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向日葵の檻ー死にたい俺が君を探し当てるまでー  作者: みい


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30/42

ep.30

 休日に相応しい子供たちのはしゃぐ声が、静まり返る事務所に明るさを添えていた。

 業務報告の入力を済ませ、凝った首を軽く回しタブを閉じた。同時に隅に現れた不自然な一点へ視線が固まる。デスクトップに並ぶ黄色いフォルダ。その中に1つだけ、チャックのついたZIP形式のものが潜むように置かれていた。


 これだけパスワード付き……?

 それにフォルダ名が『㋕』って、何なんだ?


 マウスを動かし、カーソルを合わす。

 だがクリックする寸前で指を静止した。


 ──待て。

 俺が今日このパソコンを使うのをあいつは知っていた。だとしたら、わざと……?


 背後に座る千歳はキーボードを叩き、デスクで作業をしている。

 罠だと知った上でこれを開くか……。

 マウスを握る手に力が籠る。

 口内に溜まった唾を飲み込み、腹の奥に緊張を押し戻した。


「もしもし、葉山です。お世話になっております。日程調節の件で少し相談したいことがありまして」


 電話……

 かけるタイミングが、あまりに不自然だ。見てみろと言わんばかりの圧を感じる。ここはあえて何も気付かなったフリをすべきか?


 迷いながらも俺は席を立ち、振り返る事なく事務所を後にした。


 廊下を歩きながら自分の判断に疑問を投げかける。

 あれで良かったんだろうか……

 やはり見ておく必要があったのでは?

 髪を掻きむしりながら、どうにもできない苛立ちと対峙する。

 こんな俺に、心理戦などできるのか!?

 違う。やるんだ……しっかりしろ!

 もう答えはあそこにある。

 やっと祐希に顔向けできるんだぞ。


 自身を鼓舞するよう拳で一度、太腿を殴った。


「わぁー! 全部咲いたー」


「早く(まど)ちゃんに知らせてあげよー」


 倉庫の方から楽しげな声が聞こえ、ゆっくり足を進めた。


 角を曲がり見えた先で、圧倒的な黄色が俺を迎える。

 12輪の向日葵は太陽に照らされ輝きを増す。その周りには子供たちの笑顔が溢れていた。

 廊下を走る足音が2つ、重なるように聞こえる。さくらに手を引かれながら円香さんは笑っていた。やがて音は止まり、彼女は大きなその瞳で焼き付けるよう見続けていた。


「やっと……」


 その呟きは近くに居た俺の耳に届いた。12輪が咲き揃うことで意味を成す。それを知る者だけが溢す言葉。


 だが、彼女は知っているんだろうか?

 愛する相手が犯した罪を。


「律さんには、この意味が分かりますよね?」


 鮮やかな赤に塗られた唇が動く。


「え、はい……」


 柔らかな微笑みは一歩こちらへ近づく度に剥がれていった。


「私が望むものは、たった一つだけ」


 笑みは完全に消え失せているのに、目だけは笑っているように思えた。

 唇が真横に広がり赤は直線のように伸びる。彼女は細い指でそれをなぞるようにして続けた。


「あの頃の祐希くんは毎日辛そうでした。千歳さんの代わりとして外科医を目指したのに、血を見ることができないなんて」


 知らない祐希の一面が、突如その口から放たれる。何故か腹の奥底で渦巻くようなものを感じた。


「ご両親は免疫を付けようと、祐希くんの部屋にたくさんの赤いものを置くようになりました」


 腸が捻れるように痛み出す。

 乱れ始めた呼吸へ被せるように心拍がうねりを上げる。


 やめろ……。

 もう何も言うな。

 やめてくれ──!


「慣れるはずなんて、ないのに」


 オエッ!!ゲホッゲホ!!!


 胃に溜まっていた全てが一気に溢れ出る。祐希の悲痛な叫びが聞こえた気がした。


 意識が朦朧とし始め、俺の視界は真っ黒に変わった。

 覚えているのは、赤い唇から見えた白い歯と子供たちの悲鳴。そして肩へと触れた腕の温度だけだった。



 気が付いた頃には太陽が天高く昇っていた。あれから3時間ほど眠っていたようだ。ベッドからは宿直室の天井がぼんやりと見える。ゆっくり上体を起こすと、額に張り付いていた冷却シートが滑り落ちた。頭痛が響き脳内を切るような痛みに、思わず片目を閉じた。

 枕元には経口補水液のペットボトルが置かれてある。今更ながら熱中症だったのだと気づいた。

 まるで飢えている獣のように鼻息荒く一気に飲み干す。食道から胃へとただ流れるそれに執拗な生への執着を感じた。

 いま倒れる訳にはいかない──。

 徐々に酸素が巡った海馬が、先程の記憶を辿り始める。


 名前のないフォルダに、12輪の向日葵。そして、祐希の嫌った赤。

 直接的な繋がりは見えない。だが、どうしても無関係とも思えなかった。


 コンコンコン!


 3回のノック音。

 一度聞いたそのリズムにあいつの顔しか浮かばなかった。


「はい」


「千歳だけど、入るよ?」


 どうせモニターで終始見ていたんだろう。心配そうな顔がやけに嘘臭く見えた。


「色々持ってきたんたけど、食欲はある?」


 トレーには経口補水液、お粥、一口サイズのゼリー、すり下ろしたリンゴ、プリンが乗せてあった。


「ここに置いておくから、食べられそうなら食べて。今はゆっくり休んで無理はしなくていいからね」


「……はい」


 俯きながら、なるべく視線を合わせないよう返答した。

 こいつは俺が怪しんでいることも把握済み。そして俺を、都合良く何とでもできる。

 捕らわれた子供たちの気持がほんの少し理解できた気がした。


 だが今は都合がいい。部屋には俺とあいつの二人だけ。やはり情報を得たい。

 一先ず、先程抱いた疑問からだ。

 覚悟を決め千歳の涼やかな目に、隠し持った刃を潜めるような眼差しで顔を向けた。


「さっき円香さんから、祐希が赤色を嫌ってたと聞きました。俺は知らなかったんですけど、確か貰った折り紙にも赤だけは無くて。どうしてなんですか?」



 ギィィィ……

 千歳がベッドの脇へ座ると、なぜかその軋む音が悲しく聞こえた。


「"色恐怖症"って聞いたことあるかな?」


「いいえ……」


「"高所恐怖症"や"先端恐怖症"のように不安障害の一種でね。祐希は数ある色の中で『赤』にだけ恐怖を持つようになってしまったんだ」


 目の前にいる聖人には、いつもの仮面が見当たら無かった。むしろ瞳を閉じ、心を落ち着かせようとする仕草が、妙に人間ぽく見える。伏せがちな目で静かにそのまま言葉を吐き続けた。


「脳がトラウマとして『赤=危険』と過剰なまでに防衛反応を起こしているんだ。そのきっかけを作ったのが……僕なんだよ」


 そう言って立ち上がると自身の震える手を固く握り締め、憎むように壁へと振りかざした。


 部屋の中に鈍い音が一つ弾けた。



 切れる息の荒さと、揺れる背中。




 俺は、知っている。




 自分なんて壊れてもいい。

 後悔の念でしか生きていなかったあの時の……


 昔の自分と、重なった。



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― 新着の感想 ―
赤が苦手な祐希。 それを教えてくれる円香さん。そして、パソコンのフォルダ。 千歳くんの苦悩は……?
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