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向日葵の檻ー死にたい俺が君を探し当てるまでー  作者: みい


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ep.23

 俺は円香さんに本を見せるため『折り鶴』の部屋へと一人向かった。


 扉を開けるとさっきまで賑やかだった空間が、気味が悪い程に静まり返っている。

 机へ向かうと、開かれたままの本が寂しそうに見えた。


「きょう」


 ぼんやりと眺めながら隣にあるメモを手に取った。栞代わりに挟もうと思った時、さくらの筆跡ではない別の解答が足されているのに気付いた。


「きょう……だい」


『きょう』が大きく書かれているいるから「きょうだい」。


 こんな単純過ぎる問題さえ解けなかった自分に呆れた。


「兄弟。祐希と……」


 呟いた瞬間、俺はメモを再度確かめた。

『あめ』『こども』『はれ』『すうじ』『つる』『きょうだい』


 6つのワードが頭を駆け回る。呼吸が次第に小刻みになり急に寒気を感じた。脳内で繋がりゆく答えを拒むようにメモを挟むと即座に本を閉じた。


 これは祐希が一番不安定だった時期に書いたもの。

 あの時見せた千歳くんの辛そうな表情。

 今の俺は、何を一番に信じるべきなのか判断がつかなくなっていた。


「律さん?」


 背後から円香さんの声が聞こえ、すぐさま振り返った。


「顔色……良くないですけど、大丈夫ですか?」


「あ……はい」


 岡山での出来事を思い出す。偶然にも似たような状況に、彼女とあの青年医師が重なって見えた。


 遠くから楽しそうな子供たちの声と、足音が近づいてくる。勢いよく扉が開かれ、弾んだ声色が響いた。


(まど)ちゃん! 向日葵咲いたよ」


 その言葉通り花開いたように、彼女は途端に笑顔を見せた。そのまま子供たちの手に引かれ一緒に部屋を飛び出して行った。


「向日葵……」


 岡山から始まって、またここで咲いているーー

 俺は気付くとみんなの後を追っていた。


 白い倉庫の周りを囲むように、向日葵が並ぶ。咲いていたのは12輪中2輪。全てが開花するのも時間の問題だろう。彼女も子供たちも笑顔が絶えなかった。


(まど)ちゃんが毎年大事に育ててるんだよ。今年は12輪」


 さくらはみんなの輪から出てくると、俺に自慢気に教えてくれた。

 だが俺にはその数が気になって仕方がなかった。


「何で12輪?」


「さぁ。ここ出来てから4年目だけど、最初は試しに1輪だけ植えたみたい。でもそれだと寂しいからって、3輪…9輪…って増やして今年が12輪」


 岡山での一件で、向日葵の花言葉は既に理解していた。

 そして、本数にもそれぞれ意味があることを。

 円香さんが誰へ向けたメッセージなのか、考えずとも分かった。


「今年も綺麗に咲いたね」


 千歳くんの柔らかな優しい声が辺りを包む。向日葵の香りに誘われ、震える手でそっと触れながら鼻を近づけた。円香さんはその横顔を、頬を緩ませ愛おしそうに見つめていた。


 もう隠す気なんて無いんだろう。

 いや、千歳くんならとうに気付いているはずだ。

 溢れ出るその気持ちは、こんな俺でも応援したくなるほどだった。


「そろそろ午後の勉強始めようか」


 千歳くんの声に子供たちは嫌な顔を見せたが、すんなりと部屋へ向かった。

 素直で、きちんとしている雰囲気が祐希のようだった。

 千歳くんはきっと、祐希のように……本当の兄弟のように、ここの子供たちと接しているんだ。

 そんな風に思っていると自然と視線が合った。


「あの子たちは小さな身体に傷を抱えながらも懸命に生きてる。僕らも負けてられないね」


 千歳くんの言葉に俺の中で何かが消え失せた。


「はい」


 優しい眼差しに、強さ。思いやりと包み込むような温かさ。やっぱり祐希の大好きな、たった一人の兄。

 あの本に記した何かしらのメッセージは、きっと千歳くんの事。それだけはもう分かっている。

 だけど、君に似たあの人を……今度こそ守り抜きたいと思ってしまった。


 答えはもう……いい。


 千歳くんを信じなければ、救われたあの時の俺も……祐希の笑顔さえも、ことごとく消え去ってしまう。

 自然と拳に、力が籠もっていた。


 『折り鶴』の部屋へゆっくり足を進めていくと、門の方から声が聞こえた。

 千歳くんの後をついて向かうと、見覚えのある顔があった。


「お世話になっております。株式会社ノースの井上です」


 僅かながら声が震えている気がした。


「こんにちは、今日点検でしたね。お願いします」


 千歳くんは鍵を開けて中へ招くと、井上は俺の方へ視線を向けた。


「えっ、平山!? 何でここに!?」


 井上は前の会社で唯一の同期だった。

 辞める直前にあのクソ上司が嫌味で言っていたことを思い出す。


「同期なのに井上はNPO法人で1件取ってきたぞ」


 あの時の契約はここだったのかと今更ながら知った。


「知り合い?」


 説明をすると、千歳くんは少し申し訳無さそうな顔を見せた。


「全然大丈夫なんで」


 小声でそう伝えると千歳くんは苦笑いを浮かべた。


「井上さん。お待ちしてました」


 円香さんが小走りで駆けてくると、井上の目が見開かれた。

 喉仏が数回動き、何度も唾を飲み込んでいる。カバンが揺れ、握った手が震えていた。


 同期だから知っている。

 こいつは愛想もよく、契約だって毎月順調に取ってくる優秀なやつだった。だからいつも自信に溢れていたし、動揺する姿なんて一度も見たことがなかった。


「じゃあ律くんは先に『折り鶴』の部屋に戻っててくれる?」


「分かりました」


 井上は小さく纏まるような背中を見せ、千歳くんと円香さんと共に事務所へと歩いていった。

 角を曲がる時、井上は俺へ視線を向け、数回口を動かす。

 だが俺には解読なんて出来なかった。


 何だ……。

 ここでまた違う違和感が脳にへばりつく。

 『折り鶴』の部屋に向かいながら、次第にうるさく打ちつける鼓動を身体で感じていた。

 扉をゆっくり開くと、目の前にほうきとちりとりを手にしたスタッフが見えた。


「掃除なら、俺やりますよ」


「え? じゃあ門の辺りを掃いてきてもらっていいですか?」


 掃除用具を受け取ると、さっき井上と会ったあの場所へと戻った。


 駐車場に車が止まっているのを確認し、点検を終えて出てくる井上を待つことに決めた。


 生温かい風が吹き、蝉は存在を知らしめるように鳴き始める。

 額から汗が滲み始めた。


 背後から届く革靴の音に目を向けると、井上は疲れ切った顔で歩いてきた。


「平山、お前何で……」


「代表の葉山さんと知り合いで、縁があってここに」


 説明をしていると突如カバンの落ちる音と共に胸ぐらを掴まれた。


「あの上司辞めたんだよ……突然。本当はここのアポ取りから契約まであいつがしてたんだ」


 その声は俺にだけ聞こえるように耳元へ放たれる。だが強く握られた拳の震えは、怯えのように感じた。


「同期だったよしみで忠告しとく。"ここ"だけは止めとけ!」


 唇を噛み締めカバンを取るなり車へと走って行った。


 井上のあまりに不可解な言動。

 それに、あの上司が辞めるなんて考えられなかった。何かよっぽどの理由があったとしか……。


 俺はほうき片手に立ち尽くしていた。

 車のエンジン音が鳴り、それはだんだん遠のいて行った。


「掃除終わりました?」


「うわぁ!!」


 耳元で囁かれた円香さんの声に驚き、俺は尻もちをついていた。


「ごめんなさい。驚かすつもりはなかったんですけど」


「ははは」


 驚くほど上手く笑えなかった。


「ゴミをちゃんと排除するのが掃除ですよ」


 そう言いながら彼女は持ってきた袋にちりとりのゴミを流し入れた。


「排除って……」


 俺の額からは汗が流れ始めていた。

 円香さんはしゃがみ込み俺へと手を伸ばした。


「髪に葉っぱついてますよ」


 袋にさっと投げ入れると、彼女は柔らかな表情のまま事務所へと戻って行った。


 心臓がドラムのように叩かれる。

 ゆっくり息を吐きながら胸元へ手を当てた。

 その時、胸ポケットに何かが入っているのに気付いた。

 入れた覚えのない折り畳まれた紙切れが一枚。


 乾いた口内の僅かな唾を寄せ集め、飲み込むと、ゆっくり開いた。


『逃げろ!もう二度とここに来るな』



 それは井上からの悲痛な叫びだった。



 俺はそのメモの端に残された


 擦れた不気味な赤色に


 もっと意味を探すべきだったんだ。




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― 新着の感想 ―
向日葵の本数… まさかの元同期の来訪… ここだけはやめとけ… 「きょう」のなぞなぞ、今日の天気を言ってたのかと思いました〜
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