳ね返ってくるくらいの勢いだった。

 真ん前に凛が飛び込んでくる。これまた暇島小鳥とは系統が違うタイプの美少女である、俺と同じ程の年頃だろうか。予め形が整った被り物のような黒髪が、肩甲骨を越すあたりにまで伸びているようだった。その手に持った刃物のようにしゅりんしゅりん、と研ぎ澄まされたような顔のパーツ。暇島よりも、幾分大人っぽかった。


「つぇいっ!」


 光が舞ったかと思えばぶぅんと振り回された刀であった。同時に蹴倒されそうになったから避けた。


「ど、どういうことだよ! 俺は泥棒じゃないって言ってんだろ!」


「盗人なら斬り捨てるまでのこと!」


「だから、俺はこれからお前と一緒に住む事になるんだって!」


「同居人であっても斬り捨てるまでのこと!」


 選択肢が無いんですけど!?

 彼女は転びそうになっていたが、それでも重そうな刀を懸命にふりまわし、横薙ぎに振りつけてきた。


「生還試験は合格者一名のみの早抜けと聞いた」


「はあ!?」


「悪いが、私は貴様を殺して蘇っても殺して何度でも殺して、その間にこの試験に勝利する!」


「馬鹿か!」


「だが、確実だ!」


 空気を裂いた音が近づいてくる。殺気という奴なのか、ぴりぴりした命の危険を感じて俺はとっさに身を引いた。着ていた服が少しだけ裂けた。

 リビングでこんな目に遭うなんて誰が予想した……!? くそ。いくらなんでも怖いもんは怖い。裂けた自分の服を目にした瞬間、針に刺されたような焦燥が頭まで駆け上った。

 殺される? まさか、殺される? ふざけるな。死にたくない。痛い思いなんて、まっぴらだ! 何度かランダムに振られてきた刃、思い切って身を振り、俺はかわした。


「覚悟しろ……!」


 新たな一刃。俺はソファに膝の裏を押され、ぼふんと転んでしまった。彼女も身を切り返してコチラを睨んでくる。

 やばいこのままでは……!


「あっ」


 突然のことだった。最初は何が起こっているのかも分からなかった。刀がブーメランのように飛び壁に突き刺さっている。

 刀が、彼女の手からすっこ抜けたのだ。振り回した遠心力に握力が耐え切れなかったのだろう。


「そ、そんな!」


 刀を取りに走る様は見てて哀れである。


「わあっ!?」


 途中、裾でも踏んだらしく、彼女自身間抜けな声を上げて転んでいた。道着に見合わず、ずいぶんとお粗末な様である。

 転んだ際にどこか痛めたのか、彼女は痛そうに涙を目に貯めていた。そして俺を睨んでくる。


「……好きにしろ」


 どうしろと。

 戸惑っている俺の様子を見て、彼女はフッと笑う。


「良い勝負だった」


 そうでもないよ。


「だが……刀を振り過ぎたせいで、う、腕の骨が折れたかもしれない」


 弱すぎる……!! 勝負がどうのこうのというレベルじゃないぞ……!!

 その涙目を見る限り、侍の精神でも宿っていそうな彼女の第一印象が、どこかに吹き飛んでしまいそうだ。


「あれ? そこの人、誰なの?」


 リビングの扉が開いた。キッチンの方から暇島のとぼけたような声がする。

 そしてすぐに、彼女が同居人であることに気づいたらしく、ぴこんと跳ねて笑顔になった。


「女。貴様も、生還試験を受験する輩か……!」


 命からがらといった様子で再び刀を握ろうとする人がいる。追いついて少し肩を押したら「ああんっ」って言いながら倒れた。

 この天上世界は本当に無茶苦茶だ。色んな人が……居るもんだな。

 下界がいくつもあって、そこで生活した様々な人が天上に集うわけだから、それくらい当然のことなのか。

 俺は立ち上がって、暇島に向かい合った。彼女はすぐに赤くなって、うつむき言葉をしどろもどろにする。表情の変化が激しい奴だ。


「暇島、二階はどうだった?」


 今こそ、互いの探索結果を発表するときだ。こっちは体が弱い人を見つけた。

 暇島の方でも何かが起こっていておかしくない。


「うん。あのね」


 彼女は指をもじりとしながら、うつむき気味のまま語ってくれる。


「ベランダに出てみたら、屋根の上で『助けてー!』って言ってる人がいたんだ」


 やっぱり、この世界は無茶苦茶だ。




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