↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
11/13

第4話 お導きください①

どうして、こんなことになってしまったのだろう。


 ユプシオンは、巨大な演壇の上で途方に暮れていた。


 目の前には、世界各国の指導者たちがずらりと並んでいる。


 何でも、この世界に存在する国家のほとんどから、首脳や代表者が出席しているらしい。広大な議場には各国の要人や報道関係者が集まり、その誰もが、中央の演壇に立つユプシオンを見つめていた。


 しかも、今日の演説は全世界へ生中継されているという。


 先ほど聞かされた話では、この世界に暮らす数十億のルク族のうち、そのほとんどが中継を見ているそうだ。


 つまり今、世界中の人々が、ユプシオンが何を語るのかと固唾を呑んで待っているのである。


 吐きそうだった。


 吐くための器官など、どこにもついていないのに。


 そもそも、こんなことになる予定ではなかった。


 この世界の調査を始めてから、四十日ほどが経っていた。


 現地の人々は皆親切で、地理や資源、各国の統治制度から軍事力まで、必要な情報はかなり揃っている。魔王様から任された調査は順調だった。


 問題は、調査とは別のところで起きた出来事だった。


 映画の主演に、各地からの表彰。国家予算の三割を費やした巨大彫像。最近では専属のマネージャーまでつき、知らないうちに自分の肖像が紙幣に採用されていた。新しい記念館や彫像の建設も、各地で進んでいるらしい。


 皆さんが喜んでくださるのはありがたい。けれど、何をするにも話が大きくなりすぎる。


 そんな中でも、ユプシオンは本来の任務を忘れていなかった。


 この世界に来た目的は、あくまで世界征服である。


 必要とあらば武力で制圧する。そのための調査も進めてきたし、相手がどれほどの軍勢でも負けるつもりはない。


 ただ、現地の皆さんとは、すっかり良好な関係を築けている。せっかくこれほど協力的に接していただいているのだから、争わずに済むならそれが一番だ。


 まずは魔王軍との交易や技術協力を進め、少しずつ信頼を深めていく。そうして最終的に、魔王様の統治を受け入れていただければよい。


 時間はかかるだろう。それでも、お互いにとってよい結果になるはずだ。


 その第一歩として、そろそろ魔王軍について正式に紹介し、今後の協力関係について話を始めよう。


 そう考えたユプシオンは、ある日、いつもお世話になっている行政官に声をかけた。


「あの、実は皆さんにお話ししておきたいことがありまして……」


「……ユプシオン様が、ですか?」


「はい。今後のことにも関わる大切なお話なので、一度きちんとお伝えしたいんです」


 行政官は、手元の書類から顔を上げた。


 先ほどまで穏やかだった表情が、真剣なものに変わっていく。


「……承知いたしました」


 行政官はしばらく考え込み、やがて深々と頭を下げた。


「それでしたら、しかるべき場をご用意いたします」


「ありがとうございます! 助かります!」


 ユプシオンは、ほっと胸を撫で下ろした。


 これでようやく、本来の任務を進められそうだ。


 ……そして、用意されたのがこれである。


 ユプシオンは、手元の資料を見下ろした。


 何度も検討を重ね、説明の順番もきちんと考えてきた。これからどう話を進めるかは、十分に準備してある。


 それなのに、いざ演壇に立ってみると、どうにも落ち着かない。


 議場の最前列に並ぶ指導者たちは、皆、ひどく真剣な表情をしていた。


 まるで、これから世界の運命を左右するような重大な発表が行われると信じているかのようだ。


 ……そこまでのお話ではないのだけれど。


 ユプシオンは資料を持ち直した。


 いや、決して軽い話ではない。魔王軍にとっても、この世界にとっても、大切な第一歩になるはずだ。


 せっかくこんなに立派な場を用意していただいたのだから、何とか期待に応えたい。


 まずは、準備してきたことを落ち着いてお話ししよう。


 そのとき、司会者の声が議場に響き渡った。


「それでは皆様、大変長らくお待たせいたしました! ユプシオン様よりお言葉を賜ります!」


 議場を埋め尽くす人々が一斉に立ち上がり、盛大な拍手が巻き起こった。


 ユプシオンは慌てて頭を下げた。


 拍手はなかなか収まらない。


 ようやく人々が席に戻ると、議場は水を打ったように静まり返った。


 無数の視線が、ユプシオンに注がれる。


 ……落ち着こう。


 まずは、ご挨拶だ。


 そこはちゃんと考えてある。


「あ、あの! 皆さん、本日はお集まりいただき、本当にありがとうございます!」


 ユプシオンは、できる限り明るく声を張った。


「ユプシオンがこの世界に来てから、皆さんには本当にお世話になりました! 調査にもご協力いただきましたし、いろいろな場所にご招待いただいて……。皆さんのおかげで、たくさんのことを知ることができました!」


 会場から温かな拍手が起こった。


「それに、こんなにたくさん褒めていただけるなんて、思ってもいませんでした! ちょっと恥ずかしいですけど、とっても嬉しかったです!」


 その言葉にも、再び拍手が広がった。


 ユプシオンは少し照れくさくなりながら、頭を下げた。


 よかった。


 最初の挨拶は、うまくできたらしい。


 ……さて。


 ここからが本題だ。


 ユプシオンは、手元の資料に目を落とした。


 まずは魔王軍との交流について説明し、交易や技術協力を提案する。各国の皆さんと相談するために、具体的な条件もいくつか用意してある。


 何度も検討を重ねた計画だった。


 けれど、顔を上げると、先ほどまでよりもいっそう真剣な表情が並んでいた。


 挨拶が終わったことで、いよいよ本題に入るとわかったのだろう。誰もが姿勢を正し、次の言葉を待っている。


 ……あれ?


 こんな雰囲気の中で、交易のお話を始めていいのだろうか。


 もちろん、交易は大切だ。現地の資源や技術も十分に調べたし、魔王軍にもこの世界にも利益のある計画にしたつもりだ。


 だが、各国の指導者が一堂に会し、何十億もの人々が中継を見守っているのである。


 これほどの大舞台で、交易品の候補を一つずつ説明するのだろうか。


 ……何だか、ずいぶん地味な気がしてきた。


 いや、地味でも大切なことなら、堂々と話せばいい。


 問題は、皆さんがそれをどう受け取るかだ。


 こんなに大勢の方が集まってくださったのだから、きっと何か素晴らしい発表があると期待されている。


 それなのに、交易のお話だけで終わってしまったら。


 ……がっかりされないだろうか。


 せっかく築いてきた信頼関係を、こんなことで損なうわけにはいかない。


 いっそ、今日は無難なご挨拶だけにしておこうか。


 今後とも末永くよろしくお願いします、とか。


 皆さんと一緒に、よりよい未来を築いていきたいです、とか。


 そして、協力の条件については関係者の方々と別の機会に話し合う。それなら、準備した計画も無駄にはならない。


 そうだ。それがいいかもしれない。


 ……いや。


 世界中の方々が、今まさに自分の言葉を待っているのだ。


 演説会を準備するのにも、大変な手間がかかったはずだ。各国の指導者の皆さんも、忙しい中で予定を調整してくださっただろう。


 それなのに、詳しい話はまた今度です、などと言ったら。


 何のために集まっていただいたのかわからなくなってしまう。


 ……駄目だ。


 何を考えても、うまくいかない気がする。


 それなら、準備していないことでも、もっと大きな話をした方がいいのだろうか。


 けれど、勝手な約束をして、後から責任を取れなくなっては困る。魔王様から任された任務なのだから、いい加減なことはできない。


 ユプシオンは、もう一度資料に目を落とした。


 交易品の候補。


 技術協力。


 今後の交流計画。


 さっきまでは頼もしかった資料が、今では何だか薄っぺらいものに見える。


 いや、そんなはずはない。


 時間をかけて調べ、きちんと考えた計画なのだ。


 でも、もし皆さんの期待と違っていたら……。


 そっと顔を上げる。


 最前列の指導者たちは、相変わらず真剣な眼差しを向けていた。


 誰一人、口を開かない。


 ……待っている。


 皆さんが、ユプシオンの言葉を待っている。


 何か言わなければ。


 ええと、落ち着いて。


 そもそも、どうしてこんなに悩んでいるのだろう。


 自分は魔王軍の四天王だ。魔王様から任された仕事を果たすために、ここへ来たのだ。


 だからこそ、現地の皆さんにも誠実に接しようと決めたはずではないか。


 格好をつけたり、ごまかしたりする必要はない。


 まずは、自分が何者なのかをきちんと説明しよう。


 そうすれば、今後の協力のお話にもつなげられるはずだ。


「あ、あの! 実は、ユプシオンは魔王軍の四天王なんです!」


 議場は静かなままだった。


 ……そうか。


 皆さんは、魔王軍をご存じないのだった。


「あっ、えっと、魔王軍というのは、魔王様が率いていらっしゃる軍隊でして! 魔王様は、ユプシオンのいた世界を統一された、とっても偉大なお方なんです!」


 言い終えて、ユプシオンは少し不安になった。


 軍隊だの、世界を統一しただの、何だか物騒な紹介になってしまった気がする。


 これでは、皆さんを怖がらせてしまうかもしれない。


「で、でも! だからといって、皆さんと戦いたいわけではないんです!」


 慌てて付け加えたものの、議場からは何の反応もなかった。


 ……まずい。


 いきなり戦いの話なんてするべきではなかった。


 そうだ。もっと平和的な活動についてもお話ししよう。


「魔王軍には戦う以外のお仕事もたくさんありまして! ユプシオンも、普段は機械の整備や施設の管理をしているんです!」


 ……これでは、ただの自己紹介ではないか。


 いや、自己紹介も大切だ。どんな組織なのかを知っていただかなければ、安心してお付き合いすることもできないだろう。


 それなら、こちらの世界へ来た経緯も説明しておいた方がよさそうだ。


「それで、今回はこちらの世界にも進出することになりまして! ユプシオンが、そのための調査を任されたんです!」


 よし。ようやく本題に近づいてきた。


 ここから交易や技術協力の話につなげればいい。


「おかげさまで調査も順調に進んでいますし、皆さんには本当に親切にしていただいているので、ユプシオンとしても、できるだけ穏便にお話を進めたいと思っているんです!」


 そこまで話して、ふと気になった。


 ……穏便に、何を?


 いや、今は交流についての話をしているのだ。


 けれど、魔王軍がこの世界に進出したのは、単に交流するためではない。


 そのことを伏せたまま協力関係を結ぶのは、皆さんを騙すことにならないだろうか。


 もちろん、嘘をつくつもりはない。最終的な目的については、もっと信頼関係を深めてから、きちんと説明する予定なのだ。


 でも、そのときになって、本当は最初から世界征服が目的だったと知ったら?


 これまでの交流も、すべてそのためだったと思われてしまうかもしれない。


 いや、実際、そのためでもあるのだけれど。


 それでも、皆さんと仲良くなれたことが嬉しかったのは本当だし、これからも良好な関係を築いていきたいという気持ちは変わらない。


 ……ああ、もう!


 何をどこまでお話しすればいいのだろう。


 ユプシオンは、いよいよ混乱してきた。


 とにかく、皆さんと争いたいわけではない。それだけは、ちゃんと伝えておかなければ。


「ですから! ユプシオンは、皆さんに無理やり言うことを聞かせたいわけではなくて! できれば戦争なんかせずに、お互いに納得できる形で……!」


 ユプシオンは、何とか言葉をつなごうとした。


 争わずに。


 話し合って。


 皆さんの理解を得ながら、少しずつ関係を深めて。


 最終的には、魔王様の統治を受け入れていただく。


 そう。それが一番望ましい形だ。


「なるべく平和的に、この世界を征服できればと思っているんです!」


 …………。


 ユプシオンの声が止まった。


 ……あ。


 今、何と言った?


 征服。


 征服と言った。


 それも、全世界に向かって。


「あっ! ち、違うんです!」


 違わない。


「い、いえ! 違わないんですけど! その、今すぐ征服しようというわけではなくて!」


 今すぐでなければいいという問題ではない。


「まずは皆さんと仲良くなって、交易や技術協力なんかを通じて、少しずつ関係を深めていければと……!」


 そうだ。最初からその話をすればよかったのだ。


 ユプシオンは慌てて手元の資料を開いた。


「ほ、ほら! こちらにいろいろと考えてきたことがありまして! 魔王軍にも、この世界にも、きっといいことがたくさんあると思うんです!」


 だが、目の前に並ぶ指導者たちは、相変わらず真剣な表情でこちらを見つめている。


 誰も何も言わない。


 ……怖い。


「も、もちろん、皆さんの暮らしや文化は大切にしたいですし! 今までどおりの生活を続けていただけるようにしたいと思っています! そのうえで、最終的には統治権を……」


 ……統治権。


 また余計なことを言ってしまった。


「お、お譲りいただければと! あっ、ユプシオンにではなくて、魔王様にです!」


 もう駄目だ。


 何か言うたびに、話がおかしくなっていく。


 世界征服を宣言してしまったばかりか、統治権まで要求してしまった。


 議場は静まり返っていた。


 ユプシオンは、もう顔を上げることさえできなかった。


 皆さんには、本当に親切にしていただいた。


 映画に出演させていただいたり、立派な賞をいただいたり、こんなにも盛大な演説会まで開いていただいて。


 それなのに、今まで仲良くしていた相手が、実は自分たちの世界を征服するために来ていたと知ったら。


 ……きっと、幻滅されたに違いない。


 魔王様から任された大切な任務も、すっかり台無しである。


 どうしよう。


 何とお詫びすればいいのだろう。


 そんなことを考えていたときだった。


「ユプシオン様」


 最前列の代表者が、静かに立ち上がった。


「は、はいっ!」


 ユプシオンはびくりと身体を震わせた。


 代表者はひどく真剣な表情をしていた。その声にも、どこか緊張が滲んでいる。


「……確認させていただきたいのですが。我々がこの世界の統治権をお譲りすれば、ユプシオン様のご使命は果たされる、ということでしょうか?」


「えっ? あ、はい……。そう、なりますけど……」


 代表者は絶句した。


 そして、しばらくしてから、震える声で言った。


「そんなことでよろしいのですか!?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。