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向日葵の檻ー死にたい俺が君を探し当てるまでー  作者: みい


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41/42

ep.41

 あれから2週間が過ぎようとしていた。


 体の調子はすっかり回復し、俺の胃袋は活発に動いている。


 朝からカップラーメンにおにぎり2つ、やきとり缶とバナナまで容易く完食した。

 それでも何故か腹は満たされることはなく、導かれるように冷蔵庫を開ける。

 中には食べかけの食パンに、いつ買ったか分からない豆腐。魚肉ソーセージの束がバラけて数本だけ。

 大きな溜め息を一つ吐いた。


 買いに行くか……。


 ボサボサ頭で寝巻きのままサンダルを履く。

 今までと変わらない日常。

 玄関の扉を開け、前から来た隣人に少しだけ会釈をして、とりあえずの挨拶。

 すぐ近くのスーパーでいつも買う、同じ物をひたすら籠に入れていく。

 値引きのパンは味も見ずに掴み入れ、牛乳は一番安いものを手に取る。

 全く同じ生活。

 ……いや、厳密に言うと職無しに変わったか。


『ツナグ』へはあれから行ってもいなければ、連絡すらない。

 まぁ、仕方ないよな。

 あんな事があったんだ。

 それに……俺だってどうしたらいいか分からない。


 白髪交じりの新藤さんが打つレジへと並んだ。

 理由は分からないが、いつもこのおばちゃんと決めている。


「あぁ、どうも。いらっしゃいませ」


 俺はいつも通り無表情でバーコードの通りゆく音だけに耳を傾けていた。

 最後の値引きのパンが通る。


「1328円ですー」


 明らかに音が無かった。

 俺はパンを手に取って新藤さんへと向けた。


「……あの、これだけ通ってないです」


「え! ごめんねー、気付かんで。ありがとねー」


「いえ」


 会計を済ませ袋へ適当にぶち込む。

 家までの僅かな距離を、うだるような暑さのもと歩き始めた。


 やっぱり俺は……変わったんだな。

 以前ならあんなこと、気付きもしないだろうし、声を掛けたりもしなかっただろう。


 また一つ、溜め息が溢れた。


 アパートの階段を上がると、自宅前に井上が突っ立っていた。


「あ、平山! 心配したんだぞ! 連絡くらいしろよ」


 すごい剣幕だった。


「いや、なんか色々あって。それに、連絡先も知らないし」


 ただの元同僚だった俺に、井上がそこまで怒る理由が分からない。ずっと下を向いたままでいると、両肩を力強く掴まれた。


「とにかく良かったよ、無事で。それだけ確認したかったんだ」


 俺は驚いた拍子に、買い物袋を勢いよく落とした。


「ちょ、何してんだよ〜」


 井上はすぐさましゃがみ込み、溢れたパンを袋へ入れて俺へ向けた。


「何があったかは聞かないよ。でも……もしさ、何でもいいから話したくなったら電話とか、メールとか気軽にしてこいよ」


 そう言って名刺を袋に入れた。


「じゃ、また」


「……井上!!」


 去ろうとした井上に向けて、買い物袋から掴んだパンを放り投げた。


「えっ」


 驚きながらも必死にキャッチすると、少しだけ不思議そうにこちらへ視線を向けた。


「助かった。ありがとう」


 俺の言葉に井上は嬉しそうに白い歯を覗かせて笑う。パンを持ったまま手を振り、そのまま階段を降りていった。


 扉を開け、ムッとした空気が漂う自室へ入る。

 やっぱり、変わったな。

 もう、祐希への後悔だけで生き続ける以前の俺とは違う。

 千歳くんが言ってくれた、鶴のごめんねは……俺に対しても向けられたもの。

 それを胸の奥へしまって、祐希との楽しいあの日々を糧にちゃんと生きよう。

 今の俺にはそれくらいしか決められなかった。


 冷蔵庫へ食料を投げ入れる。

 ふと手を止める。

 再度手に取り綺麗に並べ直した。

 祐希の口癖の『ちゃんと』。

 俺……ちゃんと生きるから。

 それでさ。

 いつか『合格』って言ってくれたら、俺はもうそれで十分だよ。


 今度の溜め息は軽かった。


 合格……。

 俺のリュックにはまだ祐希の御守りが付いたままだ。


 これは祐希の物。俺も別で買おうか……。

 そんなことが頭をよぎった。

 ついでに小学校の辺りを歩くのも悪くない。

 一緒に行こう、祐希。


「ふっ」


 突然の失笑に自分でも驚いた。

 こうやってずっと祐希に語りかけて生活していた名残は、どうやっても取れないんだな。


 ハンガーに掛けたままのTシャツをもぎ取り、床に落ちていたジーパンを履く。すぐさまリュックを手に俺は一人、思い出の地へと足を進めた。



 電車で3駅。

 そこから徒歩で15分の場所に小学校はある。


 俺は祐希と共に歩いた通学路を、懐かしい気持ちで辿った。


 変なウサギのような、ネズミにも見える遊具がある、通称『三角公園』。

 結局未だにどちらか分からない。

 俺はウサギ。祐希はネズミだと言って譲らなかった。


 今どき珍しい公衆電話が隣接するバス停。

 バスが通らない深夜になると、その公衆電話から人影が見えると噂になった。怖いものが苦手な祐希にその話をしたらひどく怒っていた。


 細い路地。

 探検家になったつもりでよく回り道したっけ。勿論隊長は祐希。物知りだからって理由で。単純すぎて笑えた。


 小学校が視界に広がる。

 花壇にはたくさんの向日葵が咲いている。

 途端に胸が苦しくなった。

 あまりにも思い出があり過ぎる。

 ただの『友達』。

 でも俺は……

 生涯の『親友』だと思ってる。

 今までも、これからも。


 空高く登り始めた太陽が俺を照らす。

 全身に振り注ぐ光は、俺の心とリュックの御守りをも暑く滾らせていた。


 小学校を後にし、少し坂を登ると鳥居が見えてきた。

 祐希へ渡した御守りを買った神社だ。

 月500円の少ない小遣いを貯めて、一人で買いに来たあの日を思い出す。

 ここへ来るのはあれ以来だ。

 境内へ入るとすぐ近くに授与所が見える。数種類の御守りや御神札、絵馬が置いてある。合格守りをそっと手に取った。何年経っても変わらない姿がやけに嬉しかった。


「これ、ください」


「袋はご入用ですか?」


「いえ、そのままで」


 柔らかに微笑む巫女さんへ初穂料を渡すと、その場を後にした。


 境内には木々がそびえ、あちこちで蝉が大合唱している。

 ここぞとばかりに血を喰らいに吸い付く蚊を払いながらも、俺の心は安らぎをみせていた。


「……あれ?」


 先程買った御守りの手触りに違和感を覚えた。

 さっきは懐かしさで気づかなかったが、よくよく触ってみると薄っぺらい。

 俺はリュックに付いた祐希の御守りと厚みを比べてみた。

 やはり違う。

 分厚い。

 俺はすぐにリュックから御守りを外し、中身を引き抜いた。


「え……」


 中には護符と、型紙に包まれた手作りの乗車券が2枚。


『律・祐希宅発 → 岡山行』

『一生有効』


 裏面にはそれぞれの名前が記されている。

 俺の切符には下に小さく文字の断片が見える。そして祐希の切符には上に。

 ゆっくりとその2枚を上下で合わせた。


「……は、ははっ。ははは」


 笑いが込み上がり、目頭が熱くなる。


 ズルいよ、祐希。


 何で、もっと早く……。


 胸の前で抱きしめるように包んだ。


 分かってなかったのは俺だった。


 祐希はやっぱり、祐希だ。


 パズルのように組み合わさった先で見えた、子供らしい手書きの文字。




『親友同士以外 乗車不可』




律と祐希のなぞなぞ二人旅を見届けて下さり、ありがとうございます。

次回、Epilogueで完結します。

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― 新着の感想 ―
律くんも少しずつ、前を向いて歩いて行こうとしたんですね(*^^*)♪ そして、そして。 わぁ……まさかまさかのサプライズです…(ToT)切ないけど…めちゃくちゃ嬉しいですよね(ToT)
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