第1話 美しき機神①
魔王号が到着したのは、石と結晶でできた街だった。
黒く磨き上げられた石畳の両側に、色とりどりの結晶を組み合わせた建物が立ち並んでいる。通りを行き交う住民たちもまた、石や金属でできた身体を持っていた。
「ほう……。街じゅう宝石細工のようではないか! これは見事だな!」
魔王は玉座から身を乗り出した。
「まおー様、見てください! あの人、身体の向こう側が透けてます!」
ベルが指さしたのは、水晶のように透き通った住民だった。その向こうを鈍い金属光沢を放つ者が歩いていく。腰から伸びた太い尻尾が石畳をこすり、ざらりと音を立てた。
「うむ。よくできた彫像が、そのまま歩いておるようではないか!」
通りの住民たちが次々と足を止め、突然現れた魔王号を遠巻きに眺め始めた。
「ククク……わざわざ出迎えに集まってくれたか。なかなか殊勝な者たちよ!」
魔王は上機嫌で車両から降り立った。
「聞くがよい、異世界の民よ! 余こそは――」
「ひっ……!」
近くにいた住民が悲鳴を上げた。
青い結晶でできた細身の人物だった。魔王の姿を見た途端、隣にいた者の腕をつかんで後ずさった。
「おい……あれを見ろ」
「何だ、あのブヨブヨした顔は……」
「虫の卵みたいだ……」
「やめろ、そんなこと言うな!」
魔王が一歩踏み出すと、目の前にいた住民たちは慌てて道を空けた。近くでは、親らしい人物が子どもの目を両手で覆っている。指先同士が触れ合い、カチンと音を立てた。
「ふむ。どうやら、余の威容に圧倒されておるようだな!」
魔王は満足げに腕を組んだ。
ベルは近くの住民へ歩み寄った。
「こんにちは! 少しお話を伺ってもいいですか?」
ベルがにこりと笑いかけると、相手はその口元を凝視した。言葉を発するたび、唇の奥に湿った舌が覗く。
「ひっ……!」
住民はたまらず顔を背け、そのまま逃げ出してしまった。
「えっ、あの……!」
魔王も何人かに声をかけてみたが、誰一人まともに話を聞いてくれない。しまいには、魔王号を眺めていた住民たちまで、建物の陰へ引っ込んでしまった。
「…………」
魔王は人影の消えた通りを見渡した。
「……まおー様」
「うむ」
「これ、どうしましょう?」
魔王は腕を組み直した。
「ふむ……。どうやら、少々厄介な世界に来てしまったようだな」
* * *
『ドッキドキのォォォ! 四天王ガチャァァァァッ!!』
街を離れた人けのない岩場に、けたたましいファンファーレが響いた。
魔王号の前方装甲が開き、巨大な透明の抽選機がせり上がる。色とりどりの玉が勢いよく回転し、やがて一つが飛び出した。紙吹雪が噴き上がり、空中に金色の文字が浮かぶ。
『〈万装の機神〉!! ユプシオォォォォォン!!』
魔王号の前方に光が集まり、人の形を取っていく。そこから一人の小柄な少女が現れた。
白銀色の短いボブカットに、淡い赤紫色の瞳。白く滑らかな顔には繊細な継ぎ目が走り、華奢な身体は白銀の装甲と黒鉄色の機械構造でできている。腰からは身長ほどもある細い金属の尻尾が伸び、先端には小さな雫形の重りがついていた。
少女は魔王の姿を認めると、ぱっと顔を輝かせた。
「魔王軍四天王が一人、〈万装の機神〉ユプシオン! ただいま参上しました!」
「おお、ユプシオンか! よくぞ参った!」
「魔王様! 全兵装、いつでも使用可能です! どのような敵が相手でも、必ず勝利してみせます!」
「うむ! その意気やよし!」
魔王の言葉に、ユプシオンはいっそう背筋を伸ばした。
待ちに待った出番だった。
魔王軍には、数々の伝説を残してきた四天王たちがいる。
敵軍の包囲を破るため、一晩で険しい崖に軍道を通したというガルムット。厳重な封鎖を突破し、孤立した部隊に命令を届けたというピピリア。
軍に加わってから、ユプシオンはそんな先輩たちの戦功を何度も耳にしてきた。自分もいつか、先輩たちに並ぶ働きをしてみせたい。
だが、九十六人目の四天王として登用されたときには、世界征服はほとんど終わっていた。魔王様から直々に戦闘能力を認められたというのに、大きな戦いに参加する機会もないまま、最後の敵国が降伏してしまったのである。
もちろん、その後も魔導機械の整備や兵器設備の管理、防衛任務には励んできた。それらも大切な仕事だ。
けれど、ユプシオンの身体には、まだ一度も実戦で振るっていない兵装がいくつも眠っている。
そんな折、異世界遠征の知らせが届いた。
しかも、最初に召喚されたエリーンは、わずか八日ほどで地球という世界を制圧したらしい。
八日で、世界一つ。
それも、普段は慰問団を率いて各地を巡っているエリーンが、である。
ユプシオンは自分の兵装に絶対の自信を持っていた。相手がどれほどの大軍であろうと、どれほど堅固な要塞を構えていようと、負けるつもりはない。
エリーンが八日なら、自分だって。
「それで、魔王様! 今回はどこを制圧すればよろしいのでしょうか?」
「待て待て。まだ戦になるとは決まっておらぬぞ」
「……はっ! そうでした!」
ユプシオンは勢いよく敬礼し直した。
「まずは敵情の把握ですね!」
「うむ。実はな、その調査が少々難航しておるのだ」
魔王は、先ほどの街で起きたことを説明した。住民は石や金属でできた身体を持ち、言葉は通じる。それなのに、魔王とベルの姿を見ると逃げ出してしまい、話を聞くことさえできなかったのだ。
「私たちを見ると、皆さん逃げちゃうんですよ」
ベルが困ったように言った。
「なるほど……。それでは、ユプシオンが接触を試みます!」
「うむ。まずは統治の仕組みと軍の力、それに魔力資源を調べてくれ。地球のように、征服してから資源がないとわかっては困るからな」
「はい! 承知しました!」
「難しい任務になるやもしれぬが、進め方はおぬしに任せよう」
「必ずや、ご期待に応えてみせます!」
元気よく返事をしながら、ユプシオンは頭の中で調査項目を整理した。
軍の規模、拠点の配置、主要な交通路。まずはそれらを把握し、必要なら制圧作戦を立案する。
戦いになれば、自分の出番だ。
そう考えると、自然と足取りも軽くなった。
* * *
街に入って間もなく、ユプシオンは周囲からの視線に気づいた。
通りを歩いていた住民たちが、次々と足を止めている。店先から身を乗り出す者もいれば、建物の窓からこちらを覗く者もいた。
魔王様たちが遭遇したという反応とは、少し違う。誰も逃げようとはしないのだ。
何かを警戒されているのだろうか。
見知らぬ土地である以上、注意は必要だ。ユプシオンは周囲の様子を確かめながら、近くの店先にいた住民へ歩み寄った。
「あの、少しお尋ねしてもよろしいでしょうか?」
相手は黒い金属光沢を持つ、大柄な鉱物生命体だった。店先に並べた小さな結晶の皿を、一枚ずつ布で磨いていた。
店主はユプシオンを見た。
そのまま動かなくなった。
「……あの?」
カシャン!
手にしていた皿が石畳に落ち、砕け散った。
「大丈夫ですか?」
ユプシオンが声をかけると、店主はようやく我に返ったらしく、慌てて頭を下げた。
「も、申し訳ございません!」
「いえ、お皿が……」
「そんなものは構いません! あの、何かお尋ねでしたでしょうか?」
割れた皿には目もくれない。
「この街について調べているのですが、お役所はどちらにありますか?」
「そ、それでしたら、中央の管理庁へ……!」
店主は通りの向こうを指さした。
「あちらを真っすぐ進んでいただきまして、二つ目の広場を――いえ、よろしければ私がご案内いたします!」
「えっ? でも、お店は……」
「どうぞお気になさらず!」
店主は早くも店じまいを始めていた。
ずいぶん親切な人だ。
そこへ、隣の店から顔を出した住民が、ユプシオンを見るなり奥へ引っ込んでしまった。
やはり、怖がられているのだろうか。
そう思ったのも束の間、その住民は別の二人を連れて戻ってきた。
「ほら、早く! こっちだ!」
「何だっていうの、そんなに慌てて……」
連れてこられた二人も、ユプシオンを見ると揃って足を止めた。
「……まあ」
一人が小さく声を漏らし、もう一人も黙って立ち尽くしている。
自分の正体を知っているのだろうか。あるいは、誰か重要な人物と間違えられているのかもしれない。
「あの、皆さん、どうしてそんなに……」
「そ、そうだ! お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
店主が慌てて割って入った。
「ユプシオンと申します」
「ユプシオン様……!」
店主はその名前を大切そうに繰り返した。
「ぜひ、管理庁までご案内させてください!」
周囲からも、案内を申し出る声が上がった。
どうやら、少なくとも敵意はなさそうだ。案内してもらえるなら、道中で街のことも聞けるだろう。
「それでは、お言葉に甘えて。よろしくお願いします」
ユプシオンが頭を下げると、店主が慌ててさらに深く頭を下げた。なぜか、周囲の住民たちまで一斉に頭を下げる。
ユプシオンは少し戸惑ったが、ひとまず案内役の後について歩き始めた。




