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向日葵の檻ー死にたい俺が君を探し当てるまでー  作者: みい


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28/42

ep.28

 空は太陽からの光を無くし、真っ黒に塗り潰されていた。静かで不気味な夜が俺を出迎える。


『折り鶴』の部屋の片付けを済ませ、本と折り紙の束をリュックへ戻した。

 揺れる御守りが震えているように見えた。そっと掌に乗せ優しくなぞると、鮮明にあの日の光景が蘇ってくる。

 祐希が感情を奮わせ、これを投げつけた時の悲痛な顔が……。


 結果としてそれは、俺を守る為に被った精一杯の優しさを施した仮面だった。


 もっと早く知っていれば。

 祐希をちゃんと信じていれば。


 千歳くんから聞かされたあの時から、何度も繰り返される後悔。

 だが……どのみち俺は同じように生きていたのかも知れない。


 やるせない気持ちを抱きながら、御守りを優しく手で包んだ。

 かつて見た鮮烈な赤は、強い意思だけを残すかのように、今は醜く黒ずんだ錆色に変色している。刺繍の糸一本一本が固着し、そこだけが周囲の布とは違う異質な硬さを持っていた。


 確かに赤く染まっていた──

 当時は精神的ショックから深く考えなかったが、赤を忌み嫌うはずの祐希が何故……。


 部屋の灯りを消し、静まり返った渡り廊下を進んだ。辺りに潜む虫の音は、施設全体の異常性を俺にだけ伝えているように感じた。それを消し去るかの如く、子供たちの騒がしい声が耳へ届き、俺は家のドアをゆっくり開いた。


「あ! 律くんおかえりー」


 "おかえり"……何年ぶりかに聞く響きに一瞬頭が真っ白になった。


「ただいまって言わなきゃだめだよ」


 そう促され小さく返事をしたが、遊びに夢中な小さな背中は部屋へと駆けていった。そばではその光景を見守る千歳くんの横顔が見える。その瞳と視線がぶつかり、背筋をなぞる様な悪寒を感じた。

 まるで、人形がちゃんと檻へと戻ってきたのを確認するようで。


「律くん、お疲れ様。案内するね」


 その穏やかに話す声にさえ、何か意味があるように感じた。


 一階奥の端に『宿直室』と書かれた小さな看板が扉に掲げてある。

 中にはベッドと小さな机、あとはテレビだけという簡素な部屋だった。


「僕は事務所横の宿直室を使うから、ここは頼むね。何かあればこれを渡しておくからすぐに呼んで」


 職員用のスマホを手渡された時、千歳くんの震える手が俺の掌にも伝わってきた。


「夕方研修した通りにしてくれればいいから」


「はい、分かりました」


 目線は逸らされ俺のリュックへと注がれる。


「その合格守り随分古そうだけど、ずっと付けてるの?」


「……はい」


「よっぽど効果があったのか、それともまだなのか」


 不敵な笑みのまま過ぎ去るその背を目で追っていた。

 真実を見つけ出し『合格』してみせる。そう自分へ戒めを込めるように、指を絡めながら骨の音を立てた。


 宿直室の床へリュックを置きベッドに腰掛けると、逸る心を落ち着けようとテレビをつけた。

 ちょうど夜のニュース番組が流れ始め、無意識に画面に見入る。事件の続報に、熱中症を警戒する天気予報。世界の動向に、株の値動き。耳に入れては即座に流す。俺にとって何の意味も持たない言葉たちを捨て続けていた。


 消灯時間になり、子供たちの各部屋を回る。中には"おやすみ"という前に眠ってしまっている子も居た。電気を消してそっと階段を下りる。そのまま浴室へと向かいシャワーを浴びてから再び宿直室へと戻った。


 適当に荷物を入れたからか、就寝用のTシャツとスウェットは皺だらけだった。だがいつもと変わらぬ着心地に少し安心したのか、ふっと鼻息が漏れていた。


 テレビ画面ではCMが終わり、別のニュースが語られ始める。

 毎日起こる犯罪に、事故。その度にまた"教育虐待"というフレーズを癖のように探す自分が居た。

 続いて流れ始めたのは政治に関することだった。


「大相撲七月場所を間近に控えた藤ノ原親方ですが、一部では次の衆院選での出馬も取り沙汰されています」


 元力士……。

 その時、千歳くんの出した問題を思い出した。


『芸能人』『政治家』『力士』『怪盗』この中でクイズに答えることが出来たのは誰?


 答えはもう分かってはいるが『よく考えて』と念を押された事だけが引っかかっていた。


「最近はスポーツ界や角界から政治の世界に進む方が話題になりますよね」


 ふとコメンテーターの言葉が耳に残った。


 スポーツ界や、角界……。


「では、続けて芸能界から嬉しいニュースが飛び込んできました」


 まただ。いつもならすぐに聞き流すはずが、鼓膜にこびりついて離れない。


「芸能界……」


 口から出た自身の言葉が耳へ戻されると、身体は硬直するかのように一瞬停止した。再び動き始めると掌で口を覆い、腹の底からこみ上げる吐き気を抑え込んだ。


 クイズに答えることが出来たのは──

 解答をした『怪盗』のみ。

 容易い答えの裏に、もう一つひっそりと潜むそれに気付いた時、今度は呆れるような笑いが漏れた。


「……はは。はははっ」



『怪盗』を除く残りの3つ。

『芸能人』『政治家』『力士』

 この3つだけは別のある表し方を備え持つ。

『芸能界』『政界』『角界』


 剥き出た歯をゆっくり隠すように口を閉じた。


「せいかい」


 御守りの変色した錆色を、目に焼き付けるように見つめた。



 偽りの聖者からの宣戦布告。

 常に絶やさないあの仮面のような笑みが浮かんだ。




 やっぱりお前だったのか……。


 やけに落ち着く心臓とは対照的な手の震え。

 この時の俺は興奮などしていなかった。

 ただ、冷静に疑念を確信へと繋げていたんだ。

 そして、静かにやり遂げる覚悟を固めただけ。




『かいとう』と『せいかい』



 千歳……こう言いたかったんだろ?



「君の回答は正解だよ」って。





『見えてるところしか探せなかった僕とは違うね』



 祐希──



 待ってろ。




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