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第十二話 二人分のわがまま


「落ち着いた?れーちゃん」


「う…うん」


 伊奈の問いかけに、目をぱんぱんに腫らした怜使がそう答える。

 伊奈の言葉で完全に涙腺が決壊した怜使は、あれからまあまあ長いこと泣き続けた。天下の往来で、見て呉れの幼い少女に頭を撫でられながら小一時間泣きじゃくるとか、これ以上の羞恥プレイが他にあるだろうか、いやない。

 恥ずかしさで顔から火を吹きながらも、怜使は未だ、伊奈の言葉を噛み締めていた。


 今度会ったら、次はちゃんと瑠華と話をしよう。怜使が抱えていた悩みも、今後起きるかもしれない悲しい未来予想も、全部ひっくるめて。___それでも、一緒にいたいと伝えよう。

 それにいざとなったら、自分の身は自分で守ればいい。戦う力を持たず、そもそも運動音痴な怜使でも、逃げるぐらいなら___



「__怜使ちゃん!!」



 頭上から、怜使を呼ぶ声が聞こえた。聞き覚えのある、透き通る清流のような声。声の方に目をやると、黒いマントをはためかせて電柱から飛び降りる魔法少女__瑠華の姿が見えた。綺麗な着地を見せ、勢いを殺しながらふたりの元へ駆け寄ってくる。


「よかった、無事で……。魔獣は…もしかして、あなたが?」


 黒衣の魔法少女は、そう言って伊奈の方に向き直る。伊奈はすでに制服姿に戻っており、見るからに魔法少女の出立ちではない。以前言っていた、魔力とやらを読んだのだろうか。


 その時、瑠華の体が白い光のベールに包まれる。もはや見慣れたその光は、変身と解除、その切り替えの合図だ。

 案の定、光のベールの中から出てきた瑠華は、制服に身を包んでいた。白髪の少女は瞑っていた両目を開け、すぐさま伊奈に頭を下げた。


「__本当に、ありがとう。私の……友達を、救けてくれて」


「いいのいいの!あたしもれーちゃんとは友達だし!」


 謝礼を受けた伊奈は、満面の笑みを保ったまま答える。全く鼻にかけた様子のない伊奈の返答に、それでも瑠華は頭を下げたまま微動だにしない。さしもの伊奈も、少し困っているようだ。


「ええっ…と……あたし、藤咲伊奈っていうの!キミは?」


「__え?」


「いーから!キミの名前は?」


 突拍子もない伊奈の自己紹介に、瑠華が驚いて顔を上げる。目を丸くする瑠華に、太陽のような少女は再度、名前を尋ねた。


「私は、白金瑠華。怜使ちゃんと同じクラスで__」


「えっ!?もしかして、生徒会の副会長さん?入学したばっかりで副会長なんてすごいなあって思ってたんだ!」


 目を輝かせる伊奈を前に、瑠華が微かにたじろぐ。状況もあるだろうが、瑠華でも押し負けたりするんだな。あと、さすがに有名人だ。


「……よし、じゃあ『るーにゃ』だっ!」


「る、るーにゃ…?……ううん、今は、それよりも」


 困惑する瑠華だったが、首を振りそれをどうにか抑え込む。そして、少し場違いな考え事をしていた怜使に、ゆっくりと向き直った。


「あっ、えっと………」


 まっすぐこちらを見つめる瑠華の瞳に、今度は怜使がたじろぐ。

 次に会ったら、などと考えていたが、まさかこんなに早くその次が来ることになるとは。いざ機会が来ると踏み切れない。思えば、今自分はすごい恥ずかしいことを言おうとしているのではないか。

 __いや、それでも言わなければ。ここでうやむやになって終わっていくよりは、ずっと___



「__ごめん、怜使ちゃん!」



「………へ?」



 再び、今度は怜使に向かって頭を下げる瑠華の謝罪に、怜使は素っ頓狂な声を上げる。

 予想だにしなかった瑠華の言葉に困惑し、頭の中で必死に咀嚼する。なんで瑠華が謝罪なんて。そんな必要は、どこにも___


「昨日、櫻さんに会ってからずっと考えてたんだ。昨日のことで、もしかしたら怜使ちゃんを傷つけちゃったんじゃないかって」


「___」



 唖然とする怜使に、尚も頭を下げ続ける瑠華がそう続ける。



「もちろん、櫻さんは私たちのことを心配して言ってくれてて………だから、悪いのは私で」


「___」


「最初から、私が不用意に怜使ちゃんを連れて魔獣と戦わなければ、怜使ちゃんが傷つくこともなかったのかな、とか思っちゃって………」



 __ああ、なるほど、そうか。



「__だから、やっぱりこんなことやめようって、思ってた」



 瑠華も、怜使と同じなんだ。



 自分が相手を傷つけたと悩み、いつか相手を傷つけるかもしれないと悩み。

 それなら、そうなるぐらいなら、離れた方がいいと、そう思って。



「__でも」



 それでも。



「私は、怜使ちゃんと友達でいたい」



「___」



 そう言って、瑠華がようやく顔を上げる。その瞳は少し伏し目がちながらも、しっかりと怜使の目を見つめていた。



「私はまだ、怜使ちゃんと一緒にいたい。そのためにも、絶対怜使ちゃんを守ってみせる。一度も、少しも、怪我させたりなんてしない」



 それは、怜使が言うべきセリフだ。頭を下げて、縋りついて、頼み込むべきなのは怜使の方だ。守ってもらう立場でわがままばかりだと、そう言われる覚悟でいたのに。



「ずっと一緒にいて、ずっと守り続ける。今日も遅れてきたくせに、都合の良いセリフだって思うかもしれないけど……」



 僅かに目を泳がす瑠華のわがままを、それでも怜使はただ、静かに聞いていた。



「……だから、これはお願い。__私と、まだ友達でいてくれませんか?」



 今にも泣き出しそうな瑠華の表情。先刻までの自分と重ねながら、怜使もまっすぐに、瑠華の目を見つめ返した。

 答えは、もう決まっている。


「わ、私は……」


「___」


「私は、守ってもらう立場だから………お願いするのは、私の方」


 緊張でだろうか、乾き切った口で、たどたどしくも言葉を紡ぐ。


「それに、いざとなったら、ちゃんと逃げる……自分の身は自分で守るから」


「___」


「だから、私と、まだ友達でいてください……!」



 そう言って、怜使は頭を下げ、手を差し出す。

 咄嗟にやってしまったが、ちょっとプロポーズみたいではないか。そう思ったら、忘れかけていた恥ずかしさが再び込み上げてきた。


 そんなことを考えて気を紛らわそうとする怜使の手を、白髪の少女は優しく、丁寧に取った。



「__うん、うん………!これからも、よろしくね、怜使ちゃん」



 涙ぐむ瑠華の顔を見て、怜使はなぜだか、少し安心したのだった。




「一件落着、って感じかな?」


 そんなふたりの様子を見て、ここまで無言を貫いていた伊奈が口を開く。どことなく満足そうに、にこやかな表情を浮かべている。小柄な見かけによらず、まるで聖母のような笑みである。

 今日は、彼女に本当にお世話になった。魔獣の件は、怜使ひとりならそもそも近づかなかっただろうが、瑠華とのことも伊奈がいなければあのままうじうじ考え続けていただろう。いずれ、何かお返しをしたいところだ。



「う、うん……その、ありがとう、伊奈ちゃん。何から何まで……」


「んーんっ!ちゃんと仲直りできたみたいでよかったよかった!……あっ」


 何かに気づいたように、伊奈が小さく声を漏らす。すぐさま慌てたようにスマホを取り出し、画面を見た。


「やっば!もうこんな時間!?ごめん、ふたりとも!あたし、これからバイトあるからもう行くねっ!」


 スマホをしまいながら、伊奈が声高にそう告げる。

 そうして足早に駆け出した伊奈だったが、少し進んだあたりでぴたりと止まり、こちらに振り向いた。


「るーにゃ、れーちゃん!また明日ーっ!」



 ……また明日?クラス違うのに?

 そんなツッコミを飲み込みながら、大きく手を振りながら叫ぶ伊奈を遠目に、怜使は瑠華とともにただ手を振り返すのだった。



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



「なんというか……不思議な子だね」


 伊奈の姿が見えなくなったあたりで、瑠華がこちらを向き、苦笑いを浮かべる。

 たしかに不思議な子だ。溌剌で、かわいくて、ちょっぴりドジで、でも優しくて、柔らかい。そんな感じ。


「これから、ちょっと騒がしくなるかも。楽しみだね、れーちゃん?」


「れっ!?あっ、ちょ、る、瑠華ちゃんまで、その呼び方……!」


「あははっ、ごめんごめん」


 不意打ちをくらい、赤面する怜使を見て、楽しそうに笑う白髪の少女。その顔を見て、怜使の顔からも思わず笑みがこぼれた。

 そうしてひとしきり笑った後、瑠華は怜使の顔を見つめ、言った。


「あらためて、これからもよろしくね、怜使ちゃん」


「こ……こちらこそ、よろしくお願いします」



 笑い合った2人の少女は、そうして再び並んで歩き出したのだった。


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