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第2話 美しき機神②

道中、店主は質問に丁寧に答えてくれた。


 街の中心部には行政機関が集まっていること。周辺の都市とは交易路で結ばれていること。街の外には鉱山もあり、様々な鉱物が採掘されていること。


 得られる情報は予想以上に多かった。


 ただし、案内を受けている間にも、奇妙なことが続いた。


 ユプシオンを見かけた住民が、別の住民を呼んでくる。呼ばれた者がまた誰かを呼びに行く。中には仕事の道具をその場に置いて、ついてくる者までいた。


 いつの間にか、ユプシオンの後ろには随分な人数が集まっていた。


 その中に、杖をついた小柄な住民がいた。


 周囲の者に支えられながら、ゆっくりと近づいてくる。


 ユプシオンが道を譲ると、相手は深く頭を下げた。


「……長生きはするものだ」


「……?」


 何のことだろう。


 尋ねようとしたところで、別の住民が声をかけてきた。


「あの……一つ、お願いしてもよろしいでしょうか?」


「何でしょう?」


「その……尻尾を、少し持ち上げていただけませんか?」


「尻尾、ですか?」


 ユプシオンは自分の尻尾へ目を向けた。細い銀色の尾が腰から弧を描いて伸び、先端の重りがわずかに揺れている。


 周囲の住民たちにも尻尾はあったが、そのほとんどは太く、節のある形をしていた。先端に大きな結晶がついたものや、岩の塊のような尾を引きずっている者もいる。


 確かに、ずいぶん形が違う。


「……こうですか?」


 ユプシオンが尻尾の先端を持ち上げると、住民たちが揃って息を呑んだ。


「……ああ」


 何人かが、思わずというように一歩近づいた。


「あの……もしよろしければ、少しだけ動かしていただくことは……」


「ええ。構いませんよ」


 ユプシオンが尻尾を右へ動かすと、住民たちの首が揃って右へ向いた。左へ振れば、今度は左へ。


 ユプシオンは少し不思議そうに彼らを眺めた。


 そこで、先端の重りをくるりと回してみせた。


 ガシャーン!!


 突然、背後で派手な音がした。


「えっ!?」


 振り返ると、一人の住民が石畳の上に倒れていた。


「だ、大丈夫ですか!?」


 ユプシオンは慌てて駆け寄った。


 周りの住民たちも集まり、倒れた人物の肩を支えた。しばらくすると、その人物はゆっくりと顔を上げた。


「お怪我はありませんか?」


「……ああ……見事でした……」


「……はい?」


 相手は仲間に支えられながら立ち上がった。


「いえ……失礼いたしました。もう大丈夫です」


「……そうですか」


 何に感激したのか、まったくわからない。


 ユプシオンは改めて自分の尻尾を見下ろした。


「そんなに珍しいものでしょうか?」


「珍しい……? いえ、そのような言葉では、とても……!」


 先ほどの店主が勢いよく首を振った。


「ぜひ、もう一度……いえ、何度でも拝見したいくらいで……!」


「もしかして、仕組みにご興味があるのでしょうか? これは飛行時の姿勢制御に使うもので……」


 その説明を聞く間も、住民たちは尻尾から目を離さなかった。


 飛行できることにも、特に質問はなかった。どうやら、関心があるのは性能ではないらしい。


 それなら、何をそんなに喜んでいるのだろう。


 ユプシオンは店主へ向き直った。


「あの、一つ伺ってもよろしいでしょうか?」


「はい! 何なりと!」


「皆さん、どうしてユプシオンを見ると、そんなに驚かれるんですか?」


 店主はきょとんとした。周囲の住民たちも、不思議そうに顔を見合わせている。


 何か、おかしなことを聞いてしまったのだろうか。


 やがて店主が、少し照れくさそうに答えた。


「それはもちろん、あなた様がお美しいからです」


「……はえ?」


     * * *


 それから数日、ユプシオンは街の調査を続けた。


 住民たちの協力もあり、現地については随分と詳しくなった。


 この世界はラドニアと呼ばれ、鉱物生命体の住民たちはルク族という。各地には複数の国家があり、都市同士は交易路で結ばれていた。


 魔力を含む鉱石が流通していることも確認できた。詳しい埋蔵量や軍事力については引き続き調査が必要だが、魔王様に報告できる情報は着実に増えている。


 ただ、調査の進み方は相変わらずだった。


 行政機関では職員が揃って出迎え、資料を見せてほしいと頼めば、なぜか歓迎の席まで用意される。


 皆が親切なのはありがたいが、何をするにも時間がかかった。


 その理由も、今では一応わかっている。


 ルク族は、容姿の美しさに並々ならぬこだわりを持つ種族だった。中でも尻尾には、特にうるさい。


 そんな彼らが口々に褒めたたえるのが、ユプシオンの姿だった。


 いわく、磨き上げた鏡を思わせる、白銀の装甲。


 名工が彫り上げた彫像さながらの、精巧な顔立ち。


 そして何より、一筋の銀糸に命が宿ったかのような、細くしなやかな尻尾。


 そのすべてが、彼らにとっては信じられないほど美しいものなのだという。


 ……そう言われても、やはり不思議だった。


 自分の身体は、戦うために造られたものだ。


 装甲には十分な強度があり、内部には規格外の兵装を収めている。尻尾だって、飛行中の姿勢を制御するために必要な機構で、特に外見を意識したことはない。


 初めは戸惑うばかりだったが、これだけ熱心に褒められると、悪い気はしない。


 とはいえ、魔王様から任された仕事を忘れたわけではない。


 この世界の制圧が必要になったとき、確実に成果を挙げられるようにしておかなければ。


 ユプシオンは集めた資料を整理し、次の調査先へ向かった。


     * * *


 ユプシオンを呼び止めた職人は、小箱を両手に抱えたまま、肝心の用件を切り出せずにいた。


 三日前、通りであの白銀の少女を見かけてからというもの、ほかの仕事がまるで手につかなかった。


 尻尾飾りの職人として、これまで数えきれないほどの尻尾を見てきた。形も色も様々だったが、どんな尻尾にも、装飾によって美しさを引き出す余地があると思っていた。


 ところが、あの方の尻尾はどうだ。


 細い白銀の尾は、歩くたびに滑らかな曲線を描く。どの瞬間を切り取っても、そこに手を加える余地などないように思えた。


 それでも、どうしても自分の作った飾りを身につけていただきたかった。


 職人は注文の品をすべて後回しにして、制作に取りかかった。上等な宝石を合わせてみても、その輝きがかえって邪魔になる。細工を凝らせば、今度は美しい輪郭を損なってしまう。


 いっそ何もつけない方がよい。


 そう思って道具を置いても、しばらくするとまた作業台に向かっていた。


 そうして三日かけて完成させたのが、薄紫色の結晶を一粒だけ留めた、小さな銀の輪だった。


「……ユプシオン様。こちらを、ぜひお受け取りいただきたく」


 ようやく箱の蓋を開くと、ユプシオンは嬉しそうに覗き込んだ。


「えっ、ユプシオンがいただいてもいいんですか?」


「は、はい。ぜひ、お使いいただければ……」


「ありがとうございます! とっても綺麗ですね!」


 ユプシオンは飾りを手に取り、丁寧に裏返した。


「この留め具、内側に収まるようになっているんですね。これなら尻尾を動かしても引っかかりません!」


 何度も作り直した末にたどり着いた仕組みを、ユプシオンはひと目で見抜いてくださった。職人は嬉しさのあまり、すぐには返事ができなかった。


「少し、つけてみてもいいですか?」


「も、もちろんでございます!」


 ユプシオンは尻尾を持ち上げ、先端に近い部分へ飾りを取りつけた。軽く左右に振って具合を確かめると、満足そうに頷く。


「はい! ぴったりです!」


 銀色の尾が揺れる。その動きに合わせて、薄紫色の結晶が小さく光った。


 職人はしばらく見入っていた。


 あれほど悩んだ飾りが、今は銀色の尾と一緒に揺れている。ユプシオンは何度も尻尾を動かしては、嬉しそうに結晶を眺めていた。


「……これで、ようやく完成です」


 職人が呟くと、ユプシオンが微笑んだ。


「ふふ。ありがとうございます! 次の調査にも、つけていきますね!」


 ふと周囲を見れば、いつの間にか通りには人が集まっていた。飾りをつけたユプシオンの姿に見入り、口々に褒めそやしている。


 その中から、職人にまで礼を言う者が現れた。あの方に素晴らしい贈り物をしてくれてありがとうというのだ。やがてほかの住民たちも職人に声をかけ始め、職人は恐縮して頭を下げるばかりだった。


「も、もう! 皆さん、大げさですよ!」


 ユプシオンは照れくさそうに両手を振った。


「ユプシオンはただの超古代の魔導兵器なのに……そんなに褒められると、勘違いしてしまいますよ……!」


 そう言いながらも、ユプシオンは下ろしかけた尻尾をそっと持ち上げ直した。薄紫色の結晶が揺れるたび、周囲からまた褒め言葉が上がる。彼女は困ったように笑いながら、今度は尻尾を下ろさなかった。


 職人は、工房に残してきた注文のことを思い出した。


 そろそろ戻らなければならない。


 そう思いながらも、もうしばらく、少女の姿を眺めていた。

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