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ロプノールの灯火  作者: 井上壮一
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朝鮮統一から併合へ

 2025年当時、分子の重合反応の研究をしていた私は、フェナントレン関係の物質に、通常ではありえないほどの反応熱を確認した。計測器の故障かと思い、計測器を買い替えるようにお願いしたが、壊れていないという回答だった。困った私は、研究室を飛び出し、別の設備で計測させてもらうことにしたが、過大な反応熱は、観測できなかった。研究室に帰ってきた私は、もう一度最初の計測器で試してみたが、過大な反応熱は観測できなかった。当時の私にはただの計測ミスとしか思えず、特に気にすることはなかった。


 2026年といえば新型ウイルスが収まろうとしていたころであるが、農業の担い手であった高齢者の年代で、特に死亡率が高く、食料が極端に不足していた。その点、発展途上国はあまり食料不足に陥らなかった。食料自給率があまりにも低かった韓国(当時朝鮮半島南半分を治めていた国)では、食料に関する争いが激化し、内戦状態に陥った。このとき使われた、精度の悪い兵器が北朝鮮(当時朝鮮半島北半分を治めていた国)に墜落した。これを宣戦布告と見た北朝鮮は韓国に侵攻を開始した。第二次朝鮮戦争のはじまりである。板門店の戦いののち内戦状態であったことに加え、米軍の支援を受けられず韓国軍は釜山付近まで追い詰められた。2027年、北朝鮮により朝鮮半島が統一されることとなった。(この間いろいろなことがあったらしいが、当時はあまり興味がなく、よく知らないので省略させていただく。詳しいことは別の本を読んでほしい。)分裂から80年程経ったことだったため、分かれた家族が再開できることはほとんどなかったといわれている。


 日本や米国は、朝鮮半島を資本主義の国に支配してほしかったため、対馬に逃げ込んだ韓国軍を、日本への侵略であると決めつけて、朝鮮半島に侵攻することとなった。ただ、当時の日本には、自衛隊(とても小規模な軍)しか存在しなかったため、再軍備をすることとなる。日本の国民をまとめるシンボルとしては、やはり「天皇」が最適だろうと考えた菅原首相は、天皇を祀り上げてこの世を去った。戦争を始めるのに首相がいないのも困るので、国の政治も再び天皇が担う「新天皇親政」を行うこととなった。


 2029年2月、日本軍は朝鮮半島に本格的に侵攻した。日本はもしものことを想定し、核開発を進めることになるが、それについては後で語ることにする。当時ネットで知り合った、ワカさん(本名、若田竜一)は日本軍に入り、朝鮮半島の侵攻にも参加している。この後、数十年後に再会することになるワカさんだが、再会後、当時の話を聞くことができた。「日本軍はらくらく平壌まで攻めることができたのですが、解放軍が朝鮮軍を支援したため、なかなか進軍できなくなりました。苦戦を強いられた日本軍は、100年ほど前の情報に頼り、勝利を勝ち取ったのです。ただ、日本としては、中国(当時ユーラシア大陸東部を治めていた国)も自国市場に入れたかったため、中国へ侵攻することになります。」ワカさんは色々と話してくれたが、マニアックなので省略させていただく。(ただこの話についても奥が深いため、ワカさんの著書を読んでもらいたい。)

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