表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
向日葵の檻ー死にたい俺が君を探し当てるまでー  作者: みい


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

36/42

ep.36

 乱れた呼吸のまま『ツナグ』の門を両手でこじ開けるように揺らした。


 ガジャン!

 ガシャガシャン!!


 オートロックで閉ざされた入口は俺を拒否し続ける。


「くそっ」


 心臓が刻む音は一向に落ち着く気配を見せない。蒸されたような空気の中、体中に水分が滲み始める。焦りのせいか掌も汗を纏っていた。


 嫌な予感がしてならない──。

 さっきの千歳くんのうなだれた後ろ姿に、固く握られた震える拳。それに似つかわしくない優しい表情。

 それら全てが点と点で繋がるように、俺は一つの終幕を脳裏に浮かべていた。

 早くあの人の元へ行かないと。

 何度も何度も門を揺らし続けた。

 通行人は俺を避けるように引き返していく。中にはスマホ片手に怯えながら走り去る姿もあった。

 俺にとってそんな事は、どうでも良かった。ただ、一刻も早くこの閉ざされた檻の中に入りたかった。


「え!? 律さん」


 スタッフの石川さんが、ほうきを逆さに持ったまま走ってきた。


「不審者かと思いましたよ〜。忘れ物ですか?」


 彼女は安心したように表情を和らげ、オートロックの解錠ボタンを押した。

 ガシャンと大きな響きの後、俺は石川さんに一つの頼み事を伝えてから全速力で駆け出した。


『今から危険な事が起こるかも知れない。子供たちを守って欲しい』


 俺の言葉の意図を彼女は理解していなかったが、子供たちの為ならと了承してくれた。


 息が切れる。

 体の内側から酸素を求める悲鳴。

 足元は普段の運動不足のせいなのか、やけに重く感じた。


 事務所のドアが見える。

 半分ほど開いた状態に、俺は焦りから名前を叫んでいた。


「千歳くん!!」


 ドアの前へ辿り着くと、足を踏ん張ってなんとか止めた。

 体が求める限り何度も酸素を内へと流し込む。

 屈めた両膝へ汗ばんだ掌を乗せると、事務所内へと視線を這わせた。


 居ない──。


 大きく一つ息を吸い込み、次に思い浮かんだあの場所へと、再び足を走らせた。


 夕暮れが辺りをオレンジ色に染めている。

 蝉の鳴き声は嫌になるほど、そこら中に響き渡る。真夏の情緒溢れるその光景は、今の俺には地獄の入り口のように思えた。


 渡り廊下の角を曲がる。

 熱気にまみれた空気の中に、ふわりと向日葵の香りが鼻を掠めた。


 昼間に見えた圧倒的なその黄色さえ色を変えてしまう夕陽。

 その陽に照らされた2つの影が中央に見えた。


「千歳くん!!!」


 俺の叫びに短い方の影だけがこちらに顔を向けた。


「律さん。なんでここに」


 その驚いた表情は仮面のようだった。

 今になってようやく分かった。

 円香さんの本当の姿を、俺はまだ見たことがないんだ──。


「私、今から千歳さんと大切なお話があるんです。申し訳ないですけど、用なら後にしてもらえます?」


 さらっと流れた髪を耳に掛け、艷やかな赤い唇の角が嬉しそうに上がった。


 祐希。

 ここでなぞなぞ二人旅を終えよう。

 最後の答え合わせだ──。


 握り拳へ力任せに食い込んでいく爪。それなのに痛みを感じることもなく、より深く皮膚を突き刺すように脳は指令を送り続ける。


「お前なんだろ?」


 低く、震えた声。

 俺の喉元から流れたそれは、自分のものとは思えなかった。


「……意味は分からないんですけど、後で聞きますね。今は千歳さんと話をさせて下さい」


 その平然とした表情と、千歳くんだけに向ける女の目。溜め息をこぼし、迷惑そうに俺へ視線を送った。

 その隣に佇む千歳くんの顔から、優しげな笑みが一瞬で消えたのを俺は見逃さなかった。

 再び名を叫ぼうと息を吸い込んだ時、彼の哀しみと怒りが混じった眼光が見えた。


「円香、聞きたいことがある」


 彼女はその声に僅かながら微笑んだ。

 千歳くんも拳により一層力を込めながら、俺と同じように必死に耐えているのが分かった。


「ずっと引っかかっていたけど君を信じたい一心で目を背け続けた。でも、律くんが祐希の想いを届けてくれたから、もう誤魔化しは無しだ。教えてくれないか?」


 その声もまた震えている。

 殴り掛かりたいのを精一杯抑え込んでいるように思えた。

 彼女は口を少しだけ尖らせ、子供のように拗ねた表情を見せた。


「ねぇ千歳さん……やっと12輪の向日葵が咲いたの」


 そう言うと円香さんは1年目に植えた向日葵から順に優しく撫で始めた。


「1本は……あなただけを見つめる」


「3本は、愛しています」


「9本は、いつまでも一緒に」


 最後の12輪目に触れた後、満ち足りた表情で彼女は笑った。


「12本。私の恋人になってください」


 千歳くんの握られた拳を包むように、彼女の手が被さる。


「やっと、言えた」


 長年に渡る思いは夕焼けの向日葵に囲まれながら風と共に流れた。

 俺はそれを見て悍ましさのあまり、震えがより強くなるのを感じていた。

 色んな思いを踏みにじって発した言葉に反吐が出る。


 足が一歩進みかけた時だった。


「ふざけるな!!」


 千歳くんは手を振りほどき叫ぶと、狂ったように向日葵を1本ずつ薙ぎ倒し始めた。


「え、やめて。千歳さん!!」


 その悲痛な声は耳に届かなかった。千歳くんが兄の姿に戻っていく……俺にはそう思えた。

 無惨にもへし折られた12輪は、うなだれるように地へと顔を向けている。


「円香!」


 叫ばれた名前に、彼女の肩が跳ね上がった。


「いくら考えてもあの祐希が自殺なんてする訳ないんだ! 何を隠してる!! 答えろ!」


「……え? 千歳さん、どうしちゃったの?」


 聖人のような顔しか知らない彼女にとって、愛するその人は何に見えていたのか──。

 その偽りの顔は綻び、固まるように動かなかった。

 千歳くんは数回肩で息をしたあと、苦しそうに言葉を吐き出した。


「僕は、ずっと後悔してきた。あのとき祐希が自転車さえ倒さなければ。僕がそれに乗らなければ。祐希と君を心から応援できていれば……」


 最後の言葉に円香さんの瞳は大きく見開かれた。


「え? 待って。応援って!?」


 彼女は千歳くんに詰め寄り、首を横に振りながら呼吸を乱し始めた。


「幼い頃から見てきたから分かる。君の視線はずっと祐希にあったし、あの事故以来そばで支えていたのも知ってる。君が祐希を大事に思っていたのは誰よりも分かってるから。だから……頼むから知っている事を教えてくれ」


 彼女の顔から仮面が消えていく。

 俯くと同時に髪は下へと流れ、覆い隠れた顔からはどんな表情なのか全く読めない。


「何言ってるの……? 私はずっとあなたしか見てなかったのに。全部あなたのためにしてきただけなのに……」


 彼女はどこか息苦しさを覚えるように声を発した。千歳くんはしゃがみ込み、その言葉の意味を考えるように表情を曇らせている。


 2人の会話の背景を、剥き出しになっていく真実の意味を……俺は何も知らない。気づいた時には見ているしか出来ない自分が突っ立っていた。

 この時の俺は、またしてもただ1人、部外者だったんだと打ちのめされていたんだ──。


「円香、どういう意味……」


「私は今まで千歳さんの為に生きてきたの。勉強の妨げにならないように祐希の面倒をみたし、遊んであげた。でもそれは全部あなたの邪魔をさせないようにする為。なのに……あの事故のせいで全部狂っちゃった。あなたの代わりに外科医の道を歩み出した祐希を見る度に私は……」


 彼女の口から言葉が消えた。

 ゆっくり顔を上げ、目の前にいる愛しい人を視界全体で捕える。

 笑みを浮かべたあと、張り詰めていた糸が切れたように小さく笑い始めた。


 夕陽が陰っていく。


 空はくすんだオレンジ色。


 真実はもう


 目の前にあったんだ──。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ついに対面……。 驚きがいっぱいです……(ToT)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ