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向日葵の檻ー死にたい俺が君を探し当てるまでー  作者: みい


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37/42

ep.37

 円香さんの口元から、周囲の熱気に溶け込むように大きな溜め息が一つ溢れた。

 立ち尽くしたままの俺へ冷たい視線が注がれる。


「千歳さんの願いだった"祐希の弔い"をちゃんとしたはずなんだけどな……。あなたと交わることで、千歳さんの心を軽くできると思ったのに」


 煩わしいものを見るように細めた目。

 最初は彼女が語るその真意が理解できなかった。

 

「祐希との岡山旅行"なぞなぞ二人旅"は楽しめましたか?」


 心臓が大きなうねりを上げる。

 背筋には冷たい汗が滲み始めた。


「……は? なんで知って──」


 脳がかき混ぜられるように歪む。


 12本全て咲いた向日葵の前で、彼女は『律さんなら、この意味が分かりますよね?』と言っていた。

 俺がその花言葉を理解しているのを知ってたとしたら──。

 それが彼女の手によって、脳に植え付けられていたんだとしたら……。


 途端に美観地区の光景、煉瓦を覆う葉、焼け焦げた臭い、剥がれかけた爪から滲む赤……そして、亡き葵のことが脳裏に浮かんだ。


「葵さんのような志願者を探し出すのも大変なんですよ。まぁ彼女はちゃんと私の期待通りに動いてくれましたけど」


 用意?

 期待通り?

 さっきからこいつは何を言ってるんだ──


 臓器が内で揺れている。

 気持ちが悪い。

 彼女の顔からは、何一つ感情が見えない。


 きっと俺は怖かったんだ。

 何もかもが彼女によって用意されていたという事実を、認めることが。


「円香、一体何の話をしてるんだ。僕が聞きたいのは祐希のことだ」


 千歳くんの声が辺り一帯に響き渡った。


「何のって……。弟の願いを叶えてあげるのが、千歳さんのせめてもの償いなんでしょ? 私にそう言っていたじゃない。だからプラン通り、律さんと祐希には"なぞなぞ二人旅"を楽しんでもらいました」


 答えを求めるように千歳くんの瞳が俺へと向けられる。

 この時気付いた。恐怖や怒り、感情全てが自身を震わせていたことに。


「あんた、自分が何言ってるのか分かってんのか? プランって……葵がどんな気持で」


 そう言いかけた時、彼女は憐れむように目を細め、強張った顔をほぐす様に薄ら笑いを浮かべた。


「あなたに彼女の苦しみなんて理解できないでしょ? 祐希のこともろくに知らなかったのに、あなたこそ何を言ってるの?」


 自分が正しいのだと、疑うこともなく円香さんは再び穏やかな目で千歳くんを見つめた。


「丁寧に準備してきたんです。あなたがいらないものは排除したし、望むものは用意しました。律さんには少し手間取りましたけど、会社を辞めさせて、葵さんのブログが出るようパソコンに細工もして……。祐希の墓前で運命の再会をしたあなた方の顔は、本当に嬉しそうで私も幸せでした」


 俺が偶然見つけたと思っていたあのブログも、岡山への誘導も、全部こいつが画面の向こうから手綱を引いていたのか。

 俺同様に千歳くんの顔が青ざめていくのが分かった。

 まるで化け物でも見たように、少しずつ息が荒くなっている。


「排除って……意味が分からない。おまえは、円香じゃない」


「私は私ですよ? 千歳さんの為に用意したここも、みんなあなたに捧げたもの。だから、誰一人として逃がしはしない。あなたにはもう失わせたりしないから」


 円香さんは千歳くんの手を取ると満足そうに微笑んだ。


「私ちゃんと頑張りました。またあの頃のように、褒めて下さい」


 千歳くんの呼吸は更に乱れ、体が僅かに揺れている。俺は咄嗟に駆け出し、その背中を支えた。


「あんた、おかしいよ。全部千歳くんの為って言ってるけど……あんた自身の為だろ」


 背中には汗が滲み、濡れたシャツが纏わりつく。俺はどうしても知りたい真実へと手を伸ばした。


「千歳くんの邪魔をした祐希を殺して……排除したのか?」


 鋭く睨みを送っていたのは俺だけじゃない。千歳くんもまた"兄"として覚悟を持った眼差しを向けている。

 彼女は怪訝そうな表情で愛しい人の手を離した。


「私はいつも手を差し伸べるだけです。ちゃんと用意はしますけど、それをどう受け取るかは本人次第ですから」


「用意って、まさかあの薬……」


 千歳くんの声は明らかに動揺していた。


「祐希、飲まずに隠してたんですよ。私がいつも持っていってあげてたのに。ちゃんと飲まなきゃ意味ないので、スムージーにまとめてあげただけです」


 千歳くんの足から力が抜けていく。俺の手もまた糸が切れたように垂れ、一緒に地面へと崩れ落ちた。


「あの日……朝一番に僕が祐希の部屋へ入った時、すぐ後に来たのは円香だった。いくら泊まっていたからって、あんなタイミング良く来た事に、僕はなぜ疑問を感じなかったんだろう。何で、早期に出た自殺という検視結果を信じてしまったんだろう──」


 頭を手で覆い左右に激しく揺らし始める。後悔の念が再び千歳くんを襲っていた。


 自分の中で何かが音を立てて砕け散った。

 それは理性という名の、人間としての最後の足掻きだったのかもしれない。


 部外者で終わらない。

 体中にどす黒い熱気がほとばしる。


 千歳くんの身代わりかのように震え始めた手は、真っすぐ彼女の喉元へと食らいついた。


「やっと、探し当てた」




 待たせたな、祐希──。



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― 新着の感想 ―
全て仕組まれたこと…… でもなぜ……?何か理由があったのかな……?
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